始まる 物語
『あんたが悪いんじゃない!』
『な、なんで…』
『あんたが…あんたが居なければ、皆とずっと一緒だったのに!!』
狂ったように私の体を両手で揺すってくる彼女は、なおも続ける。
『止めてっ、』
『なんで皆の心、持ってっちゃうのよ!私が、私が一番一緒にいたのに!!』
『そんなの』
『あぁ、そんなの私が悪いんでしょう?』
『あんたには私の気持ち…分かんないでしょうね』
沈んだ声で静かに呟く。
『私、もうすぐ女の遊郭に売られちゃうのよ』
『あんたに、散々意地悪したものね』
『私は此処に置いとけ無いんだって。あんたにいつ危害を加えられるか分からないから』
『でも此処にいた分のお金は払わなきゃいけないから、罰としても、売るのが一番良かったんでしょ』
『でもこんな私ちゃんと売れるのかな。仕置きで髪も切られてぐちゃぐちゃで体にも傷があるのに』
『とにかく、もうあんたと会うことは無いから。皆ともね』
そう言い終わると後ろを振り返り歩き出す。
彼女が歩いた後の畳に、丸い小さなシミが点々とある。これは何?
問わなくても分かるその跡に、……の良心が少しだけ痛んだ。
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――――……
月が輝く宵。
雲は輝きを邪魔する事なく流れていく。
妓楼の遊男達は寝静まり、丑三つ時の肌寒い中。
「…今の」
ふと目が覚めてしまい、布団からゆっくりと起き上がる。
私、今しがたもの凄くリアルな夢を見ていた感じがする。いつもは夢を見たと分かっていても、内容までは覚えていなかったが、今回は違う。
本当に最初から最後まではっきりと覚えている。
気味が悪いな。
「何だろう…」
女の人が長々とベラベラ喋っていた。
女の遊郭?って、遊女がいる所だよね。遊男じゃなくて。
売られるって…売られる、だよね。
人の顔は見えなかった。
女の人と言うことは分かったけれど。
変な夢。
…まぁいいか。
まだ起きるには早すぎるから、もう1度寝ようっと。
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―――――――…
《選択してください》
1●渚左のもとへ
2●宇治野のもとへ
3●浅護のもとへ
4●羅紋のもとへ
5●清水のもとへ
6●秋水のもとへ
7●凪風のもとへ
8●蘭菊のもとへ
『無難に…1番かなぁ』
今日買った乙女ゲームをプレイする私。ゲーム名は『夢見る男遊廓~一夜を共に~』と言う。
別段人気だから買ったとかそんなんじゃない。
普通に興味本意でたまたま目に止まったものを手に取っただけだ…なんてね。たまたま目に止まったってのはちょっと嘘。着物というか、和風な感じが好きだったから選んだんだ。
いざやってみると、これが中々面白い。
恋には障害が付き物。
主人公のライバルは必ずいる。
このゲームでのその役割は『野菊』と言う女の子。
今はその子と画面で対峙中。
◇◆◇
野菊『皆の周り、ウロチョロしないで』
◆―そんな事を言われても…
野菊『私、あんたみたいな女が一番嫌い。皆に良い顔して馬鹿みたい。八方美人とか良く言われない?』
◆―い、言われるかもしれない。でも私
◇◆◇
確かに『野菊』の言う事にも一理ある。
この主人公・デフォルト名は『愛理』。愛理は相手を決めたのにも関わらず、毎回の選択肢で違う人とのイベント起こす。なんで1を選んだのに、2の奴の元へ行くのだ。難かしすぎるよコレ。
人生って難しいのよって?
知ってるわそんなもん。
なに、乙女ゲームってもっと単純じゃないの?
好感度アップするように試行錯誤して選択肢をこなしていくんじゃないの?
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―――…………
バッ――
勢い良く布団から起き上がる。
「……っはぁ、はぁ…」
部屋の中は格子から漏れる陽の光で明るい。
しかし、まだまだ肌寒い朝。
息継ぎをする度に白い息が出る。
寒いというのに相当寝苦しかったのか、汗が身体中を湿らせていてベタベタしている。気持ち悪い。
しかし汗を拭う事もせず暫くぼーっとしたあと、今がどのくらいの時間なのかを格子の影の位置と陽の位置で計る。
「……ふぅ―…」
うん。大体朝の8時ってところかな。
取り合えず布団から出てお部屋の掃除をする。
おやじ様にガミガミ言われないように、チリの一つも見逃さない。全く小姑には敵わない。
クソ寒い朝だが、掃除をしているうちに穏やかな気持ちになるのは毎回不思議でたまらない。もしかして、1日の始まりを有意義な気持ちで過ごせるようにと言う、おやじ様の策略なのであろうか。
「おーい。飯食いに行こうぜ」
「戸を開ける時は声をかけてよ非常識野郎」
蘭菊が部屋の戸をいきなり開けて入って来た。
コイツ、礼儀を知らないのか。
「うるせー。馬~鹿」
「……」
《『お前が好きだ』》
《『私も…蘭菊さんが好き』》
「野菊?」
「……」
さて今日は何を食べようか。
時期的には魚が美味しいから魚にしようかな。
食堂ではA定食B定食みたいな感じで選択できる。しかも日替わりメニューなので全然飽きない。
「魚が食べたいね」
「はぁ?」
食堂へ続く廊下を歩きながら、何を食べようかと考える。
「あれ、二人とも今から?」
「凪風もか?」
「うん。どうせだから一緒に行こう」
厠の方から出てきた凪風が私達二人に声を掛けて来た。
どうやら奴は食事の前に出すものを出していたらしい。私も出しておこうかな。確か1日の始まりに出すと健康的に良いんだよね。
《『君を――愛してる』》
《『凪風さん…』》
「野菊?」
「……」
いや、やっぱりいいや。
今は食べる事を先決しよう。大体、出すぞ!と意気込んで出るもんでも無いしね。あは。
部屋を出て3分程で食堂に着く。
食堂にはわらわらと人が溢れていて、変に活気づいている。テーブルから見える調理場も、いつもより話声が沢山聞こえる。なんだか皆元気いっぱいだ。
「野菊、おはよう」
「おせーぞ!雑煮無くなっちまう」
「羅紋が食べ過ぎなければいい話です」
清水兄ィさま、羅紋兄ィさま、宇治野兄ィさまが椅子に座り揃って雑煮を食している。羅紋兄ィさまの口からは餅がビヨーンと伸びているのが見えた。
雑煮…雑煮?
ああ、そうか。今日は元旦でお正月だ。
すっかり忘れていた。
どうりで魚が食べたいと言った私に蘭菊が『はぁ?』と言うはずだ。今日のメニューには魚なんて無いし、それに今日は仕事が無いから食事は選べない。出された正月料理を食べるだけだ。
「兄ィさま達。明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう。今年もよろしくね。それと、後で部屋においで。お年玉をあげるよ」
《『朝も昼も夜も君と一緒にいたいよ』》
《『清水さん、私は―…』》
「いーや。清水よりデカイお年玉やるから俺んとこに来な」
《『お前になら、裏切られても構わねぇよ』》
《『そんな悲しい事言わないでください。なら、私だって羅紋さんになら…』》
「全く…何で競ってるんですか。そう言うのは気持ちが大事なんですよ」
《『俺から離れるなんて許しません、絶対に。約束したでしょう』》
《『――っ宇治野さん』》
あぁ…残念だ。魚を食べたい気分だったのに畜生。
「野菊、どうかした?」
「……」
「反応がねぇな」
「……」
「大丈夫ですか?…まだ眠たいのでしょうか」
「……」
――コトン。
突然私の目の前に、雑煮が入った器が置かれる。
おお、餅の上にある人参の形がお花になってる。可愛いな。
魚は食べられないけど、雑煮は雑煮で美味しそうだからまぁいっか。
「やっと来たか野菊。お前の分よそっておいて貰ったぞ。本当しょうがない奴だ」
《『いづれ死ぬなら今死にたい。お前に愛されたままの俺で』》
《『冗談でも死ぬなんて言わないでください!秋水さんは―…』》
この雑煮は秋水が置いてくれたみたい。
うん、ありがとう。紳士だね。
ありがとう。
あり、がとう。
あ…りが―…
「……」
「野菊、食べないのか?」
食べたいよ。
食べたいよ?
「野菊!!」
「っ、!」
あぁ、もう駄目かも。
駄目駄目駄目駄目ダメ。
思いきりサケバセテクダサイ。
「……うっそぉおおぉお――!!」
年が明けたのと同時に見た夢は。
初夢よりも早くに見たその夢は。
私の今までの10年を嘲笑うかのように――…
16歳にして、やっとこの世界が乙女ゲームの世界だと気づいた野菊であった。




