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始まりは 日々2

16歳になるのはまだちょっと後です。

しばらくはチビッ子時代が続きます。

 ところで、『道中』とは何か。


 聞けば花魁は、この遊郭で最も格の高い遊男で滅多にお目に掛かれない為、客が引手茶屋を通して「呼び出し」をしなければならない。

 呼び出された花魁が直垂新造(ひたたれしんぞう)や禿を従えて遊男屋と引手茶屋の間を行き来することを道中と言う。


 この直垂新造とは、花魁教育を受けているがまだ一人前ではない遊男の事を指す。花魁Jr(ジュニア)とでも言っておこうか。


 とにもかくにも今日はその道中を清水花魁が行うのだが、これが結構派手な物で、パレードか!ってくらいの騒ぎになる。

 身なりを美しながらも凛々しく整えた花魁を中心に、着飾った直垂新造が隣を歩き、前には二三人の禿を従えて、周りには誰にも手出しされぬようボディーガード的なあんちゃん達が何十人も配置され、吉原モドキのこの町の道を練り歩くのだ。


 しかもしょっちゅう行われる訳ではないので、見物人がごった返す。

 花魁も滅多にお目に掛かれる人では無いから余計だ。



 ちなみに遊男の衣装だが、基本着流しを着用しただけのスタイルである。

 しただけ。とは言うものの、そこは遊男の着る物。それはそれは派手な模様や豪華な飾りが付いていたりする。

 花魁の衣装との違いは、それにプラスして大きな羽織を着ているか着ていないかという所だ。

 見分けは一発でつく。


 髪型はこれといった定着が無く、長髪なら紙紐や簪で纏めたり、短髪なら色の付いた紐を髪に編み込むなどをして、皆一様に自分のスタイルを作っている。





「野菊、ここまがってるぞ」

「あ、ほんとうだ」

「しょうがないやつだな」


 清水花魁の仕度を終えた為、私は今、秋水と一緒に身なりを整えている途中。

 まだまだ分からない事が多いので、彼に教わりながらも着々と着物を着ていく。


 秋水は余計な一言を言うのがたまにキズだが、根本的に面倒見が良いため私は好きだ。ライク的な意味で。

 その余計な一言も私への愛情の裏返しだと勝手に思っている…が。いや、違ってたらごめん。



 気づけば一月(ひとつき)。男の前での着替えも男の裸を見るのも慣れてしまっていた。着替えを手伝うと言うことは、つまりそう言うことで…直接見えてしまうのである。色々。


 最初は顔を真っ赤にしていた私に兄ィさま達は『(うぶ)やね野菊』『慣れるまでの辛抱だからな』と笑いながら言ったが、意識が5歳児ではない私には全く笑えない問題だ。


 しかし慣れとは凄いもので、毎日見ていれば顔を真っ赤にする事は無くなり。

 そんな私を見て、少し残念がる兄ィさま達にも呆れる位の精神力になっていた。

 着替えも、5歳児の体に恥ずかしがり隠すところなど何も無い。と兄ィさま達の前で開き直りこなしていたが、女としての何かを色々失ったような気がする。




「ほら、櫛をかしてみな。結わえてやろう」


 着替え終われば清水兄ィさまに呼ばれ、贅沢ながらも肩辺りまである御髪を整えてもらう。秋水も私の前に整えてもらっていた。

 始めの頃は、色んな兄ィさま達に世話になる度そう言われて、戸惑いながらもビクビクして受けていたが、


『これも、此れから野菊が将来下にやるかもしれないことだよ。兄さん達の身なり手振りを、自分の体で覚える機会なんだ。喜んで受けなさい』


 ね?とある日、清水兄ィさまに言われた。

 おやじさまも言っていたのを思い出す。『身の回りの世話をし、されることで遊男としての在り方を学べ』と。


 いや、何度も言うけど目指すのは遊男じゃなくて芸者ね、男芸者ね。女だけども。




「そういえば野菊、」


 髪をいじっている清水兄さまが途中手を止めた。


「野菊は髪を切りたいと思うかい?」


 私の後背(うしろせ)にあった兄ィさまの顔が前に傾けられ、私の顔を真顔で覗き込む。その彼の顔から質問の意図を読み取る事は出来ないが、一応答える。


「きろうかな、とはおもっております」


 此れから男になろうというのに、髪を伸ばすなど可笑しいと思うから。

 でも遊男の人達は男だから、とか関係なく髪を伸ばしている人は多い。短髪の人と数を比べても、だいたい割合としては五分五分位だろうか。


 要は、似合ってりゃ良いじゃん?みたいな。


 でも私の場合は性別が女であり、男と偽っている以上お客に下手に勘づかれてはいけないのだ。疑われる要素を少しでも排除しなければ。


「そう。それはいけないな」

「…はい?」


 聞き間違えでなければ、今否定の言葉を放たれた気がする。

 思わず聞き返したが、兄ィさまは笑顔でまたもや口を開く。


「それはいけないな?」

「えっと、」


 何故か同じ事を二度言われた。

 戸惑う私にクスリと笑うと、手を止めて結わえ途中だった私の頭を撫で始める。

 取り合えず、良く笑う人だなぁと戸惑う脳内の奥のほうでぼんやり思った。


「折角綺麗な黒い髪の毛なんだ。男でも伸ばしている奴は沢山いるよ?伸ばしたらいい」

「でも、おなごだとわかりませんか?」

「お前女に見えないから大丈夫だぜ」


 あれ、美少年の幻聴が。



「気にしなくても大丈夫だよ」

「でも、」

「兎に角伸ばしなさい」

「でも、おなご…」

「野菊。わかったね?」


 今度は有無を言わせぬ感じで言われる。


 なっ、なんでこんなに脅迫されてる気分になるのだろうか。これ、ただ髪の毛を伸ばすか伸ばさないかの話しだよね。


「返事は」

「は…はい!」


 私が声を出したのと同時に、いつの間にかに結い終わっていたのか、清水兄ィさまの手が私の頭から離れた。代わりに髪にくくりつけた鈴の音が耳元で聞こえる。

 

 そして兄ィさまが立ち上がると、先程私と秋水が手伝い着せた黒の羽織が(なび)き、青の羽織紐が揺れ動く。中に見える着流しは黒い蝶が舞う赤の布地で、黒髪黒眼の清水兄ィさまにピッタリだ。

 うむ、今日も格好いい。


「よし、良い返事だね。じゃあ秋水と野菊の仕度も終えたことだし、さっさと道中を終わらせに行こうか。二人ともいいかい?将来の為に、花魁道中がどんな物かをしっかりと体で覚えるんだよ」

「はい!」

「はい…」


 こうして今日も、芸者とはかけ離れた修行を積んでいくのであった。

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