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自分の幸せとは

 死の先にあるものは何だろう。それは天国に行くことなのだろうか。地獄に行くことなのだろうか。輪廻転生と言う言葉にあるとおり、次の人生を謳歌するのだろうか。


 何だろうか、とは言うものの少なくとも自分は地獄にいくのだという確信はある。


 のうのうと仲間を見殺しにしてきたのだから。

 それが、仲間が自ら飛び込んだ道だと知っていても、俺には止める事が出来なかった。



 そしてそれは十二年前の事。


『またですね…』

『あぁ、どーしたってなぁ…皆よぉ』


 十二年前、相対死が吉原内で流行った。流行ったと言うと些か軽口だが、とにかく遊男と客が次々と心中を図る事が多かった。もともと自殺者が多い世界だったが、客も一緒にと言うのはこの頃から増えていた。

 何が悲しくて自殺何か…とは思うが、自分も遊男であるため分からなくもない思いに悩みを覚える。


 その日天月妓楼では一人の遊男が相対死をした。その前の月は二人だった。共通するのは皆若いと言う所で、殆どが十代。かく言う自分も十代だが自殺をしようとは思わない。絶対に。

 死んだのは自分と同じ時期に入った者ばかり。丁度遊男として働き始めて皆一年が経つ頃だったのだ。皆友と呼べる間柄で、仕事の悩みをお互いの部屋へ行って話したりもしていて。

 先月に死んだ簗瀬(やなせ)もそうだった。客と相対死する二日前に俺の部屋に訪ねてきた簗瀬は、聞いてくれとばかりに俺に詰め寄り、自分の苦しい想いを吐露していた。


『アイツと死んで一緒になりてぇな…。あ、俺可笑しいよな。ハハ』

『それで、簗瀬は幸せになれますか?』

『幸せか。幸せねぇ…。かもしんねーなぁ』


 危ない、と思った。

 簗瀬の目は天を泳いでいて。

 遠い空の上の果てを目指しているように見えて。



『おやじ様!!』

『オイ!どうしたっ、……ぁぁ……簗瀬ぇ!』


 そしてその二日後。

 簗瀬の閨で使った椿の間を片付けようとした禿が、変わり果てた簗瀬と客の女の姿を見つけたのである。

 死因は何らかの毒だろう、と言う事で見解は終わった。刃物で腹を裂いた形跡も無く、何かで頭を叩いた感じでも無く、首を締めた痕も無い。


 ただ二人の横に置いてあった赤い杯が、相対死だと言う事を物語っていた。どうやら毒を盃に入れ飲んだらしい。


 赤い盃は契りの象徴。あの世で結ばれますように、と言う事だったのだろう。

 幸せ。

 幸せとは何なのか。

 果たして簗瀬は幸せになれたのだろうか。

 彼が死んでしまった今となっては、答えを知る者も答える者も誰もいない。



『死んでくれるなよ』


 禿の頃、おやじ様にそう言われた事がある。たしか平安時代の…女性の汚物を食べると言う、少々下品な話を聞かされた時だった。


『いいか。一人前の遊男になっても、死のうなんて考えてくれるなよ、絶対にだ。生きてりゃ良い事もある。こんな廓の中で良い事なんぞあるか!とか思うだろうが』


 正座した自分の前で煙管を吹かしながら胡座をかくおやじ様は、目線を下げながら話だす。


『だがこの世界での恋ってのは地獄だ。ただ一人の女に本気になったら、心をムチ打って痛めつけて麻痺させてでも商売しなくちゃならん。俺はおかしくなっちまった奴等を何人も知ってんだ』

『おかしく…』

『あぁ。だがな…どんなに注意して言っても心まで縛る事は他人には出来ん。そればっかりはどうしようもならねぇ』


『35になるまで自由にする事が出来ない。誰も好きになるなとは言わない。好きになっちまうのはしょうがないからな…。でもな、身を焦がし過ぎて死んじまうのは止してくれ。生きてりゃいつかきっと良い事があるんだぞ。お前等に仕事させる俺が言えた事じゃねーし、俺ァ金と引き換えにお前等の命を貰ったんだ。だがな、言うなりゃ俺の子供だ』


『子供に先立たれて嬉しいと思う親は親じゃねぇ。少なくとも俺は嬉しくねーぞ………え、お、おい、どうしたお前』


 自分の目から涙が流れていると分かったのは、おやじ様が狼狽えてからだった。


『っ、いえ、…』

『…泣きたいなら素直に泣けバカ野郎。此処はお前の家だ家。あ、但し座敷で泣いたりすんじゃねーぞ、客がいるからな。それとな、…えーっとな、』




―――――――――――――――――――

――――――――――――

――――――――……



「今年も桜が綺麗ですねぇ」


 目の前の少女を見る。

 この少女…、少女は自分を男だと言うが自分にはおなごにしか見えない。意識の問題だろう。なんせ道中で外に出た時には、見物人にはもちろん皆男だと思っている為、ただの線が細い綺麗な男子にしか見えないようで。

 だが、桜に思いを馳せているこの子を女だと思わない外野の人間を可笑しく思ってしまうのは仕方がないと思う。


 この子がもう少し小さい時、自分に読んでくれた歌がある。


『桜花 今そ盛りと 人は云へど われはさぶしも 君としあらねば』


 と言う歌。

 桜の花が満開というけれど、君と一緒じゃないとさみしい。と言う意である。


 何故この歌を自分へ贈ろうと思ったのか聞いたら


『兄ィさまは、い、いや、ですか?』

『?』

『わたしは兄ィさまのこと、おかあ……いえいえ。あ…えっと。どんなに、うつくしくて…みんながさくらきれいね、っていっても』

『うん?』

『兄ィさまやみんながいっしょじゃなきゃ、たのしくないし、きれいにみえないし、あと、』


『あと、…ただ、これからもずっと、いっしょにいたいのです』


 巡る季節を共にありたいと言うこの歌は、恋の歌。

 それを知ってか知らずか言葉にするこの子は、大きくなったらどういう歌を俺に贈ってくれるのだろう。


《『生きていれば良い事がある』》


 自分を俺の子供と言ってくれたおやじ様。

 一番の理解者でもある遊男の仲間達。特にあの二人。

 そして、一緒にいたいと歌ってくれたこの子。



 簗瀬、俺はまだそこへは行かないよ。

 行くには、死ぬには、皆を殺さなきゃならない。

 そんなのは嫌だから。



恋しさを詠む歌は一様に恋の歌だと先生に教わったので、これ恋の歌じゃないですよ、と言う人もいるかもしれませんが、ここではそうしています。

恋の意味は男女の恋愛だけじゃないですからね。

解釈は人それぞれです。

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