始まりは 7年目の物語 3
帰還迎会という名の正月休みのどんちゃん騒ぎが夕方に終わり、皆と部屋へ戻ろうとする私は、ふと重要なことを思い出す。
「愛理ちゃんはどこ!!」
「は?愛理?」
マイスウィートガール!!
「アイツなら飯炊きや番頭、男衒が暮らしてる三階にいるぜ。俺らの上の階だ」
「でも今は外の銭湯に行ってる時間だと思うよ。夜はあれだし…明日の昼間にしたら?」
「そうなんだ」
「野菊、明日僕も一緒に行っても良い?愛理の所」
「え、」
え。私は『尻から出た血、どうしてます?』と聞きに行きたいだけなんだけども、それを…いや、まぁ私自身男になる気満々なワケだから。近くでそれを聞かれるのはちょっとねぇ。
乙女心が今更反応するとかじゃ無いけど、やっぱ気持ちの良いもんじゃ無いし、出来れば一人で行きたい。
「や、やっぱり今日の夜に行こうかな!凪風は明日行って来なよ」
「じゃあ僕も一緒に今日の夜に行くよ」
「凪風どうしたんだ?」
何だ何だ。
何故こんなにも一緒に行こうとするんだこやつは。一人で行かせてくれ一人で!連れションじゃ無いんだぞ!!
「えーじゃあ、やっぱり明日に」
「じゃあ僕も明日かな」
「……」
ジト目で銀髪の悪魔を見る。
終始ニコニコしている奴にまるで『拒否させると思ってるの?』と頭の後ろを黒い針でつつかれている気分になる。サタンめ。闇へ返れぇ!!
「部屋の場所だって分からないでしょ?じゃあ明日昼間ね。野菊と蘭菊の部屋に行くから」
「…はい」
じゃあまた後でね~。と言い秋水と部屋へ戻って行く。私と蘭菊は反対方向らしいので背を向け足を踏み出す。
…まぁ凪風が一緒に来てもコッソリ愛理ちゃんの耳元で質問すれば良い話しだし。取り敢えずなるようになるだろう。
だけど本当に何であそこまで彼がしつこかったのかが気になる。気にして聞いてみたところで奴が簡単に話すとも思えない。さっきだって聞こうと思えば聞けた筈だけども、そうしなかったのはあの雰囲気じゃまともに答えてくれることは無いと感じ取ったからだ。
全く、一人で会いに行けば良いものの…あの凪風の事だから恥ずかしがって一人で行けない事は…………。
ピーン!
…ああ!!
女の子の部屋。
一人で行けない。
何故。
恥ずかしいから。
何故。
好きだから。
結論=恋
な、凪風は、もしかして愛理ちゃんに恋を!!?
「うひょひょ」
「おい野菊。気持ち悪いぞ」
ムフフ…ならば仕方ない。あんなにしつこかった理由も、ワケを話したがらない雰囲気を作っていた事も納得だ。
グフフ…一緒に行ってやろうじゃないか!
ニョホホ…そんで私はピューって行ってピューって帰りますよ。
ウケケ。
「アホは部屋に入れねーぞ」
そう頭の中で展開している内に部屋へと着いたようだ。
「ニャー!(喧しい!)」
「ゲコゲコ(喧しい)」
「な、何だお前等。俺今スゲー貶された気が」
「気のせいだよ気のせい。よし!部屋に着いた事だし着替えと手拭い持ってお風呂に行こう?チャッピーと護は部屋にいてね」
荷物はすでに箪笥に入っているみたいなので、中から単衣と手拭いを出す。あ、布団も敷いておこうかな?お風呂上がりにするのも面倒くさいし。蘭菊はどっち側が良いんだろう、押し入れ側かな?…いやでも解放感溢れる格子窓側かもしれない。うーん…
「ちょっおまおおおお前一体いつまで一緒に風呂入る気だよ!!」
「?ずっとだけど」
「馬鹿じゃねーの!?」
「…よいしょっと。さて行こうかなー」
「おい!」
気にしなーい。気にしなーい。
大体今更何を気にしてんのさ、小さな頃から裸の付き合いを幾度となくして来た仲だと言うのに。
それに兄ィさま達なんかきっと気にもしないぞ。だって女の人の裸なんて見慣れてらっしゃいますからね。こんな女の色気のいの字も無い身体を見たって、『あ、ただの性別が違う人間だー』位にしか思うまい。
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ガラガラ…
スライド式の脱衣場の戸を開ける。
「お、来たか。俺達も此れから風呂に入る所なんだ」
入れば秋水や凪風、遊男の兄ィさま達と禿ちゃん達がワラワラと脱衣場にいた。人数が多い妓楼での相変わらずな光景である。
秋水達とはタイミングが合ったようで、丁度長着を脱いで入る所だったらしい。
「聞いてくれよ!コイツまだ一緒に風呂入る気だぜ!?」
私を押し退けて、秋水と凪風の方へ駆けて行き、私を指差しながら叫ぶ小童。
まだ言うかこの野郎。
あ、ほら凪風なんか『やれやれ全く…』みたいに首を横に振りながら溜め息ついてるよ。完全に馬鹿にされてるよ蘭ちゃん。
「はぁ。蘭菊…だって、そしたら野菊はどこで入るの?遊男である限りは外の銭湯には行けない。野菊の為だけに違う時間帯で湯を沸かすワケにはいかないんだから仕方ないでしょ」
「そうだぞ蘭菊。大体な、野菊は女じゃない。男だ」
ええ、その通りでございます。
「サラシつけてんのかお前」
「うん、一応」
蘭菊に構わず黙々と着物を脱いで見えた私のサラシを見て秋水が最初に反応した。
「キツくねーの?」
「全然」
「そうか…」
圧迫感は多少あるものの、キツいかキツくないかと言われれば其ほどキツくは無い。サラシのお陰か、はたまた元からなのか胸もあるか無いか程度だから、まだまだ貧乳ですよ。キツくないキツくない。キツくなりようが無い。
どうかこのまま無事に育たないことを祈るばかりである。
ガラ…
「あれ、今来たのか?お前等」
「今日も良いお風呂でしたよ」
「あ。羅紋兄ィさん」
「宇治野兄ィさんも早いですね」
風呂場の戸から出てきたのは羅紋兄ィさまと宇治野兄ィさま。うん、水も滴る良い男達だ。
と言うか羅紋兄ィさま………無事で良かったです。傷が全く無い所を見ると、途中部屋からいなくなっていた理由は、攻撃されないように何処かに隠れていたって事かな。
…でも右脇腹の青紫の大きな痣は、何かを防ぎきれなかった事を物語っていた。き…清水兄ィさま。
…あれ、ちょっと待った…ん…?今秋水と凪風『羅紋兄ィさん』『宇治野兄ィさん』て言った?オイオイ、いつの間に呼び方変えたんだ。
兄ィさん、兄ィさん、兄ィさん…いや待て。思えば禿の子以外で『兄ィさま』呼びをしている人を見た事が無い。もしかして、小さい男の子が自分のお父さんやお母さんを『ぱぱ』『まま』と呼んでいたのに、年齢が大きくなると『おやじ!』『おふくろー』とか呼びだすあの現象が起きているのか。
「ひ、一つの成長だと言うの!?」
「どうした野菊」
目に手を当てて叫ぶ私を、秋水が変な目で見てくる。
やい、見るんじゃ無いよ。
勝手に成長しちゃってさ、全く!!←(理不尽。やっぱり馬鹿)
良いもんね、私だって呼ぶもんね。
一つの成長過程を終わらせてみせる!
ガラガラ…
「はぁ、熱い…。あれ、野菊は今から入るの?」
「清水兄ィさん!」
「え…」
宇治野兄ィさま…兄ィさんの後から出てきたのは清水兄ィさm…兄ィさんだった。…やはり水も滴る良い色男でございます。
只今絶賛成長中の私の兄ィさん呼び第1号は清水兄ィさん。
「ええと、野菊。何を誰に言われたのか分からないけれど…取り敢えず風呂場には手拭いで前を隠して入ってくるんだよ?良いね?」
「え、でも私」
「私はまだ風呂に入ってるから、準備出来たら呼んでね。迎えに来るよ」
「え、でも今出て」
「ほら、先に秋水達入っておいで。もう半刻も無いからね」
あの。
浴槽にて。
『野菊。“兄ィさま”だよね』
『清水兄ィさんが良いです!』
『兄ィさま』
『兄ィさんです!』
『…野菊?…兄ィさま、でしょう?』
ヒヤリ。
『に、兄ィさ…ま、です』
『うん。そうだね』
お風呂に入っているのに、何故だか冷たいものが背中を通りました。




