始まりは 日々1
お茶引き→道中に直しました。
「野菊ー、今日は清水花魁に付いてな」
「はい!」
あれから1ヶ月。
私は日々与えられた仕事をこなしている。
ちなみに『野菊』という名前はあのおじさん、天月妓楼の忘八のおやじさまに名付けてもらった。私が自分の名前も分からない事にビックリしていたが、それなら…と考えてくれたのだ。
何で野菊なのか?と質問したら「おれは菊が好きなんだ」ということで。
えぇ、なんの捻りもありゃしません。
兄ィさま達には私がおなごだということを、拾われた次の日にそれぞれの遊男達の仕事終わりを見計らって、紹介も兼ねてしてくれた。
年頃な娘なら未だしも、まだまだ小さな5歳児。秩序がどーのこーのと騒ぐ対象ではない、無害な生き物と認定されたのか、私がこの妓楼で働くことに関して反対の声は特になく。
皆凛々しい声で『わかりました』と笑顔で言ってくれた。
おやじさまが最初に言っていた通り、私は禿として遊男見習い兼小性として此処に置かせてもらっていた。
私の仕事は1日一人ずつ遊男の兄ィさまに付いて、髪を解かしたり結わえたり、着物を着せたりと身の回りの世話をすることである。身の回りの世話をしながら、遊男としての在り方について学ぶために一人前の花魁の下につくらしい。
いや、遊男になんてなる気は無いけどね。
私は芸者になるんだ男芸者に。いや、女だけれどもさ。
そんなこんなで今日は清水花魁につく日。
この人に会う前はいつもちょっと身構える。
「おはよーございます、きよみず兄ィさ…」
「あぁ、やっと来てくれたんだね?もう待ちくたびれたよ。でも野菊は今日も今日とて可愛いね」
ほら高いたかーい、と両脇に手を差し込まれて言葉通り高く高く上げられる。
この方、名は清水。格は花魁。歳は15にして一人前の花魁である。若くない!?と思ったが此処では普通だそうで、大体15~19歳の間で客に買われるようになり一人前になっていく。
これを聞いて改めて、自分の以前の世界の常識なんて有って無いようなもんだと思い知らされた。
清水花魁は花魁という称号を若くして持っているだけあって、とても器量が良い人である。芸も一流。
肌は雪のように白く、髪の毛は背中まである漆黒色をした長髪に切れ長な瞳は黒真珠の輝き秘め、その黒から漏れ出す艶やかな色気は女性を溺れさせる麻薬のよう。
性格は基本穏やかで物腰が柔らかい為、その包み込むような雰囲気も人気で売りの1つとなっている。
一言で言えば超イケメンである、と。
時は遡り。私が働き始め初日に、此れからお世話になる兄ィさま方へ全員に顔見せをした日。
『きょうから、よろしくおねがいいたします』
おやじさまに此れだけは、と言われて習ったおじぎを、同じ禿をする子や花魁格の男達を前に丁寧にしっかりとやり遂げた時。最初に声を上げたのが私の目の前に座っていた清水兄ィさまだった。
『これは可愛い童子だね。おなごが女相手に商売をするのは大変だが、一人立ち出来るよう私達がしっかりと教育してあげるからね。5歳だと此処では一番下になるから、皆を自分の兄さんと思って頼ると良いよ』
そう言って。
緊張している私を、優しい瞳で解してくれたのを今でもずっと覚えている。
『おぅ、頑張れよチビ助』
『厳しくいくから覚悟しとけな』
『おやじさま、野菊は今日誰に付くんです?』
『誰にするかねぇ』
清水兄ィさまの言葉を羽切に次々と声を上げて話し掛けてくた他の兄ィさまも、少々乱暴だが頭を撫でてくれたりと歓迎の洗礼をしてくれた。
そんな私の心の救世主?的な清水兄ィさまは小さい子が大好きだそうで、お世話になる度に毎度『高い高いたかーい』攻撃を喰らう。
精神的に私は成人している為、この攻撃は恥ずかしいから正直言って止めて欲しい。
でも内心、ちょっとこの浮遊感が楽しい感じもするし、ここは子どもなりにキャッキャと騒いで喜んだほうが良いのかと身構えて毎回悩む。
結果、
「うん、可愛い可愛い」
「……」
いつも無言になる私。
頬を擦り擦りしてくる兄ィさまは、そんな私に構わずいつもこうして構い倒してくる。
顔に似合わず活活としている人だ。
「ああ!またきよみず兄ィさま高い高いしてる!野菊、早く降りろよ!!」
そんな中兄ィさまの部屋に響いたのは、私と一緒の禿である秋水の高らかな声。
彼は私より三つ歳上で、1年前から此処で遊男見習いの禿として働いているという。つまりは私の禿の先輩になる。
容姿も整っており美少年で、肌は白く、後の髪や瞳は深い青色をした不思議な出で立ちだった。
秋水に限らずこの世界では色んな色彩の髪色や瞳の色をした人達が沢山いる。
赤や、黄、紫に銀、外人のような金髪もいた。此処が異様な世界だとは薄々感じていたので、今更『え、それ地毛なんですか?え、普通なんですか?え、おかし…』と質問攻めする事などはしない。
大人だから。あくまでも私は大人だから。
これ以上おやじさまを困らせるような発言はできまい。
ちなみに秋水は7歳から見習いとして禿をしている為、将来花魁になるべくして育てられる金の卵となっている。
しかし秋水みたいに一桁の歳で入って来ず10歳~入って来た子達は、どんなに芸の才に恵まれ器量良しだったとしても、遊男の最高格である花魁にはなれない。
小さな頃からの英才教育を受けていない者は花魁を望めないのである。なかなかシビアな作りだ。
そんな将来有望な秋水は、口をへの字にして私を睨んでいる。
こらこら、美貌が台無しだぞ。
「きよみず兄さまも、今日は道中です!早く単衣から着替えますよ」
「あはは、秋水はしっかり者だ。悪かったね」
プンプンしている彼にニコリ、と笑顔を向けると私を床へと降ろしてくれる。
清水兄ィさまは結われていない長い髪を手で梳きながら、再び私と秋水に微笑み掛けると仕度の合図を鳴らす。
「じゃあ二人とも頼んだよ」
「「はい!」」
私の日々は始まったばかり。