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嘘つきおやじ(さま)の拾い物

 俺が野菊を拾ったのは48の時。時期的にはまだ年が明けて間もない頃だった。


 部屋で煙管を吸いながら一休みしている時、直ぐ外に人がいる気配がし覗いてみると妓楼の裏で見つけたのは小さな童子。しゃがんで俯いていたので、顔は直ぐには見えなかった。


『っふぇ』


 あのおちびが泣きそうな声をあげていたのを今でも覚えている。


 声を掛けると顔をあげたので、どれ…と観察してみるとかなりの美童だった。

 髪は肩程までの鴉の濡れ羽色、瞳は夜空の黒と星をそのまま映したように綺麗な輝きを放ち、長い睫毛がそれを守るように覆って這えている。鼻筋がスッと通った目鼻立ちだ。中性的…と言った方がしっくりくるだろう。

 肌の色も余程白いのか、薄暗い中でもボゥ…と淡く光っていた。

 白いと肌って光るんだな。48年生きてきて初めて見たぞこんなやつ。清水も結構白いが、比べるとこの童子の方が白いだろうな。とビックリしたものだ。


 中性的、と言ってもプックリと膨れた白饅頭のような頬に、ぽてっとした紅い唇。全体の雰囲気からするに女の童子だろうとは勘づいた。

 まぁ、普通は下を確認しなきゃ分からんだろうが俺を舐めちゃいけねぇよ。今まで何人の禿を見て、男を見て育てて来たと思ってんだ。


 ただ、年齢まではあやふやで、本人も歳がわからないと来た。しかも名前も分からないだと。

 一体どんな親に育てられたんだ?躾はこの童子を見る限りしっかりとしていたようだが…。


 とまぁ、兎に角謎だらけの奴だったんだ。



『吉原童養禁厳』


 と言う決まりが、この吉原にはある。

 吉原内で身寄りの無い子供を見つけても、養ってはいけない。と言う物。


 これが出来たのは約10年前。

 ある妓楼の主が吉原内で小さな子供を拾って養ったのが始まりだった。


 実はその子ども、違う妓楼で禿として働いていた子どもで、逃げ出した先で拾ってくれたのがその妓楼の主だったのだ。

 しかし運が悪かったのか、後にその子どもを拾い主の家で見掛けた元の妓楼の所の男衒が『うちの禿だ』と元の妓楼の楼主に報告した事で一悶着起きることになる。


 大層その子どもを可愛いがっていたので今更妓楼に返すことなど出来ない拾い主と、その子どもをお金で買った妓楼の楼主の闘い。

 じゃあ拾い主がお金を払えば良いだろうが、と言いたいところだがそうポンポン金は出ない。


 中々決着がつかない事態に、ついには殺傷事にまで発展してしまった。

 手を出したのは金で買った楼主の方。被害者は子どもで、刀で斬りつけられ傷も深く死んでしまった。

 だが、斬り付けた楼主が罰を受ける事は無かった。

 上は楼主を裏切り逃げ出した子どもが悪い、と見たのだ。おかしいったらねぇ。殺したんだから何らかの罰は受けるべきだと、その当時は話を聞いて思ったもんだ。


 そしてもう2度とこんな面倒事が起きないように、吉原を仕切る役処が出したのが吉原童養禁厳。


 その年から役人がひと月に一度各々の妓楼に調査へ来るようになったのだ。他の妓楼の子や未確認の子どもを養い隠していないかを。

 仮に他の妓楼で働いてなどいない子だったとしても規則に反する。

 見つかった時点で、子どもは吉原の外に放り出されて放置され、隠していた奴は罰を与えられる。

 理不尽だろうが、此処は吉原。普通じゃないのは当たり前。



 なんで、この際働かせてみようと思った。野菊を禿として。

 飯炊きには小さ過ぎてなれねーし、裏の仕事をさせようにもあまりに小さ過ぎる。だから禿として働かせるのが妥当だろう。規則にも引っ掛かってないし、身寄りのないチビをほっとくわけにもいかん。

 しかもかなりの器量良しなもんだから、今のうちから仕込んどきゃ色を売らない花魁も有りだろう。それに実際一生色を売らずとも稼いでいた花魁はいたから無理な事では無い。その分本人の力量にかかってくるが…。

 そう思うと何だか此れから先が楽しくなって、つい口角が上がり笑ってしまった。

 野菊には芸者と言ったが、俺は最初から花魁にする気満々だった。すまん。

 騙す形になってしまったが、この時は将来が楽しみになっちまって。


『おやじさまー!』

『おー、なんだ』


 だが、段々大きくなっていく内にまるで自分の子どもの様に思えてきてしまったのは誤算だった。今まで数多くの禿のチビ達を育てて来たから、そんな思いになってしまったのは自分でもビックリで。

 名前を付けたせいか、5歳っつー小っちぇ小っちぇ頃から見てきたせいか、妻との間に子どもが出来たら『野菊』と命名しようとしていた名前を付けたせいか。

 何が原因なのかは分からない。

 不思議な感じだった。



 野菊が7歳になった頃『楼主にならないか?飯炊きでもいいが…』と話を持ち掛けた事がある。7歳の子どもに何言ってんだとも思ったが、徐々に芸事の才能を開花していくチビに何となく焦りを覚えてしまった上での発言だった。

 それにどんなに中性的な美貌を持っていたとしても、いつかは限界が来る。

 しかし養ってはいけないから、今までの着物代も食事代ももろもろ野菊自身が稼がなくてはいけない。もう二年も経っているので、もう少し大きくなってから飯炊きとして働かせても裏の仕事をさせても金額が合わない。

 働くのと同時に日々の食事や身の回りの全部の物を天月でまかなっている為、その分の金を一々引いていたら何時まで経っても少しずつしか中々返金が出来ない。帳簿をいじってやりたいが、役人の調査もあるため簡単にはいじれない。


 だから5年、花魁として働かせて稼がせれば良いと思ったのだ。飯炊きよりは数倍に稼げるしな。

 それに規則には『子どもを養ってはいけない』とある。なら大人になっちまえば養っても良いっつー事だろ。

 挙げ足取りは得意だ。



 それから3年経ち、チビが10歳になった年。いきなり野菊が『サラシをください』と言って来た時には頭が痛くなった。

 女の象徴である胸を潰す気なのだと直ぐに分かったが、どうも親心が邪魔してサラシを渡す手がプルプルと震えてしまったのは不覚。

 今更『男芸者は辞めて、半生働き詰めで構わないなら飯炊きに変わるか?』なんて言うことは出来なかった。

 何よりあと半生、俺が生きていられるかも分からない。


 そしてその時点でもう5年経っている。野菊はやる気だし(男芸者をだが)芸も、もう完璧に身に付いてしまっている。引くに引けなくなってしまった現実に『あー帳簿いじっちまおうかなー』と思ってしまったのは、此処だけの秘密だ。




 そういや野菊を見つけた場所で新たに童子を見つけたのは記憶に新しい。野菊程小さくなく女子で、もう12だった様だから裏の仕事をさせることにした。野菊と言う女子がいても、それほど妓楼内に乱れは無かったから大丈夫だろうと思っての判断だった。


 しかし発見時、妙に身なりが良く旗本のお嬢様と言われてもおかしくはない風貌をしていた事が少し引っ掛かる。本人は名前と年齢しか覚えていないと言うからそれ以上の詮索は出来なかった。

 でもまぁ実際良く働いているし、それほど心配する事も起きていない。野菊も女一人きりより少しは心が安らぐだろう。



●●●●●●●●●●●●●


 それから更に2年が過ぎた今日。

 小さかった子どもは一つの階段を登る。


「葵色の直垂だ。どうだ?」

「はい、ピッタリです!」

「よし。あと…ちゃっぴぃと(まもる)、連れて行きてーなら連れてけ。同じ部屋の蘭菊にはちゃんと話とけよ」

「ほっ本当ですか!!…チャッピー!護!!一緒に行って良いんだってさ~」

「ゲコ!」

「ニャ!!」


 異色の2匹を抱えあげて嬉しそうにする野菊は、まだまだ子どもで。少しほっとした自分に笑ってしまう。


 しかし、蛙にはちゃっぴぃと言うわけわからん名前を付けているのに、何故猫の方はまともな名前なのかは甚だ疑問だが、本人が良いならまぁ構わない。

 それにこの2匹が来てから天月の売り上げは以前も良かったが、より更に上々。福の神かもしれないと思っている。

 だからお守り、ではないが野菊に一応付けておきたい。別段何かが起きる心配など無いだろうが、縁起物を身の近くに置いておくことにするのは悪い事じゃ無いしな。


「あの、では、天月の方に行きますか?」

「まぁ生活場所が変わるだけだけどな。悩みが出来たらいつでも楼主部屋に来い。…じゃあ行くか」


 黒く長い髪は横で一つに結び前に流し、葵色の直垂を着て身なりを整えている。首が細いから少々客にバレないかと心配だが、うちの妓楼にはそんな奴等も沢山いるから気にはならないだろう。

 瞳の方は大きいので、男らしく見えるよう目を少し細めて附せさせるように指導はしたが、…そしたら何か凄ぇ冷静沈着そうな美少年になった。見た目だけ。

 しかし美しくも、まだあどけなさを残す容貌は12歳と言う年頃を上手く表していて。

 この際開き直って、とことんやってやろうと思う。



「むふ~。やっと皆に会えます。チャッピーも護も楽しみだねぇ」

「ニャーン」「ゲーコ」


 …あ。行く前に…アイツ等が早々野菊に飛び付くのを防いどかなきゃだな。

 取り敢えず金棒でも用意しとくか。

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