始まりは 5年目 6
ほぼ蛙。
もう蛙。
最近、悩みがある。
「ゲコゲコ」
朝から蛙がゲコゲコ鳴いている。
「ゲーコゲーコゲコゲコ」
「……………」
「ゲコっゲコゲコゲコゲコーゲコっ」
「……………」
「ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲー!!!!」
うるさ!!
うるさっ!!
何、まだ良いメス見つかんないのお前。
と庭にいる蛙を半目で見る。
蛙が鳴く理由は求愛の為の鳴き声、他のオスヘの縄張り意識を高める声だと言う。
今は繁殖期。
あの庭の石の上に1週間前からいる緑のアイツは、あそこでずーっと鳴いている。そりゃ休まず鳴いてるって事は無いんだけど。
健気なんだか馬鹿なんだか知らないが、あの蛙はそこからずーっと動かない。
全く、鳴くだけで可愛子ちゃんが寄ってくると思ったら大間違いだかんな、そこの蛙よ。ちょっとは自分から行動しなきゃだよ。
蛙の中でもイケメンって言うなら分かるけども。
「ゲコっ」
ゲコっじゃねーよ。
昼間の稽古の時間ならこの部屋にいるわけでは無いから声は聞こえないけど、朝起きた時や、夕方にここへ戻ると必ず鳴いているから煩いもんで。
しかし…鳴き終わると言う事はつまり、相手が見つかりメスとチョメチョメしてると言う事になり。なんだかどっちにしろ複雑な気分になる、蛙相手に。
独り身の寂しい奴を見つめ、私は言う。
「早く良い相手が見つかるといーねぇ」
「ゲーコ」
分かるのか。
…いやいや。ちょっと待った、話が逸れた。
私の悩みは蛙が煩く鳴いている事ではない。それよりとても深刻な物だ。だいたい緑の物体がギャースカ騒いでるのなんか一々気にしてたらこの日本で生きて行けまいよ。
蛙なんぞ目では無い。
私の悩み。
その私の悩みの種は育たない事を知らずに、きっとこれからも徐々に。いや微量にかもしれないが大きくなっていく事だろう。
私が生きている限り。
朝、単衣から長着へと着替えている途中顔を下に向ければ、目に入ったのは胸周りの肉。ほんのちょ~~っとだが筋肉ではない肉が付いているのは確かで。10歳だからまだ大丈夫~と高を括っていた私は甘かった。金平糖より甘かった。
と言うか、発育ってもう始まってるんだ。
いや、でももしかしたらこれ以上育たなくて貧乳かもしれないし、あんまり気にしなくても良いのかもしれない。
…とは思うものの、取り敢えず対策として一応考えていた案を本日実行しようと思う。
「おやじさま、サラシを私にください!!」
「は?」
そして朝食時、いきなり『サラシぃ!!』とそう言った私に間抜けな声をあげたおやじさま。
私の対策とは、そう。サラシを胸に巻き付ける事。
取り敢えず絞めて絞めて絞め上げれば、ちょっとは遅らせる事が出来るだろう。
勘違いしないで欲しいのだが、別に胸が嫌いなワケでは無く、お仕事の際に邪魔なだけなのだ。
「お、む。胸がですね、が、あの…いや。あの」
「…………あー。ちょっと待ってろ」
胸が…としか言っていないのだが、大体何なのかを察したおやじさまは朝食の席から立ち、暖簾の方へと消えていった。
…察しの良い男は素敵だ。良い男だよ本当。
暫くしておやじさまが戻ってきた。
手には白い布が握られている。…おぉ。
「これで良いか?」
「はっはい!ありがとうございます」
では早速。
グィ、
?
グィっ…グググっ…
「…あの、おやじさま」
「なんだ」
グィ―
「あの、その、」
「なんだ」
「てっ手を!ですね。布から離して頂けたらと…」
何故かちぎれそうな位引っ張っているのに私の元へ来ないサラシ。
原因はこの厳ついオヤジの手がプルプル震えながら力強く掴んで離さないせいだ。
…何してんのこの人。
なんか片手で目を覆って横向いてブツブツ言ってるし。
良いから早く布からその手を離して頂きたい。よこしなさい。
「おやじさま」
「…なんだ」
「――あ!野世さんだ!!」
「なにっ!?」
隙あり!!
「?いねぇーじゃ……あ」
「サラシありがとうございます!」
野世さんとはおやじさまの奥さん。
奥さんの事は知っているが、一度も見た事は無い。おやじさまの家に住んでいると言っても、奥さんは遊男はもちろん禿の私の前にも表れた事は無く、おやじさまも意図的に出さないようにしているらしい。何でですか?と聞いたらあまりそう顔を出すのは良くないんだって言われた。
いやいや。「秩序がぁ!!」とか言っていた頃のおやじさまが言ったなら分かるけども。何でそこ今真面目なの。
けど、お陰で騙し打ちできました。
ありがとう、まだ見ぬ野世さん。
「…………毎日、稽古の時にも何時でも何処ででも着けるようにするんだぞ、風呂は別だが。慣れねぇとだからな」
してやられたおやじさまは、どこか意気消沈気味で。
…まさかだけどサラシすることに反対とかじゃないよね。
そうだとしたら、それはそれはオカシイ話ですよ。
「大丈夫です!」
「………」
5年も芸を仕込み花魁として修行させて来たため、今更何かを引くに引けなくなったおやじさまであった。
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「ゲコゲコ」
「………」
まだ奴はいる。
「まだ見つからないのかい」
「ゲーコ」
そうか。
まぁ、婚活って大変そうだよね。
蛙の世界も厳しいもんがあるのか。
稽古が終わり風呂に入った後、縁側からこの蛙に話掛けるのが日課になっている私。
蛙に話掛けても『ゲコゲコ』としか言わないのだが、何故か話せているような気がしてならない。
とか言ったら凪風辺りには『その頭、大丈夫かな』 とか笑顔で言って私の頭をゴンゴン叩きそうだな。
…うわぁ、想像の中の凪風がやけに楽しそうで怖い。
と、取り敢えずもう寝るかな。
おやすみチャッピー。
『ゲコ』
おおー。
チャッピーが誰の名前だか理解していらっしゃるのね。チャッピー。
『俺はそろそろ限界だな』
『俺もそろそろ限界ですね』
『私はもう限界だから』
さて、何の話でしょうか。
『おい見ろよ。良い大人がだらしねーな』
『じゃあ大丈夫なんだ蘭菊は』
『いや。ちょっと待て、だってこいつ一番一緒にいただろ』
『あー』
『おい!何だよその顔』
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初登場時の年齢で
野菊:幼稚園児
蘭菊:小一
秋水:小二
凪風:小三
清水:高一
羅紋:高三
宇治野:大学二年
十義:高校教師(体育)
おやじさま:野菊のパパ
で、たまーに家族パロとか御近所パロとか頭の中で妄想します。(しょーもない)




