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25/123

始まりは 5年目 5

 5度目の春を迎えている今日。

 今の季節が何なのかが、お馬鹿にでも分かるように『今は超春なんだぜ!!』と知らしめる感じで桜があちこちで満開となっている。

 なんてのは十義兄ィさま情報で、外に出ていない私は実際に見ていないからよく分からない。庭の桜の木だけだ。でもこれでも私は十分。…十分ですよ。


 そんな春爛漫だった今日の空は、もうお星様が瞬いている。


 あーぁぁ、花見したいな。花見したいな。

 いや、もう夜なんだけどさ。

 大好きな焼き饅頭食べて、春菊の胡麻和えと一緒に塩気のあるおにぎりを頬張り、阿月の茶屋の美味いお茶を飲んで、次はニシンの煮付けに菜の花のお浸しでしょ~、うーん春だねぇ。


 うぉぉ、よだれが。

 …なんか食べてばっかだな、花より団子じゃん。

 いやでも皆そんなもんだよね。

 

 と、そんな事を思いながら縁側に寝っ転がり、もう暗い空をもう一度見上げる。膝を立て、単衣から剥き出しになった左足に当たる夜風はとても涼しくて気持ちいい。



 今日は稽古が休みだった。昨日も休み。

 実は昨日から2日かけて、天月の客を夜桜の下でもてなす為、ボディーガード兼見張り役を沢山つけて、妓楼の遊男達が客と吉原の外で花見をしているのだ。

 なのでこの2日間、天月妓楼内での営業は停止している。その為、おやじさまは準備で忙しくお昼から妓楼で指示を出していた。

 だから放置の私は自主練になるワケで。


 十義兄ィさまも料理を作って運ばなければならないので駆り出されている。


 この花見も、最近、と言うか去年から行われるようになったのだが…。徐々に色んな事が有りになってきて、何だか困惑する。おやじさまの緩みと共にやっぱり緩くなっているんだよきっと。


 夜桜の花見は当然タダでは無く、客がお金を払わないと行えない物。この2日間の前から妓楼のほうへ特定の遊男と花見がしたいと申請しなければならない。しかも遊男がその夜桜でつける客は一人だけなので早い者勝ちだ。

 天月は高級妓楼。良い男の宝庫なので普通の遊男でも、其処らの妓楼の男より数倍人気で。お金がちょっぴり高くとも、天月への客による夜桜申請の率は高い。天月の全員に必ず一人は『夜桜を一緒に見に行きたい』と言う客がいるのだ。素晴らしい。

 他の妓楼では半分いるかいないかなので、その差は歴然。


 そうすると、何となくこんな考えが頭を過る。

 あれ。もしかして、おやじさまは皆を買う時に結構選り好みしているんじゃないの。中々良い男になりそうな子じゃないと買わないんじゃないの。

 なんて恐ろしいオヤジ!!


 と思っていたのだが、どうやらそうでは無いらしく。

 十義兄ィさまの話では、皆最初は器量がよろしく無い者も当然いた。本当に遊男になって稼げるのか?と言う子が当然に。


 だが。天月の楼主、おやじさまの教育を受けた花魁、遊男達に付いて教わっていく内に、だんだんと何故か外も中身も良い男になっていくのだと言う。

 そりゃ各々個性はありますが。


 あのおやっさん、イケメン製造機か!!と話を聞きながら思ったものだ。



「むぅー行きたーいなーぁ」


 まだ引込新造の秋水達はお留守番かなぁ。



ちなみに遊男達が桜のある所まで移動する時は歩きで、屈強なあんちゃん達がデッカくて長ーい布を棒につけた物を持ち、遊男達の周りを自分達も歩きながら覆うらしい。一応逃亡防止とあまり他者に遊男達を見させない為である。

 花魁になると籠で運ばれる為、歩いては行かない。これも逃亡防止と見世物にしない為。結構厳重なので『そんな簡単に花魁が見れると思うなよ』と言う事だろうか。


 …お姫様か!!



 花魁の3人はきっと馴染みの雪野様とか橋架(きょうか)様、(りく)様とかが申請してるんだろうな。と言うかおやじさまが漏らしてたし『えーと、花魁組はいつもの客か…こっちは、』みたいな。


 ちょっと思ったのだが、あのお客の人達に3人共いつか身請けされたりするのかな。


 だって花魁である人に、いつもより多く払ってでも一緒に花見に行きたいだなんて。

 一人の遊男を買うのに天月では1度で2両~3両(約25万円)掛かる。けして安くは無い数字で、他の妓楼では大体二分金~1両(5万~10万円程)になる。一方花魁は桁違いで、10両~30両(150万~400万)。バーン!と一気に跳ね上がる。とんでもねぇ数字ですよ。


 そして身請けの金額も馬鹿にならない。

 身請けには遊男の身代金を全額払う必要があり、普通の遊男であれば40~50両(1千万円くらい)、対して花魁の身代金は500~600両(7千5百万円くらい)であり、非常に高い。

 身請けとは、もはや金と愛の成せる業である。


 雪野様達を馴染みと呼んでいるが『馴染み』とは、花魁である兄ィさま達がその客と一夜を共にしても良いと認めた客の事である。

 客が馴染みになるまでには、まず最初に三回花魁を買わなくてはいけない。つまり3日通わなくてはならない。床入り(閨)はまだ出来なくて、飲んだり食べたりするだけである。

 だがこの期間はとても重要。この間に花魁は客を見て、枕を共にしても良い女なのか否なのかを吟味するのだ。

 そして4回目の訪れの際、花魁がOKを出したら床入りが出来、馴染みとなれる。しかしNOだったらそれまで。

 このルールは普通の遊男には適用されない。こんな事をしなくても1日で床入りするのが常で、遊男側からの客への好き嫌いは関係無い。

 だから花魁は幾らか意見が尊重される身なのである。



 馴染みは別名『花魁の妻』。

 天月では公認の夫婦みたいな物になったと言う事。

 好き同士、と言う事。


 もしかして清水兄ィさま達、馴染みの方々に恋をしてたりするのかな…。いや、うん、人間だもの。しててもおかしく無いよ絶対。

 もしそうだとしたら、どうかその恋が叶うと良いのに。擬似の夫婦なんかじゃなくて本物の夫婦に。なら秋水や凪風、蘭菊もいつかはきっと…他の兄ィさま達も。


「むぅ~ぁ~」


 くうぅぅ~っ。

 想像しただけで、ちょっぴり寂しいけれども。


 部屋の縁側で仰向けになり、寝転びながら手足をバタバタさせる私。

 いやだな、ひっくり返ったダンゴ虫じゃないか。


「わ。綺麗」


 ダンゴ虫な自分に嫌悪していると庭の桜の少し上に綺麗な三日月が浮かんでいるのが見える。満月も好きだが、私は三日月が好きだ。特に理由は無いが、しいて言えば目に優しいと言う所だろうか。この世界の満月は目に眩しくて光り過ぎている。

 だから三日月くらいが私に丁度良い。


 ポトっ


「?」


 三日月をジーっと見つめていると庭の方から何かが落ちた音がした。視線を向けてみると庭の塀の近くに、やはり何かが落ちているのが見える。

 ん?


「…見ぃ、えない」


 遠目では分からないので庭専用の履き物を履いて見に行く事にする。


 近づいてみれば、…うーん。暗くて色がハッキリしないがピンク?白?赤?色の綺麗な花の束が1枚の紙と共に落ちていた。そして塀に近づいているので外の音が少し聞こえる。なんか人がいる気配が…。

 な、何だろう。と耳を塀にくっ付けてみる。



 タッタッタ


{よィっせ!よィっせ!}

{よィっせ!よィっせ…ィっ………よ…ィ…}



 …え。今の何?

 よィっせ!って何!!?

 な、何か運んでるのかな。


 いやいやそれよりも。

 て言うかこれ…。と視線を再び自分の手にやれば落ちていた花と不審な紙。

 丁寧に紙は折り畳んであり、花の束に紐と一緒にくくりつけてある。


 どうすれば良いのこれ。

 何か怪しいよ、危ないよ。綺麗だけどね!!と言うか誰が落としたのさ。{よィっせ!}の人?…やっやだやだやだ!

 気持ち悪いよ!!

 てか誰だよ!!


 あぁでも……きに、気になるなぁ。

 怖いもの見たさってやつかなこれは。

 ち、チラッと覗くだけ覗いてみようかね。うん、大丈夫。大丈夫。


 指先で紙の端っこを摘まみ、カサ…とそっと紙を開いてみる。


「…!」








『本当は外の桜を見せてあげたかったよ。枝は折れないから、代わりに桜草を君に。 清水、羅紋、宇治野』

後日。


『野菊』

『十義兄ィさま。お花見はどうでしたか?』

『ん?うーん。良かったぞ』

『あの、花魁の兄ィさま達にお花をありがとう。とこっそり言っておいて貰っても良いですか?』

『おぉぅ…マジでやったのか』

『?』

『いや。うん。文のやり取りは禁止だからな。隠しとけよ?ちゃんと』



桜草:花言葉は『初恋』『淡い恋』『純潔』『希望』『無邪気』『少年時代の希望』『長続きする愛情』『可愛い』『少女の愛』『貧欲』


沢山あります。色にもよりますが。

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