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始まりは 5年目 4

 私、今日こそ言ってみようと思う。


 相も変わらず私の座布団に座り、かりん糖をモシャモシャ食べている十義兄ィさまに、今日こそは言ってみようと思うのだ。


 勇気、勇気を出すのだ野菊、無邪気に聞いてみるんだ。不自然な感じではなく『そう言えば髪切った?』みたいな、さりげない感じでいざ!!

 パぁワァ~。


「あの、十義兄ィさま」

「ん?」

「えっと、あの」

「なんだ?」


 どうした私!!何を恐れる必要がある!!

 て言うかもはやこれ自然では無いよ私!!


「あの、そう言えばなんですけど」

「?……あ、そう言えばな」

「そう言…え、はい?」

「蘭菊が今日髪の毛切ってたぞ、バッサリ」

「えっ蘭ちゃん切ったんですか!?」


 不自然な感じでは無い『髪切った』をいただきましたー。


 て言うか蘭菊髪切っちゃったんだ。記憶では、長くて綺麗な赤い髪を一つにしていた蘭菊の最後の姿しか思い出せないから、想像してみるも少し違和感がある。

 出会った時は短かったと思うのだが、あまり思い出せない。

 でもきっと似合ってると思う。と言うかどんな髪型でも似合うよ、ハゲても似合うよ絶対。

 良いなぁ羨ましい。やっぱりイケメンになりたいなぁ。


「ついでに清水もな。肩上ぐらいだが。でも腰まであったからなぁ、バッサリいったもんだよ」

「ええ!?」


 清水兄ィさまが切っただと?

 あの人に関しては私、長い姿しか思い浮かばないから、想像がこれっぽっちも……………あ……ちょっと待てよ………。前髪があーで、後ろがこーで、サイドがあぁだと、きっとこーんな感じで……。

 とかまぁ想像してみたけど、4年も経ってるんだから顔付きも多少違ってるんだろうなー。

 だって今20歳だよ20歳。羅紋兄ィさまは22歳だし、宇治野兄ィさまは25だ。こう数字に表してみると時が過ぎるのは早いなぁ…としみじみ思う。会えない時間はこんなにも長く感じると言うのに。

 秋水と凪風もどうなっているのだろうか。度々十義兄ィさまが話してくれるも、あくまでも『話』なので、想像でしか思い起こせない。


「何だか想像が出来ません」

「そうか?」

「そ、そうですよ。十義兄ィさまは見てるから良いですけども」

「まぁなぁ」

「何だか一日千秋の思いです」

「ここでそれ使うか?」


 『一日千秋』とは、1日の間にも季節が幾度も廻り、1000回も秋が訪れるかのように、時間が非常に長く感じられる様。と言うことである。今か今かと待ち望む様子とでも言っておこうか。


 しかし、4年の期間で細かく計算してみると365×1000×4で1460000。つまり約146万年会っていない気分だ、と言うことになる。

 146万年…なんか、ちょっと……。長すぎて良く分からないから気持ちとしては微妙だ。


「えーと、じゃあ。

この頃に 千歳や行きも 過ぎぬると 吾や(しか)(おも)ふ 見まく()れかも で。」

「おー、直球だな。もう千年経った気がするから早く会いに来い?まぁ、会いに来いの部分は別として、気持ちとしちゃ近いよな」

「十義兄ィさまは良い(ひと)いないのですか?」

「?」


 はい!

 ここでブチ込みましたー!!

 自然、自然だったよね?


 あーもうこれだけなのに超勇気いったよ。


 …………………………………………………………………………………………………………………………………。


「…うーん………」

「…………」


 …でも、なんか。あれ。あれ?

 色々考えて気になって聞いてみた後に、冷静に考えてみると…恋は地獄の吉原の元遊男にこの手の質問タブーじゃね?


 ばっ―――どっどどどどっどどどうしよう!!

 お客に惹かれるも、その人には夫がいるとか!結ばれない運命だとか!もうこの世にいないとか…そんなんだったらどうしよう!!

 馬鹿馬鹿馬鹿野郎!おたんこナスビ!!

 気になる気持ちが強すぎて全然考えてなかった。

 チラリ、と兄ィさまを見てみると何やら顎に手をあてて上を向いている。


 あ、ああ!もしかしてやっぱり天の国!

 すいませんすいませんすいませんすいませんごめんなさいすいませんすみませんすみま…


「すいませんでしたぁ!」

「なんだ?いきなり、…ははっ良い(ひと)ならいたぜ」

「!」


 畳みに額を擦り付けて謝ってみたが、笑われて終わった。顔をあげて十義兄ィさまを見てみてると、穏やかな顔で笑っている。

 そして視線を部屋の奥の格子窓へと向けると、ゆっくりと口を開いた。


「一度だけな、部屋の格子窓から見ただけなんだが。売られたのが13で20ん時かな?黒髪の綺麗な女でさ、藤色の着物を着ててよ。まだ各々の妓楼が開かない昼間の時間なのに吉原の町を歩いてたんだよ。一人でだぜ?だーれもいないのに」

「愛理ちゃんみたいに妓楼で働いてたんでしょうか?」


 私の質問に、首を少し捻り喉を鳴らしながら笑い出す。


「いや。まぁ、多分あれは吉原内の出店の奴だったんじゃないかと思うんだけどな」

「なるほど」

「で。そいつが丁度、俺の部屋から見える位置で歩いててよ。そしたら女が、何か布?だったかな落としたもんで、気づいてねぇみてぇだから声掛けたんだ」


『おぉーい!落ちたぞー』

『!』


「ってな、でっけぇ声で。なんとなく」

「なんとなくですか」

「なんとなくな」


「そしたらよ、布を拾った瞬間その女が口の横に手ぇ当てて」


『あーりぃーがーとぉーうぅー!』

『!』


「ビックリしたぜ。でっけぇ声で返して来たもんだから。なんだコイツ!ってな。まぁ俺もだけどよ。…でもなぁ、遠目だったけど、その時の笑った顔が凄ぇ可愛くてよ」


 思い出している十義兄ィさまはとても嬉しそうな、でも寂しそうな顔をしていて。


「ほら、客の女は遊男に何かを求めてくるのが当たり前だろ?此方が何かをしてやってもそれはやって当然、当たり前の事なんだ。だから感謝なんぞあんまりされた事も言われた事も無いわけなんだがな」

「そんなものなんですか」

「あぁ、そんなもんだぞ」


 そうか、そう言えば私達は奉仕する側なんだ。お金を払って遊びに来た女達の相手をする事が仕事。寧ろお金を掛けて遊びに来てくれた事を感謝しなければならない立場。


「…まさか『落ちたぞー』なんて言っただけで、あんな笑顔で礼を言われるとは思わなかったんだ」

「………」

「なんか、なんだろうな…。どんな気持ちになったのかはあんまり言い表せ無いんだよな」

「嬉しいとかではないのですか?」

「それとは違うんだ。なんつーか…」


すると手に持っていたかりん糖を、私の口元に持ってくる十義兄ィさま。た、食べろってか。


…パクリ。

うん、美味しい。


「モグモグ…。え、と…」

「後にも先にも、女を見て心の臓が泣きそうになったのはあの時だけだったんだ。これが恋だと言える程、恋をしたワケじゃないが、女を優しく抱いても、女に対してあんな気持ちになったことは無かった。今考えると、あれ、恋だったのかもなぁ」


 そう話す十義兄ィさまの瞳は、切ない話の筈なのに、何処かキラキラとしていて。


「うん、それが俺の良い(ひと)だ」



 後にも先にも貴女だけ。

『野菊も良い女だぞ?』

『男です』

『いや、良いおん』

『男です』

『良い『男です』


『…そうか』

『はい!』




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