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始まりは 5年目 3

 今日もまた、何てことの無い時間が過ぎてゆく。


 朝から目の前にいるおやじさまの顔面観察。

 おー渋いね。おやじさま、ちょっと顔怖いけどその層の遊男やっても良いんじゃないかな。

 朝日に照らされた強面の顔が、今や神々しく光ってて、とてもあやかりたい気分ですよ、ええ。はい。


 そしてそんなおやじさまの手には女物の紅色の着物。


「え?」

「だから、着てみろ」

「え、」

「世間様では今日は桃の節句だ。俺しか今この家にいねぇし、誰が見るわけでもなし。着てみろ」


 そう言われ、着物をずいっと差し出される。


 いやいやいや突然どーしちゃったのよおやじさま。

 こんなこと今までしなかったじゃないのよ。

 一体何があったと言うのさ。


「いっいや、あの。私!男に」

「馬ぁ鹿野郎!!」

「ひっ」

「今日は桃の節句なんだ。祝わないでどーする!!」


 拳を握って力説している今年で53となったこのオヤジ。


 えー。なんかおやじさまが可愛いよ。でも意味が分からないよ。

 大体急に着物をポン、と出されても女物の着付けなんて教わって無いからわかんないもんね。

 と言うかこの着物、一体何処から持ってきたんだろう。確かおやじさまは奥さんはいても子供はいなかったはず。

 わ、わざわざ買ってきたんじゃないよね、その立派なお着物。

 唐紅色をベースに若菜色の柳線が流れ、淡黄の玉形と乙女色の花弁がちりばめられているその着物は素人目から見てもお高い物だと分かる物だ。


 私を男として生活させ始めたのはおやじさまなのに、色々ちぐはぐだぞ。


「それ、あの、どうしたんですか?」

「あ?」

「き、着物…」

「あぁ、兄さん達の着物を仕立てる時にな、ついでに仕立てて貰ったんだ。綺麗なもんだろ?」


 し、仕立てただとぉ!?

 わざわざ作ったんですか!!?

 ちなみにその費用は誰持ちなのかを是非とも教えて頂きたい。私に請求して借金を作れと言うのか。

 大体ね、そう言うのは子猫の愛理ちゃんに着さしてあげるべきで。もう女捨ててる私よりも、女として生きている子を祝わなくちゃさ。


「愛理ちゃんに着せたら良いですよ」

「馬鹿言うな!女として一番輝く時に男を強制させるんだぞお前に。せめてもの贈り物だ……………………まぁ、愛理にも桜色の着物をやったがな」


 最後にボソっと呟いたオヤジ。

 ちゃっかりしてるじゃん!!


「今さっきその着物着て仕事してたんだがな、兄さん達もそれ見て楽しそうでな。いやぁ、娘子ってのはいーもんだな。客の女とはまた違う癒しと言うかな」


 誰だこのオヤジ。

 最初の頃の威厳とか何処にいったんだろう。


 しかしこう話ながらも着物を両手で広げていくおやじさま。

 いやさぁ、歳なんだから手ぇちょっと休めた方が良いんじゃないかな。


「取り敢えずこの話はいいからよ。よし、俺が着付けてやるから長着脱ぎな。ついでに紅も差してやる。肌が白いから映えるだろうよ…そうだなぁ、目尻に紅梅色を差してみるか」

「おやじさま!!今日の稽古が」

「今日は女心を知る稽古ってことだな」


 詐欺師(うそつきおやじ)は口が上手い。

 そして話を聞かない。




――――――――

―――――

――……



 重い。

 女の人の着物ってこんなに重いんだ。いや、秋水達が着ていた直垂も重そうだったけど同じくらい?

 長着に戻りたい。

 全身鏡で自分の姿を見てみたい気もするが、生憎おやじさまの家は顔が映るくらいの鏡しか無いため、一体自分がどんななのか部分的にしか分からない。

 目の前のおやじさまが真剣な顔をして私の顔に紅を指している姿を見ると、どんなもんだと少し興味が湧いてしまう。


「おし、仕上げはこの髪結い紐で髪の下の方を結ぶか」

「わぁ。それ、可愛くて綺麗ですね」


 おやじさまが手に持っているのは、赤い紐の先に金色に輝く鈴が2つ付いた素敵な髪紐だった。

 紅い着物には良く似合うと思う。私は別として。


「野菊、髪の毛伸びたなぁ」

「そうですねー」


 最初は肩に付く位の長さだった髪の毛は、今や腰辺りまできている。前髪はしょっちゅう切ってるし稽古の時は後ろを縛っているが、後は基本放置。


「バッサリじゃなく、少し切るか?」


 そう言われるが


「…いや、まだ良いです」

「そうか」


 髪の毛を伸ばすのは清水兄ィさまとの約束。

 別に律儀に守らなくても、少し位切ってもいいのだけれど、結局は切らずにきている。


「ん、これで終わりだ。はは……別嬪だな野菊は」


 毛の先の方でチリン、と鈴が揺れた。


「少ねぇが、遊女だったらきっと見世から一生出させて貰えねぇくれぇによ。それ考えると、遊男でお前は良かったのかもしれねーな」


 なんか微妙な例えを言われたが、ようは此処に来て良かったと言う事だろうか。



「おーい、おやじさまー」


 すると突然男の低い声が響いて来た。

 この声は…


「?なんだ十義か。お前も飽きねーなぁ」


 十義兄ィさまが、今日も今日とて縁側から青い春を見つけずに此処へとやって来たみたいだ。

 …すんごく嬉しいが、すんごくやるせない。


「おっ!小っせーのにえらい美人だな。んで野菊どこいます?」

「あ?目の前にいるだろ」

「は?」


 目の前には私しかいないのに、何処に目を向けているのか一向に視線が合わない。

 なんだなんだ、私は透明人間ですか。あぁ~ん!?

 それか…もしかして自分で気づいていないだけで私着付け中に死んじゃったの?

 じゃあ私が見えてるおやじさまは何だ!!

 このオヤジ最初から幽霊だったのか。

 いや、でもおやじさまは十義兄ィさまに見えてるみたいだし。れ、霊の中でも一番強い力を持っているとか?いやいやいや……


 んなしょーもない事を思っていると、やっと十義兄ィさまと目が合う。


「野菊か?」

「なっ私が見えるのですか!!」

「馬鹿かお前は」


 おやじさまに馬鹿と言われたが気にしない。

 気になるのは十義兄ィさまの目がこれでもか、と点になっている事。本当に点だ『・』点。

 何をそんなにビックリしているのだろうか。

 大体女の着物を着て化粧をちょっとしたくらいで骨格が変わるわけではないし普通は分かると思うのだが。

 それかおやじさまのメイク術が滅っ茶苦茶凄かったかだ。


「今日は桃の節句だからな。愛理と同じく綺麗な着物を着せてみたんだ。似合うだろ?」


 私の背後で膝立ちになっているおやじさまが、私の頭を撫でる。

 ちょっ、ハゲるって言ってるじゃーん。


 おやじさまの言葉を聞いた十義兄ィさまは、また何故か苦笑いになっており、眉尻が下がっている。

 どうしたんだろう。


「成長ってのは、早いですねぇ。こんなん見せられたら、いつまでもチビ扱い出来ねぇじゃないですか。愛理の着物姿を見た時と、この気分の違いは何なんだろうな。なー?野菊」

「?…っひょっ」


 私の前でしゃがんだと思ったら、十義兄ィさまの片腕に乗せられる。

 たっ高いよ!!

 十義兄ィさま天月で一番背が高いんだよ!


 落ちない様に兄ィさまの首をぎゅっと掴む。

 首締めてたらごめんなさい!!


「なんだかなぁ。出来ればこのまま、これ以上花が咲くのを止めたい位の気持ちなんだ。俺はな」


 そう言って今度は私を持ち上げたまま、グルグルとその場で廻り出す。


「ぎゃぁぁあ!」

「ははっ。楽しいかー?」

「いに゛ゃぁあー!!」

「楽しいよなー」


 うぇぇえ。


次の日。


『わ!その額のアザ、どうしたのですか!!』

『あ、あーこれな。ちょっとな』

『喧嘩ですか?』

『喧嘩っつうか……あいつらにお前の事話すのは当分やめとくか』

『?』

『ったく。いい大人がよー』

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