始まりは 5年目 1
今、おやじさまの家に私以外の禿はいない。
私がこの世界に来て3年が経ち4年目に入った去年元日、秋水と凪風は天月妓楼の花魁の元へと直垂を着用し引込新造として戻って行った。
数え年なので、誕生日は関係なく元日が来るのと共に歳が加算される為去年の1月1日で二人は12歳となり、同時に禿でいる年齢では無くなったのだ。
私が二人に会えるのはそれから3年後、秋水も凪風も15歳になり花魁となっている頃。
何だか寂しかった。
私よりも早く大人になる二人が。
『じゃあ、またな』
『うん。またね』
『野菊、風邪引いたらちゃんと薬飲んでね』
『のっ飲みます!!』
『本当だろーな』
それでもそんな会話をしつつ、最後は皆でぎゅーっと抱き合った。ミノムシ再来。
『蘭菊、野菊をちゃんと見てろよ』
『めんどくせー』
蘭菊は二人よりも一つ下の為、後一年は私とおやじさまの元で暮らしていたのだが、ついに5年目に入った昨日の元日で天月妓楼へと戻って行ったばかり。
『野菊、』
『なに?』
『い、一年、俺といて寂しく無かったか。…べっ別にな!気になってたワケじゃねえけど!』
『うーん…』
『なっなんだよ』
『らんちゃん…どっちかと言うと喧しかった』
『おい!!』
『だからあまり寂しく無かったよ』
『…そ、そうか。あー、そうだろ』
昨日去り際に交わした会話は、いつも通り何も変わらず…いや、蘭菊はちょっと大人しかったけれど。
そして前に皆でしたように抱き合おうとしたら『馬鹿じゃねーの!!』と言われ逃げられてしまった。
…この野郎め。少しは惜しんだらどうだろうか。まぁね、ツンデレゆえだと思えば可愛いものなのかもしれないけどさ。うん、ショックでは無いよ。全然ショックじゃないから、全然。
へっ。
でも似合ってたなぁ。 珊瑚朱色の直垂に高い位置で結った赤い髪色が映えて、とても…。
「あーあ」
特に何の意味も無く、無駄に響いた声を出しながら4人で使っていた部屋の天井を見上げる。
4年前まで狭く感じていた部屋が広くて広くて変な感じで。部屋の端から端までコロコロと寝そべり転がっても注意する者は誰もいやしない。
とても寂しい。
…いやいや…折角のお正月なのに、なんだこの私のへこみ具合は。年が明けていくって言うことは着実に兄ィさまや、禿の皆に会える時間が縮まって来てると言う事なんだぞ!
祝え祝え!!ハッピーニューイヤ~。
「ふふ~ん、あーけーまーしーて~~おーめーでーとう~」
一人誰もいない空間にそう呟き、そしてまた意味も無く手を天井に向けて伸ばしていると、私の上に突然大きな影が掛かった。
「新年の挨拶に来たぞ。今年も宜しくな」
「あ、十義兄ィさま」
「?どうした野菊」
廊下を歩いてきた十義兄ィさまが、縁側まで転がった私の所まで来て見下ろしていたようだ。
上げていた手を降ろして上半身を起こす。
「あー大体分かるぞ。まぁ、蘭菊がとうとう行ったもんな」
「う…はい」
え、十義兄ィさま!?
何で此処に!!
とビックリするだろうが、彼は2年前からこうしてたまに此処へ会いに来てくれている。
実は十義兄ィさま、年季が明けた年におやじさまの元で飯炊きとして働き始めていたのだ。私はそれを大分前から、と言うかおやじさまの元へ行く日に十義兄ィさまから教えてもらっていたので、6年経たなくとも会える事は分かっていた。
『野菊!』
『じゅうぎ兄ィさまも、お、おせわになりました!』
『なぁ野菊』
『?』
『あのな、俺、年季明けたらおやじさまんとこの飯炊きになるんだ』
『え、』
『だから後2年したら野菊に会いに行ってやるよ。待ってろな』
『ほっふ、ほんとうですか!?やったぁ!!』
家族の居場所は分からず、帰る所も宛もない為おやじさまの所で働く事にしたのだと言う。
もう遊男ではない十義兄ィさまは外を歩けるし、恋愛だって自由。たまにこうしておやじさまの家まで自分の休みの日に遊びに来てくれる。
私が天月にいた頃肩まで伸びていた十義兄ィさまの水色の髪の毛は、今首に掛かるか掛からない位に短くなっており、顔は少し目尻のシワがあるものの溢れ出るダンディズムが漂っていて。
笑った顔は特に最高だ。
えぇ、お気に入りです。
「寂しいか」
「さ…寂しいです」
いつかのように私の頭を撫でながら聞いてくる十義兄ィさま。しかし改めて人からそう聞かれると何だか恥ずかしい。
此処に来てから今まで、周りが騒がしく無いことはなくって。いつも誰かがいた。今思えばそれは、とてもとても贅沢で幸せな事だったのだと言える。
しかし、兄ィさま達と別れた時もだが、これが今生の別れではない。悲しむ必要など無いのだ。
それに後2年。今までの四年間を考えればそう長い時間ではないし、皆それぞれ頑張っている。また再び会えた時に恥ずかしく無いように、これまで以上に一生懸命芸を磨いていくことだけを考えよう。
そうすればきっとあっという間だ。
「野菊ー!」
「お。おやじさまが呼んでるな」
「はい。じゃあ十義兄ィさま、良いお正月を。それと今年も宜しくお願いします」
「稽古頑張れよ」
「はい!」
新しい1年は一人でのスタート。(+37歳の飯炊き人)
『ところで野菊。俺もう「兄ィさま」じゃないぞ』
『あっ、そうですね!ん~十義兄さん。十義さん?とかで…』
『…うーん…。いや、やっぱ兄ィさまで』
『?』
『なーんか、こう。違和感がな』
何かごちゃごちゃと分からなくなって来たので時系列まとめて見ました。
1年目 野菊5歳 この世界に来て天月で働き出す
1年後、野菊6歳 おやじさまの家で暮らし出す
3年経ち4年目、野菊9歳 秋水と凪風が天月へ戻る
4年経ち5年目、野菊10歳 蘭菊が天月へ戻る
6年経ち7年目、野菊12歳 天月へ戻れる




