始まりは 2年の月日 6
寒い。物凄く寒い。
もう腕も背中も首も足先もありとあらゆる所が寒い。
おかしい、外はあんなに太陽がサンサンで蝉の鳴き声がミンミンミンミンミンミンミンミン蘭菊の様に喧しく鳴いていると言うのに。
「うわ!あっちぃな」
「はは、完璧熱出してるね」
朝御飯中、隣に座る蘭菊が私の額に手を当てるとそう叫んだ。向かい合って前にいる凪風は私の顔を見て笑っている。
秋水は笑っている凪風を呆れながら見ると私に向かって口を開いた。
「熱出してる奴は今日寝てろ。おやじさまに言っとくから」
「げほっげほっほっほっホ」
いやいや勘違いしないで欲しい。
これは咳ではなく高笑いなんだ。
熱いのはきっと外が暑いから私の体が熱くなっているだけで、寒いのはきっとそれに伴い私の汗達が必死に冷まそうとしてくれている結果で、ちょっと冷やしすぎかな~?とは思うけれど、これも汗ちゃん達が頑張ってくれてるからなんで。
…いやいや決してね、治すための薬が吐くほど苦いからだとか、病人食的な物を食べさせられるからだとか、風呂に入らせてもらえないからだとか、そんなんじゃ無いんだよ。うん。だから、
「おやじさまー、野菊熱出してるみたいなんで薬あります?」
「あー?熱か?ちょっと待ってな」
「ぐすりっなん、のまないよっ」
「はい、布団まで運ぶからね」
熱じゃなぁぁぁああ―――――い!!
――――――――――――――
――――――――――
―――――――……
凪風におぶられて運ばれ、私は今布団の中。
あの悪魔め、私を運びながらクスクス笑いやがって。あの薬の苦さをしっているあのお方は、これから私に訪れる魔の時間を楽しみにしているに違いない。
あの苦さを体験したのは四人の中で私と秋水と凪風だ。蘭菊は風邪を引いた事は無い。馬鹿だから。
「お前体よえーなぁ」
「ヴっるさい」
いいか良く聞け。
馬鹿が風邪を引かないってのはな、風邪を引いたことに気づかない程の馬鹿だからって意味なんだぞ。
バーカめ。
「それより稽古前に、野菊に薬飲ませなきゃだね」
「自分でのめるよ‼」
うわ、笑ってる。笑っていらっしゃる。薬の袋を手に持って楽しんでらっしゃる。…この野郎め。
いいよ自分で飲めるよ…………やだなぁ秋水がすっごい怪しい顔してる『こいつ絶対飲まないな』って顔してるよ。失礼な。私はそこまで子どもじゃないよ、寧ろ大人なんだぞ。
大体前に風邪引いた時ちょ~っと拒否したぐらいじゃないか。
『野菊、薬…』
『おやじさま!!なんか、なんか変なにおいがしますよ!これ色がなんかおかしいですよ!はなが、はながツーンて!!うっ、吐き気がぁ――』
『………』
みたいな事があったぐらいで。
「も、もう自分でのむから!!おねがいだから!けいこ行ってらっしゃい!!」
「………」
「………」
「……はぁ。本当に飲むのか?」
「うん!」
秋水の質問に、後一息だ!と本当に熱を出しているかよお前、って言うくらい元気に答える。
流れが分かってきたのか、凪風はつまんなそ~な顔をして秋水を見ると溜め息をついた。
おい悪魔よ何だその溜め息は。
え、何の溜め息ですか?何がつまんないんですか?
「秋水は甘いよ」
「いやもう稽古の時間になるからな。野菊が自分でやるってんならやってもらおうぜ」
よっしゃぁぁあ!!勝ち取ったよ!
へへん。ざまーみろ凪風め。
あ、ほらほら、おやじさまの呼ぶ声が聞こえるよ?早く三人とも行った方がいいよ。ほらほらほら。
…ちょ、だからそんな据わった目で見ないでよ痛いな。
「じゃ、いってらっしゃい」
私の素晴らしい笑顔付きで三人を見送る。
最後部屋を出るまで蘭菊なんかは不躾な視線を送って来ていたが、知ったこっちゃありませんよ私は。
この薬は……枕の下に隠します!!
えへ。
まぁ取り敢えず隠したら夕方まで寝ているとしよう。
寒気が半端無いし頭もボ~っとするし、薬なんて飲まなくても布団で寝ていれば十分だ。
子どもは風の子だもん!←(意味わからない)
「ふぅ。おやすみなさーい」
そうして魔の時間を逃れた私に、平穏は訪れたのだった。
だが夕方。
「はぁっ、はぁっ」
あぁ苦しい。
凄く苦しい。
頭が物凄く痛い、喉に水が欲しい、でも寒いよ、寒くて手が動かない、苦しい、苦し…
「うっ、あっ、はぁはぁ…」
目を開けようとしても中々力が入らない。
頑張って薄目を開けても涙が邪魔をして歪んで何も見えない。耳の穴はボウッと膜を張っているみたいだ。
聞こえていた蝉の鳴き声があまり聞こえない。
あぁ、こんなんなら、ちゃんと言うことを聞いて薬を飲むんだった。あんなにしつこく言われたのに、飲みたくないばっかりに自分で飲むなんて嘘付いて。
信じてくれた秋水よ、ごめん。
私は信じちゃあかん人間だったよ。すんません。
「はっあ、うぅっ」
『のぎ…ど……!』
「はぁっあ、ふ、っ?」
誰かが布団の横に来た感じがする。
だが目がボヤけて、耳も聞こえ難くて誰なんだか分からない。
でも、その誰かが私の手をぎゅうっと握ってくれた感覚がして、なんだか少し安心した。
握ってくれている方の指に力を入れたら、爪がガリッとその人の手の皮膚を攻撃してしまった感触が。
うわ、ごめんなさい!!
『みずを…ぎくっ…くち…て!』
水?水って言ったのかな。
『くち…て!』
何?
あぁ、頭がクラクラするなぁ。
『ご…っ』
意識が完全に消えてしまう前に私が感じたのは、唇が柔らかい何かに触れた感触と、冷たい液体が喉を通る心地の良い感覚だけだった。
――――――――――
――――――
―――……
体が温かくなっている。
あれ、私どうしたのかな。
「起きたか?」
「………秋水?」
楽になった体に意識が浮上し、目をゆっくりと開けると横になっている私の隣に秋水がすわっていた。額の上には生暖かくなった手拭いが置かれている。気持ちいい。
外を見れば、もう月が顔を出していて夜となっている。
秋水の奥を見れば、布団で寝ている蘭菊と凪風が。と言う事は夜ご飯はもう食べたのね。
あ、何だかお腹が空いてきてしまった。
「お前、薬飲まなかっただろ」
「うっ。ごっごめんなさい」
「ったく。ずれた枕の下から薬が見えたからな。だと思ったぜ」
バレた。
そりゃそうか。枕の下だもんな。
頭がボーッとしてたから考えが甘くなっていた。普段の私だったら、そんなすぐにバレる所に隠さないのになぁ。
…いや、そうじゃなくて。
反省しろよ私。
「もうしません」
「次あったら、俺等がお前が飲むまで見てるからな」
「…はい」
逆らいません。
「あと夕方からな、交代交代で野菊を見てたんだ。今は俺の番だけど、さっきまでは蘭菊が手拭い取り替えてたんだぜ」
「らんちゃん…」
「凪風もな。だから明日になったら礼ちゃんとしろよ」
「…っうん」
うぅっ二人とも!
あんなに散々悪魔とか馬鹿野郎とかこの野郎とか心の中で愚痴ってごめん。
天使だ天使。
いや違う、神様だったよ君らは。
…あー早く明日にならないかな。
早くこの温かい気持ちを神様達に伝えたいな。
「ありがとう、しゅうすい」
「お前はしょうがない奴だからな」
「はい!」
私はまだまだしょうがない奴です。
次の日。
「蘭菊、凪風っきのうは、あっありがとうございました!!あとくすり、うそ付いてごめんなさい」
「あ?あー、まぁ別にな。と言うか薬飲めし」
「うん。どういたしまして」
まだ少しダルいものの、早めに起きて布団の上で正座して二人が早く起きるのを待っていた私は、二人が起きた瞬間開口一番に感謝の言葉を贈った。
こんな朝早くからデカイ声で話かけられ面倒だと思われてしまうかもしれないが、『おはよう』より先に言いたかったのだ。
何となく。
「でもちょっと制裁を受けてもらおうかな」
「せいさいですか!そっそれは」
「はい、お仕置きねー」
「うにゅ゛っ」
にこやかに『制裁』宣言をした凪風に頬っぺたをつねられる。
痛たたたた、痛い痛い痛いよ痛いよ痛い。
取れる!!肉がっ肉がぁ!!
すんごい力入ってるよこれ。尋常じゃないってば。
いったぁあいよ――!
「ごぉっへんなはぁいー(ごめんなさい)」
「……まぁ此れくらいで良いっか。ね、蘭菊」
「はっはっは!野菊、変な顔だったぜー」
私が悪いからね。
今回は何されても何も言わないよ私はさ。
ふと、さっきまでつねっていた凪風の手が目に入る。
「凪風、ゆびにきずがある」
「?あぁ、これね。昨日箏の稽古だったから」
こんな時『消毒してあげるよ!』とか言えたら良いものの、乾いて瘡蓋になった傷をどーするとか出来るわけがなく。
お礼には出来そうになかった。
「何かしようとか考えるなよな」
まだ布団の上にいる蘭菊が突然私に向かって言う。
な、何も言っていないのに。中々鋭い神様だな。
「野菊から何かしてもらっても、大半はきっと色々失敗に終わりそうだしね」
「まぁ、そう言ってやるな」
凪風と秋水も私の考えている事が丸わかりのようで。
…取り敢えず。
この際失礼な言葉は華麗に無視をして、私はもう一度この言葉を贈ろうと思う。
「秋水、らんちゃん、凪風、あっありがとう!あのねっ…とってもだいすきですっ」
プラスワン。昨日感じた温かい愛の言葉をのせて。
『お前いつ傷作ったんだよ』
『秋水…箏やった時だって』
『今頃作るもんか?』
『でもさ、いつもより結構厳しかったもんなーおやじさま』
『…おやじさまって、意外と野菊に弱いよね』
『………』
『………』
 




