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始まりは 2年の月日 5

ちょっと汚ないお話かもしれません。

 今日は古典の日。

 私達はおやじさまに習うのと共に、とんでもない話を学ばされていた。


「好きな奴のう○こ盗むとかありえねぇ!!」

「蘭菊静かにしろ」


 蘭菊が叫んでおやじさまに注意されている。

 初っぱなからコイツ何言ってんだと思うかもしれないが、私も今そう叫びたい気持ちだ。


 いつもの並びでいつものように教養をつけられている変わらない日。いい天気の今日は格子窓から明るい日が射し、縁側にあった桜の木は緑色へと変化をして青々しい薫りが漂う。

 そんな爽やかな午後におやじさまから聞かされたのは、平安時代に書かれたと言う話。


「おやじさま。別にこれじゃなくても良くないですか」

「うんうん」


 秋水と凪風が飽きれたようにおやじさまへ静かに抗議する。


「いや、これはなぁ。ちょっとした教訓みたいなもんよ」


 笑いながらも真剣な顔をしているおやじさま。

 そんなおやじさまから教わったのは古典のこんな話。



******


 平安時代の身分ある一人の男と女のお話。


 ある一人の美しい男が恋しい感情に苦しまされていた。

 思いを伝えてその恋しい女の人にこっぴどく振られたものの一向に諦めきれずにいる。

 男はどうにかしてこの苦しい思いから解放されたいと思い、あることを思いついた。


『あ、う○こ見ればいいんじゃね?』


 好きな人の汚い物を見れば、きっとこの恋する気持ちも覚めて、恋に身を焦がすことも無いだろうと考えたのだ。


 そしてある夜。

 その女性のう○こが入っている箱を屋敷に忍び込み無理矢理下仕えの少女から奪取。

 家に帰り早速開けてみると


『なっなんていい薫りなんだ!!』


 これはびっくり。

 男が想像していたのは臭いあの汚物。幻滅するだろうと思っていたあの汚物だと思っていたのに、箱から漂うのはとてもよい薫りのする物だった。


 実は男の執着様を理解していた女性が、こうなる事を予想して箱に香を焚き、中身をう○こに似た物にすり替えたのだ。

 いくら嫌な男でも流石に自分のアレを見られるのは我慢出来ないと思い行動した結果だった。


 だがそのおかげで男は益々その女性が恋しくなり、結果また恋の苦しみに頭を悩ませる事となる。

 そしてその悩み苦しみが元となり病に伏せてしまい、あげく死んでしまったのであった。

 こんなことになってしまうなんて、なんてつまらないことでしょう。男も女も、罪深い。


******


 と言う話。


「つまりはな、こういうこともあるから、男は女に入れ込んではいけないっていう話なんだが」


 おやじさまが私達へ宥める様な視線を向けると、今まで立っていた腰を降ろして、チビッ子の私達の目線に合わせて話始めた。

 そして、もう低い位置にある太陽を一度仰ぎ見ると、胡座をかいた膝に肘をおき、頬杖を付きながら確認する様にもう一度私達を見る。

 何故か背中をぴしっとしてしまう私達。

 な、なんだろう、これ。変な緊張感だな。


「お前達は遊男になる。商売相手は女だ、好きになっちまう事もある。だがこの世界での恋ってのは地獄みてぇなもんだ。一人の女に本気になったら、心を釘で痛めつけて麻痺させて商売しなくちゃならねぇ。俺はおかしくなっちまった奴等を何人も見てきたんだ」


「だがどんなに注意して言っても心まで縛る事は誰にも出来ねぇんだ。そればっかりはどうしようもならねぇ」


「35になるまで解放することができん。まぁ相手が身請け話を持ってくれば別の話だがな」


「誰も好きになるなとは言わない。好きになっちまうのはしょうがない。だが身を焦がし過ぎて死んじまうのは止してくれな、生きてりゃいつかきっと良い事があるんだからよ」


 一気にそう言うと、おやじさまは私達一人一人の頭を撫でた。

 今更だが、此処はそう言う世界なんだったと改めて認識する。あまりにも天月の兄ィさま達が明る過ぎて忘れていた。


 兄ィさま達も恋悩んだ事があるのだろうか。十義兄ィさまなんて32歳だ、一度は恋をしていても可笑しくはないと思う。

 そう思うと、心の奥がぎゅうっとなってしまうのは仕方ないだろう。


「俺ぜってー客に惚れねぇ!!」


 おとなしく話を聞いていた蘭菊が、突然拳を握って力説する。

 一体そのお前の自信はどこから来るんだ。


「蘭菊は一途っぽいよねきっと。危ない危ない」

「なっなんだよ凪風!お前は一体俺の何を知っているんだ!!」


 やれやれ、と言う感じで手とクビをフルフルさせる凪風は明らかに蘭菊を弄っていた。

 蘭菊って本当に秋水と凪風のおもちゃだよな。



「まぁ野菊は女だがな。そういやな、お前にこれからの事について話とかなきゃならん事があるんだが…、おいお前等、今日はもう終わりだ。部屋に戻ってろ。野菊は残れ」


 その声で皆が部屋に戻って行くと、座ったままの私の前におやじさまが方膝を立てて座った。


「野菊。お前よ、良かったら20で年季明けにして俺んとこで楼主の勉強しねぇか」

「?」

「知ってるだろ?俺には子供がいねぇ、嫁さんはいるが。お前は俺が無理に引き込んだ様なもんだ。」


 何故かいきなりジョブチェンジを勧められた。


「見てたら女のお前がいても大丈夫そうだしよ。おいら…いや、最高の芸者で5年の間稼げたら今までの食事代も着物代も全部完済出来ると思うしな。元々借金してねぇんだから。それにいつか限界は来る。…どうだ?」

「え、ぇっと…その」

「まぁ、まだまだ先の話だ。7歳のお前さんにこんな話するのもどうかとは思うが、考えといてくれ。まぁ、天月の飯炊きとしてでも良いんだがな」

「……はい」


 おやじさまの考えている事が分からない。と言うか最初と言っている事が段々違って来ていて、どうにも不安になる。

 言われて気づいたが、今私はただ飯喰らい同然の身だった。仕事といっても主に兄ィさま達の手伝いで、本格的な事はやっていない。


 そうか…5年稼いで…。

 でも、楼主になると言うことは、皆を売る立場になると言うこと。

 果たしてそれを私が出来るだろうか。









「できませーん!!」

「うるせーよ野菊」


 いきなり叫んだ私に秋水がすかさず声を上げる。

 すいません。

 でもあれからずっと考えていたのだが、もうこの一言に尽きる。


「できませぇぇえん」

「うるせーよ野菊」


 夜になり四人布団を並べて寝転がっている。私は一番奥の格子窓側で、隣は凪風、その隣は秋水、そのまた隣は蘭菊となっている。 此処でも蘭菊は一番離れているが、別に嫌いな訳ではない。近いと蘭ちゃんがうるさいだけなのだ。

 今の私に言われたく無いと思うけどね。


 そんな私に一番近い格子窓から見える月はとても綺麗で、今日は満月。兎が餅つきしていないかと私はじーっと寝ながら眺めている。


 おぉ、確かにあの月の模様は餅つきしているようにも見えなくはない…が、どうしよう。見てたらお腹が空いてきちゃったじゃんか。月が団子に見えてきたよ、もはや兎の餅つきどころじゃありませんよこれ。


「なぁ、」


 私が突如空腹に襲われていると、蘭菊が誰に話掛けているのだか分からない声を出す。

 一番離れているのに良く透る声だ。

 流石喧(やかま)しい代表。


「四人でさ、年季明けたら旅とかしよーぜ」

「旅?」


 凪風が聞き返す。

 今日の話に半ば影響されたのか、不安になったのか蘭菊が旅をしようと提案してきた。

 旅かぁ、旅ねぇ。またいきなりだなぁ。

 今日は『いきなり』な事が多すぎる。いきなりデーと名付けようか。


「吉原を出て世の中を見るんだ」

「みんなで?」

「皆でな」

おやじさま、本当は野菊を自分の子供にしても良かったのですが、どうしてもそれは出来ない事だったんです。この世界にはまだまだ未知の常識や決まりがあるので、それはまた後程。


ちなみにこの平安時代のお話は

『今昔物語集巻第三十「平定文、本院の侍従に仮借する語」』に実際に載っています。

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