始まりは 2年の月日 4
今日の稽古が終わり部屋へと戻る途中、おやじさまの家から見えた夕方の空は不気味な赤黄色。夕立でもやって来るのだろうか。夜にははたまた雷か。
重く湿った空気を肌に感じる。
そんな時私は秋水の元へと逐一向かう。向かうって言っても皆部屋は同じだし、結局は自分の部屋に戻るだけなのだけど。
部屋に戻れば凪風と秋水が夕飯前の布団敷きをしていた。
「しゅーすいー」
「何だ」
「きょうはお布団にもぐろう」
「…」
「皆でいっしょに」
「……――」
あれは私が天月妓楼に入って2ヶ月後の真夜中の事だった。
雷が連日続いていた時期。
ゴロゴロ…
ピシャーン!
此処に来て初めての雷。
御風呂に入り終わり就寝の準備をしている私は、鳴り出した雷を特に気にも止めず、布団を自分と秋水の部屋で敷いていた。
鼻唄を歌いながら、明日は誰に付くのかなーとか、いい加減御風呂で捕まえるのやめてくれないかなーとか、十義兄ィさましつこいなーとか段々頭の中で愚痴を展開しつつ手を動かす。
秋水も隣で一緒に敷いているのだが、さっきから布団を動かし擦られる畳の音が聞こえない。
ん?と思い振り返り見てみると、
『……』
『?』
何故か動いていない。
掛け布団を手にして畳に腰を降ろしたまま、ピクリともしない。
ど、どうしたんだろう。
なんか怒らせるようなことしちゃったのか私。
あ、あれかなぁ…鼻唄かな。鼻唄がいけなかったのかなぁ…聞くに耐えない雑音だったのかなぁ。
そんな硬直するほど。
『はなうた?』
『……』
『おーい』
とてもとても不自然だ。声を掛けているのに全く反応しない。
なんだか生きているのに死んでいるような感じ。顔を覗き込むが、何処を見ているのか分からない。
能面?みたいな。
しかし雷の音が聞こえる度に瞳が揺らいでるのが分かる。ということは雷が怖いのだろうか。
でも雷の音が普通に怖いだとかだったら、手を耳に当てれば良いのに、何故しないのだろう。
もっ、もしかしてビビり過ぎて手も動かせないのか!!
全く…しょうがない奴だ。
あ、今日は私がしょうがない奴じゃないや。グフ。
『しょうがないやつだ』
『…』
『おさえとくよ』
未だ掛け布団を持っている秋水の前で正座になり、彼の両耳に自分の手の平をグッと当てて穴を塞ぐ。
迷惑では無かったのか、それともビビり過ぎてなのか、私の行動に秋水が怒る事はなくちょっと安心した。
しかしこの秋水の目。目の前の私が見えていないようで、視界の範疇には入っているのに存在が写っていないような気がする。
どう言うこっちゃ。
…視界…雷の光を見るのも駄目なのかな。
あ、じゃあ布団被れば良いのかもしれない。今から丁度寝るところ何だし、視界遮って音もあまり聞こえなくなって一石三鳥だ!
『よーいーしょっ』
バフっ
と秋水と自分に、自身が持っていた掛け布団を被せる。
掛けた後も、もちろん手で耳を抑えるのは忘れない。これ一番重要だから。
でも秋水はまだ動かない。こんなに周りで私がワサワサとやっているというのに。
取り敢えず下が敷き布団なので、今日はこのまま寝る事にしよう。正座のままで。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………あ。ちょっと痺れて…ぅ゛っしびっしっ…び――
翌朝。
私達はお互いを抱き枕にしながら寝ていたらしく、まるでコアラが抱き合っている様な感じだった。
でも良かった。寝れたは寝れたらしい。
『お前何してんだ』
『かみなりっ、こわいんじゃと』
『……』
起きた秋水に開口一番そう言われた。なんか寝込みを襲ったみたいな風だからやめて欲しい。
雷が怖いんじゃないか、と言った私の発言に秋水の眉間にシワが寄る。
『もう、いいからな。こう言うのはしなくて』
『…わかった』
機嫌を損ねてしまったらしい。
でも私が何をしていたのかは分かっていたみたい。
だが今日も雷は鳴る。
気を張っているのか知らないが、兄ィさま達と一緒にいる時に固まる事は無いものの、部屋に戻った途端に膠着してしまう彼。
こう言うのはしなくて良いと前に言われたので、雷が鳴る今日も布団を用意せずに固まる彼のことは、取り敢えずほっといて私は寝に入る。
『……』
『……』
でも非常に気味が悪い。
いや、何が悪いと聞かれてもあれだけど。部屋の隅で座っている秋水が座敷わらし的な感じで気味が悪い。
そしてチラリと布団から顔を出して見れば、またもやあの能面顔。
怖っ!!本当何があったのこの子!!
でも、ほっとけほっとけ。本人は構うなってんだから好きにさしときゃ良いんだ。機嫌も今朝損ねたばっかりだし、まだ小さいけど男のプライドってやつ何じゃないですかね。折角の私の厚意を袖にしたくらいだから、関わら無いのが一番だよ。…一番さ………
『よーいーしょっ!』
バフっ
布団を二人被るようにしつつ、手で秋水の耳を押さえる。
『……』
『おーい』
またもや私には気づいていない様子。
こんなに体に振動を与えていると言うのにさっぱりで。
でも気づいていないみたいだから、今こうやっても怒られる事が無いのは確か。
結局は放っておくよりもこの方が自分の心情的に安心出来るので、何の反応もしないのを良いことに秋水の視界と耳を防いで寝ることにする。
寝ちゃうので一晩中は無理だけど。
今日は敷き布団が無いから痛い。
明日の朝畳の目の跡が沢山付いてるんだろうな。
痛い痛いなー。………………………………………………………………………………………………………あ゛っ、しびっ痺れ――
翌朝。
今度は何故かTの字になっていた。横棒が私で縦棒が秋水。
一体何が起きたのか、私は布団から出て彼の頭の上の方に転がっていた。
『お前…』
『はい!』
『もうすんなよ』
『はいぃ!』
だが結局は。
―――――――――
―――――――
―――……
「まだ雷止みそうに無いね」
「ちょっ、らんちゃんもっとあっち行きなよ」
「俺はもう布団からはみ出てんだよ!!」
今日の夜は凪風と蘭菊も巻き込んで一つの布団に皆で潜っている。なんだか楽しい。
ちなみに寝間着である藍色の単衣も皆お揃い。
うふ、四兄弟だ。
「野菊こっちだ」
「わ、ほっ」
蘭菊に怒鳴られながらも笑っていると布団の中で引っ張られ、秋水?らしき者に抱き枕的な物にされる。
すると耳の近くで溜め息と共に笑い声が聞こえた。
「…この日が砂粒程度には楽しくなった」
「すなつぶ…」
凄く凄く僅かな程にって事か。
まぁあれだけ恐怖?してたものを1年や2年其処らで克服するのは難しいから仕方ないさ。
あの時から、またもやお節介を焼く私に翌朝注意をしつつ拒否の言葉を放っていた秋水だが、いつしかそんな事を言われなくなっていた。多分諦めたんだろう。
でも、寝ている時に能面顔の童が部屋の隅にいるのを想像して欲しい。
果たして寝れるだろうか。
「でも、お前寝相悪いんだよな」
すいません。




