帰郷2
世の中にはどうしようもないことはあるけれど、どうにかなることも沢山ある。
例えば今で言えば、仲直りだ。
「おめぇどこほっつき歩いてたんだ?! ええ!?」
「おやじさまそこまでにしましょ~や~」
清水兄さまの姿をみとめたおやじ様が鬼も顔負けな表情で怒っていた。
おやじ様自身元々年老いていたので(失礼)そこまで見た目に変化はみられていないせいか、この光景があの日から数日後の光景に見える。清水兄さまも不思議なことに全く容姿に変化が見られていないせいか、蘭菊が年齢不詳とか怪しむのも無理はなかった。
米屋の屋敷の奥には男達が住まう部屋がいくつもあり、さながら昔の妓楼を思い起こさせる。もっとも今は吉原も言うなれば廃業しているので妓楼という言葉は使わない方が良い。
広い和室には男達がぎっしりと詰まって正座をしていた。中には足を崩している人もいたけれど、そこまでかしこまられても緊張するだけなので勘弁してほしい。
秋水、凪風、蘭菊、私、清水兄さまと順に挨拶をしていったが、秋水達を見た兄さま方は、ここまで華やかな顔ぶれが揃うともう一回道中をやらせてみたくなると賑やかになっていた。確かに元花魁達が宇治野兄さま、羅紋兄さま、それに加えて秋水達や清水兄さまもいるとなるともう一度あの豪華な行列を拝んでしまいたくなる。
『改めまして、帰ってまいりました』
清水兄さまが手をついて頭を下げると、拍手が起きた。
「怒鳴らずにはいられるか! 生きて会えたら説教してやんだと心に決めていたんだぞ俺は!」
「めちゃくちゃ会いたかったんすねおやじ様」
そこまでは良かったが、その後におやじ様が良いわけあるかと怒鳴り出してしまい冒頭の状況至っているのだった。途中で野世さんがやって来て「大目に見てやってね」と私達に苦笑交じりで告げて行ったけれど、再会早々おやじ様の怒鳴り声は心臓に悪い。あの説教の日々は忘れない。……というか野世さん相変わらずふくよかで綺麗だった。
「挨拶が遅れてすみませんでした、おやじ様」
「まったくだ!! それだけじゃないけどな!」
清水兄さまが謝るとまだまだ説教すんぞコラァ!とおやじ様が息巻く。
とても――清水兄さまは皆の中で特別な存在なんだろうなと再認識した。
私の中でもそうだけれど、秋水の中でも、凪風の中でも、蘭菊の中でも、おやじ様の中でも、同じ花魁の兄さま二人にも、その下の新造達だった者にも、禿にも、他の遊男だった皆にも、その存在はどこかになくてはならない、心の中にずっと消えないで残っている特別なもの。
暫くは清水兄さまの取り合いで騒がしくなるだろうと、秋水達と笑い合った。
「戻ってきて良かったな」
「本当だね」
凪風は近所の琴愛ちゃんに凄く寂しがられていたからか、ここに来るまでの道中「帰ったあとが怖い」などと失礼なことをぬかしていたけれど、ここへ来たら来たで嬉しそうに羅紋兄さまに頭を撫でられていたのを見て心底ここへ帰ってきて良かったと感じる。
「宇治野兄さん初っ端で野菊に抱き着くんだぜ? ズルくね?」
「蘭菊に抱き着いたってねぇ」
「そうだな」
二人の言いように蘭菊は歯をギシギシと鳴らした。煩い。
しかしこの三人も本当に仲が良い。
ほのぼのと兄さま達のやり取りを眺めていると、後ろからちょんちょんと指先で肩を突かれる感覚がした。びくっと身体を揺らして肩越しに振り返ってみれば、梅木がいたずらっ子のような顔をして舌を出していた。
「梅木~、びっくりした」
「野菊兄さんにはこれくらいしないと、僕の気が済みませんから」
「ま、まだ怒ってる?」
「いいえ、別に」
横にいた三人が私達の会話に耳を向けていたので睨みつけると、そういやお前梅木を連れてってやらなかったもんなー、なんてことを蘭菊がからかい交じりに言い放った。
今のは聞き捨てならないので、バシッと脳天をはたく。
あの日、梅木を連れていかなかったのはけして除け者にしようとしたわけではない。自分勝手な旅に年下である彼をつれ回したくなかったのと、梅木には安全な場所で、今までできなかったことや楽しいことをしてほしかっただけだった。お前にそれを決める権利はないと言われたとしても、願わずにはいられなかった。欲を言えば皆で旅をしたかった。小さな禿の子達と川で遊んだり、虫を捕まえたりなんかして……。
けれどあの旅は自分の未来を探しに行くもの。蘭菊達三人との約束がなければ、彼等と行くこともなかったかもしれない。
「僕はそれでも、貴女についていきたかったです」
「うめ、」
「野菊兄さま?!」
梅木に手を伸ばしかけた瞬間、大きな声がそれを遮った。
首に手を回されてバタンと押し倒される。衝撃でイタタと腰を押さえて天井を見上げると、綺麗な藍色の髪が視界に入る。
誰かも分からない頭を何気なくポンポンと触って数秒後、藍色……? まさか、と息をのんだ。
「和泉!?」
「野菊兄さまだーっ」
この愛らしい見た目、上目使い、忘れもしないあの子だ。
一緒に過ごした日々は短かったけれど、私にとって最初で最後の教え子のような存在で、まだまだ小さかったあの和泉だ。
「花ちゃんも良いけど、やっぱり野菊兄さまが一番だなぁ~」
花ちゃん?
首を傾げた私と目が合った梅木は苦笑した。
次話更新は来週木曜日。




