愛の理―あいのことわり― 2
幼い頃の私は、ただただ息をして、天井を眺め、差し出された物をなに食わぬ顔で受け入れ、またそれを当たり前のように扱った。
大人になった私は今、どうだろうか。
燃え盛る炎の中、瞳から伝う涙が、そっと私に問いかけた。
色舞う吉原で、私は城にいた侍女達よりも下の仕事をした。
下働きの人達は、掃除洗濯から何から何まで私に手広く教えてくれる。そして遊男の人達は遠巻きに私を見つつも、数カ月立てば気さくに話をかけてくれるようになっていた。
「清水ー! 俺の単衣と間違えてねーか!?」
「ああ、ゴメンゴメン」
その中でも花魁の人達は特別輝いて見えていたが、視界が眩しく目が痛くなるだけで、それ以上は見ようとは思わなかった。
太陽を見続けることが無理なように、ただ凄いものだとは分かってはいながらも、私は今自分に親切にしてくれているおやじ様とこの妓楼の人達のために、なるべく迷惑をかけずにいようとそれだけを考えていた。
冬の水が骨まで凍ってしまいそうなほど冷たいことを初めて知った。
春が来ると太陽が近くなることに気がついた。
蝉の抜け殻は落ち葉の塊みたいだった。
秋になると空が遠く高いところにあるような、そんな感覚を覚えた。
「愛理、よければこれ食べる?」
そうして、ここで過ごして一年。
今まで話を掛けられなかった人物に、私は初めて声をかけられた。
「は、はい」
「そんなに怖がらなくても」
驚きと戸惑いが顔と声に出てしまったせいか、相手の眉がハの字になる。
肩上で切り揃えられた銀の御髪。薄化粧をほどこされたような艶やかな肌。灰色の鋭い瞳。
この天月妓楼の遊男である彼の名は、凪風というそうだ。
将来は花魁となる新造として一目置かれているのだと、よく作業を共にする男達から聞いている。
しかしなぜそんな人が、洗濯途中の薄汚い小娘に声などかけてくるのか。
ほんの数年前まで口にしていた小さな甘い菓子を、今では口にするのも難しい身分の私へと手渡しで寄越してくる。
「えっと、あの」
両手にコロンと転がった可愛い金平糖。
戸惑ってどうしたらよいか分からなく、ただあたふたとしている私を見て、その人はこう言った。
「菊の花みたいでしょ?」
笑顔が眩しかった。




