始まりは 2年の月日 2
結局、清水兄ィさまからの手紙は見つからなかった。池のほうに落ちていったのは確かなのだが、もしかしたら敷地の外へ出てしまったのかもしれない。
手に付いた土を払いながら部屋へとトボトボ戻ると、秋水と凪風が既に稽古から帰り部屋の座蒲団に座っていた。
ちなみに、あのお馬鹿は澄ました顔でのうのうと茶を啜っている。
何様だ貴様!!
「お帰り野菊…どうしたの?手」
「遅かったな、あと少しで飯だぞ」
「…う、ん」
私に気づいた秋水達が声を掛けてくれたが、私の心は晴れていない為御座なりな返事になってしまった。凪風は私の手に付いている土を見て不思議に思ったのか心配そうに聞いてくる。
そして元凶の奴は未だに茶をズルズルと啜っており此方を見向きもしない。
そんなツンデレは可愛く無いんだぞ小僧。
「あの、凪風と秋水。かみ見なかった?」
「紙?」
「何のだ?」
頼みの綱…では無いけれど一応二人にも聞いてみる。飛んでたのを見た、とか落ちているのを見た、とか少しで良いから情報が欲しかった。
箪笥に入れて置いた私の大切な宝物。今回の事で学んだが、宝物はいくら家族や友人でも渡しちゃいけないよ。格子窓からポイされちゃうんだ。
「えっと、白いかみでねっきよみず兄ィさまから貰ったんだけどね、池のほうにおちたみたいなんだ。まだなかみをいっかいも見て無いの。らんちゃんは見たけど聞いてもテキトーだし」
ちょっと言いたい事がごちゃごちゃになったが、粗方伝わってはいるだろう。
と言うか私、7歳になったのに皆みたいに上手く喋れないのは何で。所々上手く言えるのにな。…大丈夫かな将来。
そんな私の言葉を聞くと凪風は顎に手を当てて唸り、秋水は斜め上を見て唸り出す。
ど、どうしたんだ。
「その、ごめんな。多分それなら捨てた」
「あの紙がそうだったんだね」
何と‼最早この世に無かった。
聞けば池に落ちているのを見つけて、ゴミだと思った二人は釜戸の火焼に放り込んだのだそう。
ショックだ。
二人が悪いワケでは無いし、当然の行動をしただけ。
でも、それでも胸から込み上げる熱いものは中々抑えきれそうになくて。
「なっなんて…かいて、あったのか分からない?」
「…びちょびちょだったから全然読めなかったよ」
「…ああ」
「そ、うかぁ。そっ…う」
「野菊?」
そうか。もう無いのか。
でも、兄ィさまとの別れはたったの5年だけ。たったの5年だから、大丈夫。世の中には会いたくても会えない人達がいるのだから、相手が生きてて、しかもいる場所はそう離れてはいない。
だから目が熱くなって、鼻がツーンとするのはなんとも情けない話で。
「お前…」
「まだ、まだぁ、見てなくてっよんでねって兄ィさまがいって、でもよまなくて、もう無くなっちゃって、よめなくて、だっだいすきな、だいすきなぅぁっ…ぅ゛う゛」
「泣くな泣くな野菊。此方来い」
泣くなんて情けない。一体何が悲しいのだ。兄ィさまが死んだワケでも無いのに。私は中身が大人なんだ、だから制御出来る筈なのに何故こんなに感情を出してしまっているのか不思議。
でも今までもそうだった。
どんなに頑張ってここぞと言う時に抑えようとしても体は理解をしてくれない。
子どもはやっぱり大人になれなくて。
「こうしてやるからな、泣き止め」
いつまで経っても傍に行こうとしない私に飽きれ半分でそう言ったかと思うと、近くへ秋水が寄って来てぎゅうっと体を包まれた。
宇治野兄ィさまがいつかやってくれたように背中を撫でてくれる秋水。手が温かい。
「う゛っぶ、ひぃ」
「あーあーよしよし」
兄ィさま達を見て育ったせいなのか、あやし方が同じだな、と泣きながらも頭の隅でそう感じた。
「ぁっぅ゛」
「泣き虫野菊だなー」
「よーし。僕もよしよししてあげるよ」
「わぁ、ぅ゛っ…う?」
傍で見ていた凪風が私と秋水ごと抱き着いてきた。
「じ、じゃあ俺もだ!~っ悪かったよ!そんなにお前が泣くって思わなかったんだ」
泣くって思わなきゃ何でもしていいのかこの小童め!!
と感じつつも私達に飛び付いてぎゅっとする蘭菊に、それ以上言う気にはなれなかった。
いや、恨み怒ってるのはまた別だけど。許してませんからね私。
しかしなんだろうこの状況。
子どもが四人、夜の部屋で抱き固まっているこれ。真ん中にいる私はさながらミノムシ。
「しゅ、秋水。なぎ」
「おい飯…お前ら何してんだ?」
その夜私は夢を見た。
黒髪の、優しい目をした人間の。
後日。
『ねぇ、らんちゃん。かみに何て書いてあったの』
『元気でやれよ。って感じの文だったって言ってるだろ』
『くわしく』
『…ごめん忘れた』
『もぉぉおおおおおぉぉお!!!!』
『お前もキレられろ』
『そっちこそ』




