梅木の手紙
『野菊兄さん、元気にしていますでしょうか。
僕は元気です。
ついでに言えば、おやじ様はもちろんのこと、他の兄さんたちもまだまだ元気です。
商売も順調に軌道へ乗ったままです。が、今度は金脈に手を出そうとしているおやじ様です。野世様に止められていましたが、きっと諦めそうにありません。今度こちらへ来た際、一言言っていただけたら嬉しいです。
ここで、僕の周りの近況をお話したいと思います。
まず宇治野兄さんですが、どこからどう聞きつけられたのかは分かりませんが、この間『歌舞伎座くれない』という一座の座長らしき方に、勧誘されている姿を見ました。なんでも兄さんのご兄弟なのだそうです。宇治野兄さんは笑顔で追い返していましたが、今さら何をしに来たのかと当事者ではない羅紋兄さんのほうが怒鳴っていました。僕も次来たら豆を投げてやろうと考えています。
そしてその羅紋兄さんはと言いますと、足が速いという特技を持っていたようで、時折御用聞きとしてはたらいています。一昨日は魚をくわえたどら猫を追いかけて見事捕まえていました。ちなみにそれは御用聞きとしての仕事ではないので、安心してください。僕達の家屋の調理場によく出るのです。
こんな話はきっと兄さん達の手紙で知っているのでしょうが、これだけは言わせてください。
兄さん達の周りの女性関係がドロドロで困ってます。
脈絡がないですね。すみません。
話は変わりますが、僕自身これと言って変化はありません。
でも朱禾兄さんに、この前将棋で勝ちました。
ああ、あとそうですね。朱禾兄さんは今年の春に結納を挙げることとなりました。相手は朱禾兄さんの昔の常連様です。
吉原はもう廃止されましたが、その方は兄さんに会うためにおやじ様が営む酒屋に何度も足を運ばれてはお酒を買われ、兄さんに声を掛けていました。以前と同じく貢がせるわけにはいかないとなるべく朱禾兄さんは直ぐに帰していましたが、実は兄さんもその方のことを想っていたようで、押しに押されてようやくという形でした。幸せになってほしいです。
野菊兄さん達の姿を十一年ぶりに見ることが出来るのも、楽しみにしています。
そういえば、僕達が吃驚することというのは、いったいなんのことなのでしょう。去年はぎっくり腰に悩まされていたので、なるべくおやじ様の腰に優しい内容ならば良いのですが。』
梅木からの手紙を読み終えた私は、一緒にこの手紙を読んでいた蘭菊と目を見合わせる。
「ぎっくり腰だって。大丈夫かな」
自分の腰を擦る。ぎっくり腰になったことはないので痛みは測りしれないが、元気でいるのなら良かった。
「ぽっくり逝かなかっただけ奇跡だな」
「こら。口悪い」
「でもあの人に会ったら今度こそ腰砕けるぜ、おやじ様」
池野屋の屋敷の縁側。
太陽に手をかざした蘭菊は、片目を瞑って笑った。
他続編三本→四月二日更新予定




