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兄と妹の想い

時系列は、旅に出てから八年後。

 最近、近所の女の子がよく遊びに来るようになった。


「のぎくさん!」

「ことめちゃん! 今日もお手伝い?」

「はい!」


 薄緑色の髪に、碧色の瞳。長い睫毛が印象的で、パッチリとした目が特徴的な、まるで子猫のような女の子。

 名前はことめちゃん。

 字は「こと」に「でる」で琴愛なのだという。


 ことめちゃんの親は海苔屋を営んでいて、たまにこの池野屋に新鮮な海苔を持ってきてくれたりと、お世話になっている。ことめちゃんはもっぱら両親の手伝いで外を駆け回っていて、なんと言っても働き者であった。

 まだ八歳だというし、そんな年から働き者なんて将来は一体どうなるんだとオバサン心ながら心配になるが、本人はいつも楽しそうにしているので、まぁ良いのかなと感心しながら見ている。

 それに近所のガキんちょにはことめちゃんを狙っている奴らが多いと聞いたので(近所のおばちゃん達との井戸端会議にて)、将来的にも引く手数多だろう。


 

「お嫁さんにしてください!」


 けれどそんな彼女は。


「い、や、だ」


 店先の掃除をしていれば、勘定処に座っている凪風のそんな気だるげな声が聞こえた。

 中を見て見れば、ことめちゃんの真っ直ぐな視線から目をそらすように、面倒くさそうに頬杖をついている凪風が見える。


 ちなみにこれはいつもの光景で、今日だけが特別だなんてことはない。


 ことめちゃんと私達が出会ったのは、ことめちゃんが三歳の時だった。池野屋を今のここに構え始めたその時から、海苔屋の安さんの所には近所付き合いも含めお世話になっていて、たまにことめちゃんを預かったりなんかもしていた。

 

 それから時は立ち、いつ頃かは覚えていないけれど、彼女はいつの間にか凪風にこの言葉を言うようになっていた。


『お嫁さんにしてください!』


 その一点張りである。

 とにかくお嫁さんにしてもらいたいそうだ。凪風もあんな小さい子を落とすとは、とんだ悪い男である。


 けれど凪風いわく、お嫁さんにしてください以外の好意の言葉は聞いたことがないそうで、「好きです」「お慕いしてます」なんてことは言われたことも無いのに飽きないな、とこの前そんなことを呟いていた。

 

「今日も頑張るね」

「はい!」

「恋する乙女だ。ならことめちゃん、女の意地にかけても凪風を婿に貰ってね」


 今日はもう十分嫁にしろアピールが出来たのか、店から出てきたことめちゃん。

 私は彼女の小さな頭を撫でる。


「そういえば、好きって言わないの?」

「わたし、いえないんです!」

「え? 言えない?」

「じゃあまたね、のぎくさん!」


 手を振って走り去って行ったことめちゃんの背中を眺める。

 言えないって何だろうと思いながら、私は勘定処から立ち上がった凪風に近づいて行った。


「モテモテですねぇ、旦那」

「僕に幼女趣味はないんだけど。近所の目が痛いからやめてくれない?」

「何言ってんの。むしろ近所のおばちゃん達はことめちゃんの味方だから。男の落とし方とか色々吹聴してるみたいだし」

「子供に何してるの」

「子供でも立派な女の子だから」


 恋する女に年齢は関係ない。

 ただでさえ肉食系女子が多いこの世界。取られる前に取るのが女の美学である。


「……苦手なんだよ、あの目が」

「目?」

「なんでもない」


 頭をかいてそっぽを向く凪風。

 聞き返したけれど、目が苦手だとハッキリ聞こえた。あのクリクリした目が苦手とは、なんて残念な奴。

 けれどその割に凪風は。


「凪風、自分では気づいてないみたいだけど」

「何?」

「その割にはことめちゃんを見るとき、目ぇよく見てるよ」

「は?」


 話すときはいつも中腰か、膝を折って目線を合わせてしゃがみこんでいる。彼女に対しての返答がそっけない割には、そんなふうに好ましい姿を見せていた。

 本人もまんざらではないのかなと思っていたけれど、ここにきてまさか目が苦手だと言うとは思わなかった。

 

「二十近くも年の離れた子と、そんな仲になるなんて絶対にありえないから。もうけしかけないでね」


 腕を組んで威圧的に言われる。

 仕方なくハ~イと答えれば、本当に分かっているのかと念をして言われたので、私は常々思っていたことを切り出した。


「ねぇ……あのさ、私のこと気にしないでね。もし好きな人が出来ても遠慮しないで、結婚してもいいんだから」


 もう皆、良い年齢だ。

 秋水も蘭菊も。


 二十代なんてあっという間で、凪風もあと数年で三十歳。独身で終わるにはもったいない。

 それなのに清水兄ィさまと私のことを知る凪風は、彼がいなくなってから私を非情に気遣っている気がしている。自惚れとかではなく、本当に自分のことは二の次に思っている節があるのだ。

 昔から彼は私の意見に身を委ねる癖があったが、今は更にそれが酷くなっている気がする。


「馬鹿なこと言わないでよ。まだまだそんな相手なんていない」

「出来たら、の話」


 手に持つホウキを持ち直して、私は凪風に背を向けた。

 こういう話は、自分から切り出しておいてあれだけれど、なんだか照れ臭い。

 秋水や蘭菊に話す時とは違う。

 義理だけれど、兄の結婚を心配する妹の気持ちである。


「じゃあ教えてよ野菊」

「ん?」

「どうしたら僕は、君を幸せにできるんだろう」


 後ろにいた凪風が、ギュッと背中から抱きしめてきた。

 首の後ろに頭をポスンと置かれて、腕を回される。


 ほら、まだた。

 また自分のことより、私のことを優先している。


 幸せというにはほど遠い声で、そんなことを言う。


「もう、馬鹿なこと言わないでよ」


 だから私はそれを受け入れる気はさらさらない。

 だって、


「それは自分が幸せになってから言うこと! 他人の幸せを考えるなんて、まだまだ早いってゆーの!」


 私だって、彼が幸せになってくれることを願っているのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 【まだた】になってます。【まただ】ですよね?
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