明日を君に
何度も巡るこの世を恨むこともあったが、それでも何度も彼女に出会えることを思うと、悪くもなかった。
と、清水は己の人生を振り返り考える。
しかし悪くもないが、悪くはないと思えるのはその一点のみであり、全てが良いと思えることは一度たりとてなかった。
彼女は、きっと知らないだろう。
どれほど清水が彼女――野菊を想っているのかを。
しかし知らないであろうという言葉は、伝えても、伝えられてもいないのだから、野菊は知らなくて当然のことだ。
巡る時の中で、清水が他の男達と変わっていたところなど何一つない。
当たり前のごとく、何も知らずに吉原で生活をし、この世界での己の役割を日々全うして過ごす。そしてその中で、偶然にも見つけたこの世で一人の人、愛しい人を見つけて、恋をする。
他の吉原の人間とは何の変りもない一生。
そしてその偶然にも好きになった者が、繰り返される人生の中でも一度として変わることがなかっただけで、変わったところはない。
それだけだ。何十何百人と女を見てきていた清水が、ただ一人心惹かれていた、惹かれていたことにも気づかぬうちに死なせてしまった女性。
清水は死に直面するたび、彼女を思い出していた。
彼女だけではない、その前の彼女、その前の前の彼女、さらに言えば前々回の自分のこともすべて。
清水は嫌気がさした。
彼女にではない。もちろん己にだ。
『わた、あ……たがね』
あの時、腕の中で息を引き取る彼女を、清水は優しく抱きしめた。
火傷を負っている野菊の身体をきつく抱きしめる事はしたくなかった。最後まで痛い思いをさせたくなかったからだ。
けれどどうしてこんな結果にしかならないのか。
何度考えても清水に答えは出なかった。
考えても考えても、ああしていたら、こうしていたら、と後悔ばかり。何も思い出せていない自分では、防ぐことも出来ない考えだと清水は虚しくなっていた。
しかしそんな時だった。
清水が浅護の言葉を思い出したのは。
『もし生まれ変われたら、猫の姿であんた達の傍にいてやるわよ。だからちゃんと気づきなさいよね』
清水は一匹の猫を思い出す。
妓楼には何故か野菊に懐く野良猫がいた。その猫は野菊にしか懐かなかったのだが、何故か日中何度も清水の元へと訪れては部屋に居座っていた。
しかしいくら経っても懐くことはなく、けれど何度か野菊が危ない事態に陥った時に、彼女の元へと清水を誘導したこともある。
まるで人間のような猫だった。
『もし生まれ変われたら、猫の姿であんた達の傍にいてやるわよ。だからちゃんと気づきなさいよね』
もしあの猫が浅護だというのなら。
あの浅護の願いが、叶ったというならば。
清水は彼と自分の願いの何が違うのかを考えた。
彼は叶った。
己は叶わない。
浅護は猫になった。
言葉も人間とかわせぬ動物に。
清水はただ願った。
野菊を救いたいと。記憶が残るようにと。
その違い。
考えてみれば清水の願いには、願いと相応の対価がなかった。
その違いに清水は気がついた。
けれど清水は、浅護のように動物になるという考えは微塵もなかった。野菊と言葉を交わせぬのは御免だった。
手を握れぬのも嫌だった。
何より、名前を呼ばれないことが怖かった。
ならば。
『短命を代償に。この先、生まれ変わろうとも永遠に』
想いの行き場がないのなら、
彼女が何処にも居ないのなら、
自分はどこへ向かえばいいのか。
野菊に触れることが出来無いのなら、
抱きしめることが出来ないのなら、
この体には何の意味もない。
もう一度彼女に会えるのなら、あの言葉の続きを、どんな形になってもいいから聞かせて欲しい。
聞けなくとも、笑って生きている野菊をもう一度目に焼きつけたかった。
命には命を。
己の寿命を彼女にあげられたなら、それで残るものがあるのなら。
記憶をそのままに、野菊の傍で、最後の時まで共に。




