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終わりと始まりの足音 11

 どんなにこの世界を廻っても、彼女は清水の心だけを手にすることが出来なかった。けれどそれは本物の愛ではなく、一種の執着心にも近い。

 けれど愛理がこの世界を廻っている、というのには少し語弊がある。





 愛理。

 またの名をこの人間は『ゆかり』という一人の女性なのだが、彼女はこの世界に閉じこもる前、ある一人の男に殺されていた。

 それは当時心から愛していた恋人の男だった。


 初恋は五歳の時で、初めての彼氏は二十八歳で出来たその男。それまでに何度も恋をしてきてはいたが、誰も自分を好きだと言ってくれる男はいなく、自分の顔は中の中。ブスではないが、油断したらブスになってしまうであろう顔の作り。化粧は人一倍時間をかけて作り込み、好きな人に振り向いてもらえるようにとゆかりは頑張っていた。


 けれどそれでも自分を認めてくれる人は誰一人おらず、いても既婚者が大半。いつも二番手で、男友達と約束をしても、かわいい子に言い寄られたらそちらへと行ってしまうことが多かった。


 家族だってそうだ。

 いつも親は姉ばかりを気にかけ、二番目に生まれたゆかりのことは順番通り二の次だった。出来の良い姉ではあるが、だからと言ってゆかりの出来が悪いわけではない。ただ単純に気に掛けられないのだ。


 ゆかりは誰の一番にもなれない。


 だから少しだけ、乙女ゲームに逃げて現実逃避をしたことがある。なぜならゲームの中でなら一番になれる。

 画面の向こうにいる、中身のない薄いペラペラのイラストの男だけれど、認めてくれない現実の男より格好良く見えた。


 そんな頃、ゲームで心に余裕が出来てきていたのか、同じ職場の人と初めて恋人としての付き合いが始まる。今までは自分からだったのが、今回は初めて相手から誘われる形になっていた。良いなと思っていた人物からの声だったので、ゆかりは浮かれた。


 それに初めての彼氏。

 初めて、自分を一番に選んでくれた人。


 そう、だから、ゆかりは凄く浮かれた。


『私が、一番じゃないの?』


 けれどそんなものは長く続かなかった。


 昔友人が、恋人との恋愛を長く続けるには程々の愛をチラつかせるぐらいが良いのだ、とゆかりに言っていた。

 与え過ぎれば重さに耐えきれず相手が潰れてしまう。また与えなさ過ぎても心を離してしまう。程々が十分なのだと。


 しかしその意味を分かっていても、好きという気持ちを抑えるそぶりは一切しなかった。

 好きなら好きだと言うのだ。

 どんなにうっとおしく思われてしまっても、相手も自分のことを好きなのなら関係なんてないのだと。

 そう、凄く浮かれた。


『私が一番じゃないの!? ねぇ!!』


 そんな女だから、簡単に浮気なんてものをされるのだ。


 同棲二年目。

 恋人同士である二人が使うベッドの上で見知らぬ女が寝ていたのは、ゆかりにとって地獄に落ちたにも等しい光景だった。

 愛しい恋人は、その女の隣で気持ちよさそうに寝ている。ゆかりは実家に数日間帰っていたものの、予定より早く帰ってビックリさせようと思ったのが間違いだったのか。


 そしてそれから直ぐに、ゆかりの意識はパタリと止むことになる。気絶したのではなく、彼女は浮気をした恋人に殺されたのだ。

 あのあと男の隣で寝ていた女に、ゆかりが殴りかかって数秒も経たない内。ゆかりの頭部を、男が硝子の吸殻入れで叩き殴っていたのである。


 彼女の死体は山奥に捨てられた。

 誰かも分からないよう顔に傷を沢山つけられて、ゆかりはゴミのように捨てられた。



 ゆかりは結局誰の一番にもなれなかった。

 それどころか、ゴミのような扱いだ。死んでも死にきれない思いは、ほの暗いあの世とこの世の堺を彷徨う。


 すると小さな光が、ゆかりの元へとやって来た。星のようにキラキラしたモノでも、月のように淡い光でもない、太陽のような眩しい光だった。


『あなたの望みを、一つだけ叶えてあげましょう』 


 彼女にはその正体が何か分からなかったが、これは神様なのだ、と思った。

 根拠も何もない。


 けれど今はただ、ゴミ同然の己の願いを叶えてくれると言うこの光を、そう思い込みすがりたかった。


『なら、あの世界を私の為に作って』


 現実逃避をさせてくれた、あのゲーム。私を必ず一番にしてくれる男達がいるあの世界で生きたい。ゲームのように、間違えたら簡単にリセット出来る世界。

 自分の都合に良い世界。自分を否定しない世界。

 私の好きになった人を誰にも奪われることのない世界で、ずっとずっと生き続けたい。


 だからもし私から奪うような女が現れたら、次は私のような目にあわせてやるのだ。

 



「ねぇ。もう一度、最初からやり直しましょう? あの日のように」


 凪風の手を思いきり振り切ると、愛理は一目散に廊下へ出て行った。不意を突かれた凪風はすぐさま追いかけようと、周りの遊男にも指示を出して愛理を捕まえるよう叫ぶ。けれど彼女の言葉の不気味さに、凪風は野菊の傍にいる清水へと視線を投げかけた。

 あの日のように、とは一体なんのことなのか。もう一度、最初からやり直すとは何なのか。状況を元に戻すという意味で言うのなら、思い当たる節が一つだけある。けれどそれは、命が失われなければなしえないことだ。


「凪風、愛理を一人にしては駄目だ」

「兄ィさん、あの日の火事はまさか」


 清水、野菊、蘭菊が命を落とした以前の世での出来事。清水は薄々察していたようではあるが、あの不審な火事は愛理が仕掛けたものだと推測できる。あの時だけではない。今まで起きてきた吉原の火事は、偶然のものもあれば人為的なものもあった。その中には全員が亡くなってしまった時もあったはずなのだ。


「お前ら何の話をしているんだ?」

「おい大変だぞ! 勝手裏から火があがってる!」

「なにぃ!?」


 飯炊きが焦りながら部屋へと駆けこみ、緊急事態を知らせにやって来た。龍沂は立ち上がり、飯炊きに事情を聞き出す。


「飯炊きの一人が怪しい動きをしてたんで捕まえたら、手に火打石持ってやがったんです。何か所かに仕掛けていたそうで、さっき見たら物置小屋はもう火がまわっていて」


 そう男が話していると、部屋の格子窓から微かな煙臭い匂いが漂ってきたことに清水は気づいた。


「おやじ様、急いで皆を避難させしましょう。西の崇禅寺が頼りです。木でできた妓楼の建物では、火のまわりは早いですよ。風も今日は強い」

「ああ。だが野菊が」

「この子なら大丈夫です。私が意地でも外へ連れ出しますから」


 清水はそう言うと血で汚れた野菊の顔を袖で拭い、背と膝裏に手を回して持ち上げた。横にいた宇治野は懐から手拭いを出すと、それを抱えられている野菊の胸の上に置く。龍沂はそれを見ると、部屋に集まっていた男達に向かって叫んだ。


「羅紋と十義! 愛理を追った凪風達を見つけて、崇禅寺へ行くように言ってこい! あとの奴らは客を吉原の外に連れて行け! 恐らくこの風じゃあ、隣の妓楼に移るのも時間の問題だ」


 密接している吉原の妓楼は、一つの建物が火事になると隣から隣へと移りやすい。物置小屋だけでなく何か所も火をつけられているとしたならば、ここで悠長に構えていられる時間などなかった。


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