終わりと始まりの足音 7
隅でいいです。第三巻が無事に発売されました。
これも読者皆様のおかげです。ありがとうございます(^-^)
気がついたら、暗い世界が視界を覆っていた。
私はさっきまで座敷にいたはずで、けれどお酒を飲んでおかしくなり、血も吐いて、そのあとは……死んだのだろうか。
真っ暗闇に、私が一人。
自分の足も手も、座敷で着ていた着物もハッキリとみえるのに、周りは黒以外を認めなかった。
奇しくも死というのはこういうものなのだろうか。
世界と切り離されて、誰とも声を交わすこともなく、観賞さえも出来ない。
幽霊は嫌だったけれど、幽霊ってどうやったらなれるのだろう。死んだというのなら、どうせなら幽霊になりたい。こんな暗くて寂しい所にいるくらいなら、皆を見れて、でも幽霊だと気づかれて怖がられたほうが余程良いのに。
そういえば走馬灯を見るのかと思ったらいつの間にかここにいたので、何だか拍子抜けをしてしまった。こんな状況になって少しはパニックになったらどうかと自分でも思うが、人間変に冷静になれるもので、私は少々ガックリする。
あのとき、何か思い出せそうな気がしたのだ。
転生前の自分を思い出せなかった私だったが、やっと何か掴める気がして。
結局はいつの間にかこんな空間にポツンといるはめになったが。
私はとりあえず歩いてみた。
初めてこの世界で目が覚めて、行く宛もなくフラフラと歩いた時のように。もしかしたらお花畑とかあるのかもしれない、と期待を込めて歩く。
真っ直ぐに歩いたり、少し曲がってみたり、見えない地面と道をひたすら歩いてみた。
けれどどこへ向かっても真っ暗なまま。光も見えなく、何もない道を歩く私の足も、無意識に震えていた。不思議と歩いても疲れは感じないのだが、ああ、死ぬと疲れも感じなくなるのかと、妙に自分の考えに納得してしまう。
「……」
私は歩くのをやめて、その場でしゃがんだ。
「……ふ、ぅっ……」
折り曲げた膝に額をくっ付けて、姿勢を丸める。
私は本当に、死んでしまったのだろうか。
やはりその考えは、私の心を裂くように痛いものだった。だってまだ大切な人達に、何も言えていない。ありがとうとか、お世話になりましたとか。いいや、それ以前に、こんな別れ方は嫌だった。
毒で死んだ?
忍者でも侍でも、命を狙われるようなお偉いさんでもないのに?
もっと話したいことだってあった。
秋水には梅木の着物を新調してあげようかと相談したかったし、蘭菊にはもう一回マッサージをしてあげようかなとか、凪風とはこれからのことやこれまでのことを色々話したかった。
羅紋兄ィさまにはくれた髪飾りのお礼に何か出来ないかと考えていたし、宇治野兄ィさまには今度町へ買い物に行こうと楽しそうに言われていた。
清水兄ィさまには……。
「清水、兄ィさま」
兄ィさまの顔を思い浮かべた途端、私は胸を締め付けられるような衝動にかられた。
心臓が重たくて苦しい。
けれどこれは、毒で苦しんだ時とは違う苦しさだった。毒で苦しかった時は涙なんか出なかったのに、今は涙が瞼のふちに溜まって熱い。じわじわと侵食されるように、その熱さは全身を巡っていった。
この気持ちは何だろう。
こんな感情は、知らない。
だって、そんなことは彼に対して一度も感じたことはなかった。
……本当に?
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
するとどこからか、そんな声が聞こえてくる。
女の子の声だった。
そして私はその声に、聞き覚えがあった。
私は立ち上がって、吸い寄せられるように声のする方へと足を進めていく。震えは止まらないものの、歩みが止まることはなかった。
相変わらず辺りは暗くて、どこを歩いているのかも全く分からない。上をみても空や天井もなく、ただ闇が広がっている。
しばらく歩いていると、視線の先に何かが見えた。
何だろうと目を凝らしてみる。
その間にも「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返し発せられる言葉が耳についた。
徐々に近づいていく。
その『何か』の正体も、だんだんとハッキリ見えてきた。
けれどその『何か』の正体を見て、私は足の震えがより一層強くなってしまった。
だってあれは――。
「ノギちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい」
ここにはいるはずもない彼女の姿だったのだから。




