始まりは 日々8
誤字修正しました。
これは天月妓楼で働き始めた初日の話。
「ふふ、やっと来てくれたんだね。私は清水だよ。言えるかな?」
「きよみず兄ィさま」
言えるに決まってる、私は5歳だぞ。そして中身は大人なんだ!!
そうは思っても口には出しませんよ大人ですもの。そしてこの人は私の心の救世主なのだ。無礼は働きません。
「ようし、じゃあ今日は着物の脱ぎ着から覚えてもらうよ」
「はい」
天月に入った翌日、私は早速禿としての教えを請うため初日から花魁の兄ィさまに付いていた。
なんと初日である今日は、あの心の救世主様。とても優しげな人で、物腰も柔らかく、格好いいので大層人気なんだろうと教えてもらいながら思う。
最初に見た時正直女の人なのかと思ったが、紹介の時に聞いた声でやっぱり男なのだと確信。おやじさまが言っていた『女か男か分からない奴らがウジャウジャ』は本当だったみたい。
何だか色んな意味で恐ろしい世界だ。
「まずは着物を脱がせる事からね」
着物の枚数はそれほど無いのだがこれも禿の仕事。男の着替えを手伝うなんぞ今の私には発狂ものだが、此処で生かしてもらっている以上我が儘は言えない。
しかしこの図。
小さい子供が青年の着物を、真正面から手を掛けて脱がしていく不思議なこの図。
兄さまが私の手を導きながら脱がしを手伝ってくれるが、恥ずかしい。恥ずかしいのだ。今私の顔は真っ赤だろうよ、肌も見てないのに。
まずは藍色の羽織から丁寧に脱がしていく。
よし、まだ大丈夫まだ大丈夫。見えてないよー
次は黒の長着を、帯も一緒に。
大丈夫まだ、まだ見えませんよ。赤い長襦袢が肌を隠してるもの。私はまだ乙女よ乙女。
そして最後の砦、長襦袢。を更に顔が真っ赤になりながらも脱がそうと手に掛ける『!っごめん、ちょっと上向いてもらってていいかな?』と聞こえたのと同時に目の前に現れたのは、腹の下部に横に沿った三つの不自然な長いミミズ張れのようなもの。縫った後にも見える。
なんだろうか。
「!やめっ!」
パシンッ
「わっ」
「……あ」
気になってしまい、子供の本能なのかつい触ってしまった私の手が振り払われる。
ちょっと手が赤くなりピリッと痛んだが気にはならない。
それよりも兄ィさまのほうが心配だった。
私の手を振り払ったのに遅れて気づいたのか、凄く暗い顔をして顔をしかめている。
「っすまなかったね、痛かったよね。ごめんよ」
「わた、たわたしがわるいの…で」
それからのレッスンは妙にぎこちなかった。
なんだか触れてはいけない何かに触れてしまったような、そんな感じがする。物理的にも精神的にも。
いや、感じがするのでは無く確実にそうだろう。絶対そうだ。
私は馬ぁ鹿か!!よく考えもしないで他人の傷的なものに軽く触っちゃうとか馬ぁ鹿さ!!馬ぁ鹿だ!!
そんなギッチギチな雰囲気でも、時間は進むワケで。世の中の無情など知らないとばかりに、時間は物事がスムーズにいこうがいかまいが関係無く過ぎる物だ。
脱ぎ着は少しスムーズに出来るようになったが、ある意味重要な物がスムーズにいかず。しかしどうにか終わりの時間までやり遂げる事が出来たが。
頃合になると部屋へおやじさまがやって来る。
「野菊今日はどうだった。明日は違う兄ィさんに付くが、どうする?最初だし暫く清水に付くか?別にお前は借金してるワケでも無いから好きに選ばせてやるぞ」
正直に言えば、何か気まずいので明日から違う人が良いのかもなとは思う。清水兄ィさまもやりにくいだろうし。ぶっちゃけ嫌われた気もする。
でも何故かこの人の暗い顔が頭から離れ無かった。あんな顔をさせてしまったまま、私はこの人から逃げるのか。
今はもう笑顔になっているが、正直その笑顔が本当に心から笑っているのかさえも、あの表情を見てしまってからは分からない。
私はこの人の笑顔に救われたと言うのに。
私よ!このままで良いのか!!
「…が、っです」
「?」
「…きよみず兄ィさまが、いっいいです…」
「そうか。じゃあ後三日程清水の所で慣れるといい。今日はもう終わりだから部屋に戻りな、秋水って奴に迎え来させるから案内さしてもらえ。……良かったなぁ清水」
おやじさまが戸を開けて出ていく。
また、元の状況に戻ってしまった。
清水兄ィさまを見れば、眉間に少しシワを寄せて笑っている。
な、何とも形容しがたい表情をする…
「無理しなくてもいいんだよ?私がちょっと怖いだろう?」
「え、」
なんて答えずらい事を!!
て言うか手を振り払ったぐらいで怖いと思われてるって感じる兄ィさま。繊細過ぎだよ!
でも、ええい、何て言えばいい!此処で『いえ、気にもしてないです』と嘘を言うのも違う気がする。
だって滅っ茶苦茶気にしてるもの。触っちゃったことを物凄く後悔してるもの。そう言われて固まっている私の体が物語っているもの。
「今からにでもおやじさまに…」
「あの!!」
おやじさまの所へ行こうとする清水兄ィさまを、取り敢えず声を出して引き留める。嫌われてしまっているのかもしれないけれど、素直に気持ちを出してみるしかない。
私は、私が最初に見た兄ィさまの
「兄ィさまのや、やさしいめがすきです!」
「?」
「わらったかおがすきです!」
「………」
「さわっちっ、さわっちゃってごめんなさい!」
「ねぇ、」
「わたしをきらいになっなってたらごめんなさい!いっしょに、いっしょにいてもいいだっですか!!」
ちょっと噛んだけど気にしないで欲しい。必死だから。
「野菊、そんな必死にならずとも嫌ってなんかいないよ」
「はい!」
「はは、私と一緒にいてくれるの?」
「はい!!」
かつて無いほどにピシッと返事をする。
いや、かつての私がこんな返事をしたかどうかは分からないけども。
翌日になると、何故か会って突然高い高ーいをされた。
その翌日も。
私が不思議そうな顔で固まっていると、
「野菊みたいな子が好きなんだよ」
と。なるほど、小さい子ども好きなのか。女の人だったら良いお母さんとかになりそうだな。




