始まりは
『行くところがないなら、俺の所で働くか?』
そう言われて、私がおやじさまに拾われたのは一ヶ月前。
何故か目覚めて気づいたら、川原に寝そべり時代劇のように着物を着た人達が周りにいてビックリした。
え、何、お祭り?
とは思ったが、髷の男の人が時折いたから何となく違う気はする。
そして皆私よりもうんと背が高い。というかこの違和感…私がちっちゃい!!?
自分の手の平、足、お腹を見れば幼児そのもので着物もボロいのを着ているみたい。鏡が無いので、取り合えず確かめようと川原の水を覗けば、姿は思った通り。こんなワケのわからない状況で何も出来ないチビッ子になっていようとは…。がっくり。
しかし、私はふと思う。
そういえば自分は誰だろう?と。
日本ということもわかるし、車があったことも、デカイビルがあったことも覚えている。でも、自分が誰でどういう人間だったかは分からない。
チビッ子になりガックリとしている心情からして私は成人してはいたのだと思う。そして自分のことを『私』と言っていることからして、きっと性別のほうは女だったのだと思う。まぁ、たまに男の人でも言うことはあるが…。
この世界が自分がいた世界でないことは確かだった。そうでなければ、この世界で私は軽い記憶喪失になっている、ちょっと思考の痛い子になるだろう。
そんな感じで半ばフラフラとしていると、結構歩いたのか、目の前にはキラキラしい世界がいつの間にか広がっていた。
女の人達がごった返している異様な町で、道の横にある建物には格子がついており、中を見れば…ん?男?
とても綺麗な男の人達が美しい着物を着て中にいた。
あれ?可笑しいな、私の知っているああいうのは女の人がやっていた気がするのに。
やはりまだまだ違和感が拭えない。
もう夜も本番になり、この町の光もいっそう強くなってくる。歩き疲れて足が痛くなった私は、妓楼屋?女郎屋?(なんと言うのかは分からないが)らしき建物の裏辺りでしゃがんで休む事にした。
すると急に心寂しくなり、泣きそうになる。体が子供だからか理性よりも本能が前に引き出されてしまい、目頭が熱くなってきた。
「ぅっ…ふぇ、」
ザクッ
「?お前さん、こんな所でどーした?」
泣き声が漏れそうになった時、突然声を掛けられた。ビックリして声がしたほうへと顔を向けると、50代くらいの白髪を生やした厳格そうな見た目のおじさんが、眉間にシワを寄せて此方を見ている。
ちょっと怖い。
「迷子か?」
ビックリしたのと、おじさんが怖いのとで声が出ない私は首を横に振るしか出来なかった。
「親はいんのか?」
尚も質問してくるおじさんに、またしても首を横に振る私。
「じゃあ…帰る所はどうだ?」
「な…ぃ」
3回目の問いでようやく声が出た。
しかし返事をしたのは良いが、この人は何がしたいのだろう?
するとおじさんはブツブツと聞こえない独り言を念仏のように唱え始めた。
『捨て子か?いや、親…ない……でも…から』
なに言ってるのか分からない私は、キョトンとおじさんを見上げる。
そんな私を厳つい目でジーっと見つめると、ニッと笑顔を見せた。
「よし、器量は良いな」
「?」
「なぁ、お前さん。行くところがないなら、俺の所で働くか?」
そんな誘い文句に、行き場も、この世界の事も何もかもが分からない私には、差し伸ばしてくれた手をとる事以外の選択肢なんてものを見つけられる筈が無かった。