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予感と作品カード

 バレンタインデーが明日に迫っていた。

 僕は、念のためにコンビニでそれなりに立派な包装のチョコレートを買ってあった。当然だけれど、彼に直接渡すという勇敢なことを僕ができるわけがなかった。だから、僕は最終下校時刻ギリギリに彼の机の中にチョコレートを忍ばせておこうと企てていた。

 最終下校時刻まで、学校の図書館で勉強をしていた。数学の問題集をやっていた。途中からは、時計をちらちらと気にしているだけだった。時々刻々と時計の針が十八時半に迫るのを見守っていた。

 周りの僕と同様に図書館で勉強していた人たちは、すでにノートや筆箱などの荷物をまとめはじめていた。そろそろ潮時かと僕も席を立った。図書館を出て、僕は教室に向かった。教室がある四階を目指して、階段をのぼる。

 階段の一段一段をしっかりと足で踏みしめた――一段目、二段目というふうに。各段を必要以上に意識していた。まるで、階段をのぼるのがはじめてのような錯覚に陥ってしまった。僕は、下を向いたまま、自分の足を見つめ続けた。スタ、スタ、と、足音が響く。

 四階に一生着かなければいい、そう思い始めた。永遠に階段をのぼり続けることになってしまえばいいと思った。上履きの底がすり切れて、そのまま僕の足もすり切れて、自分が消えてしまえばいい。

 けれども階段は永遠ではなかった。僕は四階に到達していた。

 教室には明かりがついていなかった。僕は急いでバックパックからチョコレートを取り出した。チョコレートらしい茶色に包まれた長方形くらいの箱だった。リボンもついていた。きっと、ひと目でバレンタインチョコだとわかる。

 僕は毎朝のように、自分の机に向かう足取りで、彼の机の中に箱をほうった。ため息をついた。そして箱を再び机の中から取り出した。僕はその箱を見つめた。彼の顔が浮かんだ。僕は、鼻から深呼吸をして、箱をやさしく机の中の教科書の上に、ついに、おいた。

 それから学校をあとにした。

 翌日、バレンタインデー。クラスの女子は、自分の作ったチョコレートを交換し合っていた。おこぼれとしてクラスの男子も、チョコレートをもらえた。

 しかし、僕の関心はほかのところにあった。右隣に座る彼にあった。彼は果たして僕のチョコレートに気づいてくれただろうか。心なしか、彼はいつもよりも少し笑顔が多い。僕にはそれが嬉しかった。たとえ僕の勘ちがいであったとしても、嬉しかった。

「スグルはチョコレート、もらえた?」帰りにそう聞いてきたのは、ナノハだった。

「本命ってことだよね? まさか。もらえたわけないでしょ」ナノハの言葉には特に嫌味は込められていなかった。純粋に知りたかったらしい。

「そっかあ」ナノハはショートヘアーの頭をかしげて、ぼりぼりと、やってしまった、というように掻いた。「あのさ、このあと、用事はあったりする?」

「用事?」

 僕には意図がわかっていた。

「うん、」上目使いで僕に続ける、「用事がなかったらさ、私が掃除終わるまでちょっと待っていてくれない?」

 僕には意図がわかっていた。

「いいよ」僕には意図が分かっていた。「じゃあ美術室にいるね」

「わかった」

 そうして僕は教室をあとにした。

 美術室に着くと、絵の具の匂いの漂う中で、何人かの美術部員が黙々と作業していた。西の窓からは夕日の空が見えた。はさみの紙を断っているのが聞こえた。

 僕は棚から自分の作品を取り出した。美術コンクールに応募する作品も、完成が間近になっていた。この作品には、誇りを持っていた。はじめてだった。

 雲の散らばった大空の中に、抱き合っている二人の男の子たち。彼らの背中からは、翼が生えていた。太陽の金色のような、優しい金色をしている翼だった。男の子たちは、だいたい僕と同い年くらいだ。一人はしがみつくようにもう一人に抱きついていた。抱きついているほうは、少し泣いていた。抱きつかれているほうは、どこか遠くを見ていた。

 コンクールに応募するのにあとは、作者からのコメント・解説が必要だった。ナノハが来るまでに、書いてしまおうと思った。




《高校美術コンクール 作品カード》

作品名:羽ばたかせてほしい


〈作者の解説・コメント〉

 どうしても、男子が抱き合っているのはおかしいと思う人もあるかもしれません。しかしながら、僕はそれに疑問を呈したいのです。僕らのような若者には、誰しも羽ばたいて旅立つ権利があると思うのです。

 そして、知ってほしいのです。若者にはたくさんの人々がいます。それぞれ、個性があるのです。たとえば、僕は、この絵の男の子たちのように、男子が好きです。

 でも、何もおかしくないはずなのです。悪ふざけでも、前衛気取りでもありません。純粋な気持ちです。純粋な願いのもとで描きました。よろしくお願いします。


一年C組 二十一番 松野スグル

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