ギフト選択(1)
"βテスターへのご参加、誠にありがとうございますッス"
人生初のVRゲーム『ライフラフライフ』にログインした僕を迎えてくれたのは
どこか苦労人を思わせる青年の声だった。
青年は極めてフランクな口調のまま言葉を続ける。
"まずは先輩になりかわりまして俺の方から謝罪させていただくッス。
テスターの皆様方には大変申し訳ないんスけど、これから皆様をとある世界へ拉致させていただくッス"
『とある世界へ拉致させていただきます』なんて随分と洒落の聞いた言い回しだ。
さすが天下の3Lだ。オープニングアナウンスもヒネリが効いてていい感じだね。
『夢の世界へご招待』みたいなニュアンスなんだろうけど
個人的にこういった気取った言い回しは嫌いじゃない。むしろ好き。いや大好きだ。
"でも、まぁご安心くださいッス。
とある世界っていってもこれまで皆様にαテストで体験してもらってた3Lと同じような世界ッスから
皆様におかれましては、これまで通り生き生きのびのびと新生活を楽しんでいただけると幸いッス"
αテスト不参加な人間が若干1名、不本意ながら参加してますけどね。
心の中で青年のアナウンスにツッコンでみる。
"それじゃ早速キャラクター作成にとりかかってくださいッス。
何か分かんないところがあったら、手を挙げて元気よく呼んでくださいッス"
そして唐突に鳴り止む青年アナウンス。
急に小さな部屋にポツンと一人残された僕は思わずつぶやいた。
「えーっと……」
キャラクター作成ってどうやればいいんだろう?
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僕がいるのは小さな白い部屋だった。
部屋の中央にこれまた真っ白な椅子が1脚置いてある以外は何もない。
そう何もないんだよ。
机も窓も出入り口でさえも。
座り心地の良さそうな椅子を見つめながら僕は首をかしげた。
今から僕はキャラクターを作らなくちゃいけないんだよね。
青年アナウンスに従うなら、そのはずだ。確かに彼はそう言っていた。
但し、どのようにしてキャラクター作成を行うかの案内は最後までなかったけど。
で、これみよがしに置いてあるのは白い豪華な革張りの椅子だけ。
つまりこれは目の前の椅子に座れって事でいいんだよね……?
僕はそう結論付けると、部屋の中央に置かれている椅子の元まで歩いた。
「失礼しまーす……」
一応左右をキョロキョロと確認してから小さく呟き腰掛ける。
と
"それではこれから中川涼太様のキャラクター作成を開始いたします"
無機質な女性のアナウンスが小さな部屋に響いた。
どうやら椅子に座るのが正解だったらしい。
僕はホッと溜め息を吐くと、アナウンスに耳を傾けた。
"先ほど後輩様よりご説明があったかと存じますが、私からも改めてご案内させていただきます。
これより中川様は新しい世界にて生活していただくことになります。
ゲーム気分でご参加されたところ誠に恐縮ではございますが、どうぞ気持ちをご切り替えいただき
新天地で生きるためのキャラクターをご作成いただきますようよろしくお願い申し上げます"
はいはい、わかってますよー。
キャラクター作成時のギフト選択がとても重要だから、気軽な気持ちで決めるなって事を言いたいんだな。
従兄弟の言った通りだ。
ニコニコとアナウンスを聞いていると
それまで無機質だった女性の声が少しだけ慌てた調子になった。
"大事な事なので繰り返させていただきます。
これから中川様には新しい世界で生活していただねばなりません。
これから行うのはそのためのキャラクター作成となります。
そのため決してゲーム感覚や遊び半分で臨まないでいただけますよう幾重にもお願い申し上げます"
さすがビッグタイトルだけあるね。気持ちの盛り上げ方も一流の出来だ。
ここまで念押しされちゃうと、『本当に異世界に飛ばされちゃうの!?』って気持ちになってくるや。
でもこういう過度な演出嫌いじゃないよ。
ごめん嫌いじゃないどころか割と好き。いや大好きさ!
ウキウキした気分でアナウンスの続きを待っていると
少しだけ慌てた調子だった女性の声が、更に慌てた調子になった。
"あ、あの、分かってらっしゃいますか?中川様?
貴方これから異世界に拉致られちゃうんですよ?
本当に本当にお願いですから、真剣に真剣にキャラ作ってくださいね?"
ぬぅ……。
立場を忘れたような砕けた口調と、心底僕を気遣う鬼気迫る声音。必死さが伝わってくるいい演技だ。
本当に3Lは人間の恐怖や不安を煽る演出がスゴイな……。背筋が寒くなってきやがるぜ……。
そんな名演出へせめてものお礼として
僕はニヒルな笑顔を浮かべながら、右手を頭上に掲げビシッとOKサインを作った。
伝わったぜ、アンタの熱いその演出。
さっきのアンタ最高に輝いてたぜ。
そんな事を考えながら満足げに笑っていると
"…………………………。
では、キャラ作成どうぞ……"
何かを諦めたかのような覇気のない女性アナウンスが部屋に響き
僕の目の前に半透明のボードがぼんやりと現れた。
なんだろこれ?
見ると右上に『キャラクター作成』と大きくタイトルが書かれ、そのちょっと下に『ギフト一覧』という文字が見える。
さらにその下には膨大な数リストアップされた何かの一覧。いや何かっていうかギフトの一覧なんだろうけどさ。
"目の前に半透明のボードが見えますでしょうか……?"
半透明のボードを確認していると、何かを諦めたかのような覇気のない女性アナウンスが聞こえた。
「はい、キャラクター作成ってヤツですよね?」
聞き返してみたが
"では、説明に移ります……"
僕の質問には答える気がないのか、何かを諦めたかのような覇気のない女性アナウンスが説明を始める。
"目の前にございます半透明のボードは、中川様がこれから新しい世界で生きていくための糧となるギフトの一覧となっております……。
これから中川様にはギフト一覧より自由に10個のギフトを選択していただきます……。
ギフトは一度取得いたしますと再取得はできませんので十分ご注意ください……"
女性アナウンスはそこまで言い切ると
少しだけ優しげな、だけどものすごく悲しげな声音で続けた。
"これは私個人からのアドバイスでございますが
『やりたい事』ではなく『出来る事』『得意な事』から1つはギフトを選択されることを強く推薦させていただきます……。
本当に何度も繰り返し大変大変恐縮ではございますが、これから中川様に始めていただくのはゲームなどではなく新世界での生活でございます……。
新世界といえ生活されるのは中川様ご本人。右も左も分からぬ新天地にて1つでも『出来る事』『得意な事』があるというのはそれだけで安心出来るものかと存じます……"
ここでいったん言葉を切ると
それまでの悲し気な雰囲気を消して、ただただ優しい声音で彼女はこう締めくくった。
"それでは案内は以上でございます。
中川様の今後のご生活が安らかなるよう心からお祈り申し上げます"
小さな部屋に静寂が訪れた。