インストール
VRMMORPG『ライフライフライフ』通称3L。
先日αテストが終了したと思ったのに、もうβテストが始まるらしい。
βテストではテスター枠の増員はないらしく、基本的にαテスターが引き続きβテストも請け負う形だ。
あまりに早いβテストの日程に対して、αテストに参加した旧友は
『既に完成し尽くされたゲームバランスだったから修正する必要がなかったんだよ!』
と絶賛していた。
その時の僕は
『確かに修正箇所がなければスグにβテストに入れるもんなー』
とか、そんな事を考えてた記憶がある。当時の僕はノンキなもんだった。本当、我が事ながら羨ましいよ。
僕は延々と熱弁を振るう暑苦しい男の話を聞きながら
ぼんやりとそんな事を考えていた。
男は僕のPCを我が物顔で占領しながら声高に叫んでいる。
3Lに興味のない僕にとって男の話は意味不明な事の方が多いんだけど
要するに男は『3Lはこんなにも素晴らしいシステムなんだぞ!』ということを僕に伝えたいらしかった。
……全く大きなお世話だよ。
「――というわけで、涼太もβテストから参加しろよ!」
極めつけがこれだ。
僕は『3Lに興味がある』とも『3Lをプレイしたい』とも言った事ないのに、このキメツケ。
毎度の事ながら嫌になる。
僕にしてみれば信じられない事なんだけど、彼は
『俺が好きなんだから、お前も絶対好きに違いない!!』
と本気で考えるような男なのだ。
そんな男だからαテストのテスターに応募する時に
自分の分とは別に、わざわざ俺の分まで応募しちゃうようなおせっかいをしたりするんだ。
後日。本人の口から
『涼太の分も応募しといたから一緒に3Lやろうな!!』
との報告を受けたときはさすがにビックリしたっけな……。
でも3Lはプロモーションを発表した時点で既に大人気で
5万人のテスター枠だったにも関わらず、166倍という異常なまでの狭き門だったから
当時の僕は『どうせ当選なんてしないだろう』とたかをくくっていたんだけど……。
きっちりしっかりテスターに当選してましたよ。
しかも宣言通りアイツと僕とでダブル当選ですよ。
僕宛てのデッカい小包が郵送されてきたときはビックリしたよ。
まさか当選するなんて思わないじゃない?だって166倍だよ?
なのに小包の送り状を確認してみると、差出人『株式会社ライフライフライフ』だもん。
あれは本当にビックリした。
正直ゲームはあんまり興味なかったし
アイツに知られたら首に縄かけてでも強制プレイさせられるのは目に見えてたから、小包ごと押入れの中に隠しちゃったんだ。
廃棄できればなお良かったんだけど、実はVRゲームに接続するためのヘッドギアだけはテスト終了後に返送しなくちゃいけなかったから捨てることはできなかったんだよ。
でもまぁ、誰にも知られることなく小包を処理できた僕は無事αテストをスルーできたんだけど
1週間くらい前に送られてきた『βテストの開始の案内』って封書を見つけられてしまい――
後はご想像の通りです。ハイ。
「僕あんまりゲームとか興味ないんだけど……」
遠まわしに迷惑だと訴えると、熱血男はガハハと豪快に笑った。
「大丈夫だって!そういうヤツでも楽しめるのが3Lのいいところだから!」
「だからって無理にゲームしなくてもいいと思うんだけど」
「大丈夫だって!涼太もすぐにハマるって!!」
ああ、会話が成立しない……。
いや分かってたよ?
この世に生まれて16年。目の前で豪快に笑う1才年上の従兄弟が僕の話なんて聞かない事くらい
とうの昔に分かってたさ……。
「で、後どれくらいでインストール終わりそうなの?」
陰鬱とした気分でそう尋ねると
「んーと、お、80%まで進んでる!もうちょっとで終わるぞ!」
僕の了承を得ることなく、無断で起動させ、勝手に3Lのクライアントをインストール中のPCを覗き込み
従兄弟が楽しそうに報告してくる。
「この分ならβテスト開始までに余裕で間に合いそうだな!」
「えっと、βテストって今日から始まるんだっけ……?」
だとしたら最悪だ。
インストールが終われば今日のところはとりあえず開放されるかと思ってたのに
βテストなんて始まっちゃったら3Lにログインするまで催促の電話がかかること間違いなしだ。
「今更なに言ってんだよ涼太!だからインストールしに来てやってんじゃん!」
"頼んでませんけどね"
のどまで出かかったフレーズを何とか飲み込み、僕はガクリと肩を落とした。
「何だぁ涼太?元気ねぇなぁ??」
"はい、お陰さまで"
再びのど元まで出かかったフレーズをギリギリ飲み込み、僕は曖昧にほほ笑んだ。
そんな僕の表情をどういう風に勘違いしたのか
熱血モードの従兄弟の瞳がキラキラと輝きだす。
あ、これアカンやつや。
メラメラとさらに燃え上がる従兄弟の熱血パワーを感じて
僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「涼太、初めてのVRが不安なんだろー!!!」
思いがけない事を叫び、椅子から立ち上がった従兄弟はベッドに座る僕の方へズカズカと歩いてきた。
そして僕の目の前でビタッと止まると力任せにグリグリと僕の頭を撫で回す。
手の動きに合わせて頭――というか上半身全体がグワングワンとかき回される。
勘弁してくれーッ!
そんな僕の心の叫びなんて微塵も聞こえない熱血男は、僕の頭を撫でながら宣言した。
「おし!!VR初体験の涼太のためにインストールが終わるまで
お兄さんが3Lクイズを出してあげます!!」
「おね、お願い……お願いしま、す」
正直この振動から逃れたい一心で従兄弟に賛同する。
と、彼は撫でる手を止めてドカッと僕と対面するように座り込んだ。
髪ボサボサでグロッキー気味な僕のことなんてお構いなしで
ウキウキした従兄弟が元気よく叫ぶ。
「じゃあ、第一問!」
あ、何問もあるんですね……。
ビッと右手の人差指を立ててクイズを出す従兄弟は今日一で楽しそうに見えた。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
クイズの結果。
僕は従兄弟から落第点をいただくことになった。
いつクイズが試験にすり替わったか僕には分からない。
ただ、『問題を間違える度に従兄弟の声のボリュームが上がる』というシステムの方は、1問目を見事に間違えた時に分かった。
……まだ耳の奥でキーンと耳鳴りがしてる。
あの後、3Lクライアントのインストールが終わるや否やクイズを切り上げ
『じゃあ、17時になったらスグにログインしろよ!!!!』
と叫びながら従兄弟はダッシュで帰って行った。
で、現在時刻は16時20分。
40分後にはドナドナされると考えるか、あと40分も自由時間があると考えるかは個人の自由だ。
ちなみに僕はドナドナ派。
今から40分後が憂鬱で仕方ない。
僕はベッドにゴロリと横たわったままボケッと天井を見上げた。
頭の中では先ほど従兄弟から大音量で講義してもらった3Lの知識がぐるぐる回っている。
別に考えたいってわけじゃないんだよ?
大音量で叩きつけられた言葉が頭から抜けてくれないだけで。
こんなに簡単に頭に焼きつくんなら
3Lの話なんかじゃなくて、日本史の教科書を音読してほしかったよ。
「いや、まぁ、それはそれで嫌だけどね……」
従兄弟が耳元で『いーくにつくろー かまくらばくふっ!!』と叫んでる光景を想像してしまい僕は苦々しく笑った。
人の良い従兄弟の事だ。頼めば喜んで音読してくれるだろう。
途中で『もう勘弁してッ!』と拒否しようが『遠慮すんな!試験範囲室町幕府までだろ?』とか言いながら最後まで。
迷惑なヤツだけど、性根は良いヤツなんだよなぁ。
ホント、ありがた迷惑ではあるんだけどさ……。
電源を点けたままのPCのデスクトップを見ると
今しがた強制的にインストールされた3Lのショートカットアイコンが追加されている。
あのアイコンをクリックするまであと40分。
復習くらいはしとこうかな……。
どうせやるのは確定なんだし
だったら"いやいや"プレイするよりは"楽しく"プレイしたいしね。
僕は腹をくくると
大きな溜め息を1回吐いて再び天井を見上げた。
「えっと、何だっけ……」
頭の中でぐるんぐるん回る従兄弟の声を1つずつ拾い上げながら
僕は3Lのシステムについて考えを巡らせた。
"まずギフトな。これが一番大事だからよく聞いとけよ!"
確か従兄弟はそんな風に言っていた。
何でもキャラクター作成時に自由に10個選択できるものらしく
"ギフトの選択で失敗したら取り返しがつかない"とも言っていた気がする。
何故取り返しがつかないか?
答えは簡単で、ギフトっていうのは変更や追加が一切できないものらしいんだ。
例えば『剣』ギフトを選択せずにキャラクターを作成した場合
そのキャラクターは、どう足掻いても『剣』ギフトを入手することはできないということだ。
でもコレってかなり窮屈なシステムだと思わない?
だって、キャラクター作成した瞬間そのキャラクターの方向性が決定しちゃうって事だもんね。
で、"なんか窮屈なシステムだねぇ"なんて思わずボヤいちゃったからさぁ大変。
クワッと両目を見開いて食い気味に大絶叫されてしまいました。
"そんな事ねぇよ!確かにギフトはいったん決めると変更はできねぇけど
その代わり成長して派生して共鳴するんだぜ!!!"
んで『成長』『派生』『共鳴』について非常に熱弁をふるってもらったんだけど
従兄弟の主観が入りすぎてて、ぶっちゃけよくわかんなかった。
分かったことだけまとめると
どうやらギフトにはレベルがあるらしく
ギフトのレベルアップの事を『成長』と呼ぶらしい。
剣ギフトで例を出すと
それまで銅の剣だったものが、Lv10を境に鉄の剣になるみたいなもんかな?
もちろんその後もLv20で鋼鉄の剣って感じでどんどん『成長』していくみたい。
ああ、余談なんだけど『剣を生み出す能力』の事を剣ギフトって呼ぶみたい。
ビックリだよね。3Lでは武器は作るものでも買うものでもなく『ギフトで生み出すもの』って扱いなんだよ。
という訳で3Lには、昨今のMMOには必ずあると言っても過言じゃない『生産職』というものが存在しません。
当然『鍛冶』みたいなギフトも存在しないから、獲物は各人がギフトで賄うというシステムらしいです。
んで次が『派生』なんだけど
これはある一定レベルまで上がったギフトが、別のギフトを生み出す事を言うみたい。
またまた剣ギフトで例を出すと
剣ギフトはLv20で『両手剣』や『片手剣』という派生ギフトを生み出すらしいです。
さらに『両手剣』や『片手剣』みたいな派生先のギフトも、レベルを上げてやればさらなる上位ギフトへ派生していくみたい。
でもこれにも個人差があるみたいで
『剣を両手で扱ってた人は両手剣ギフトへ派生』
『剣を片手で扱ってた人は片手剣ギフトへ派生』
みたいに、それまでの戦闘スタイルで取得できたりできなかったりするものらしいです。
まぁ、剣ギフトがLv20になった後でも派生するチャンスはあるらしいから
片手剣ギフトが欲しければ、片手で剣を扱っていればいずれは取得できるらしいけどね。
で、最後の『共鳴』なんだけど
これは2つ以上のスキルから新しいスキルが生み出される事を言うみたい。
例えば槍ギフトと斧ギフトを両方共Lv20まで成長させると共鳴して『斧槍』ギフトが生まれる。
みたいな感じらしいけど、ギフトの組み合わせがあまりにも多すぎて従兄弟もほとんど把握できてないみたいだった。
でもこの『共鳴』こそがギフトシステム肝らしく
よく知らないと言いながらもテンションは一番高かったよ……。
いや、気持ちはわかるんだけどね。確かにスゴイよ共鳴って。
だって10個中9個が同じギフト構成でも、残り1個が違っていれば『共鳴』によって全く異なるギフトが生まれる可能性があるんだもんね。
それに最初に選んだ10個のギフトを元にして『派生』や『共鳴』でギフトがどんどん増えていくのは、それだけで非常に興味深い。
「楽しいゲームだといいな……」
思わずポツリと呟く。
随分と考え込んでいた気がして、時間を確認してみると時計の針は16:50を指し示していた。
あと10分で約束の時刻になってしまう。
本音を言うと17時になってからモタモタ準備に取り掛かりたいところなんだけど……。
「でも、遅れるとまたギャーギャー煩いからなぁ」
いつも、どんな時でもテンションの高い従兄弟の顔を思い浮かべ思わず苦笑してしまう。
僕は勢いよく上半身を起こした。
長丁場になることを覚悟してコーヒーでも淹れようかと考えたけど、スグに否定する。
VRゲーム中はコーヒー飲めないじゃん。
むしろ途中でトイレ抜けしなくていいように今のうちに済ましておこうかな。
大きく1回だけ背伸びをして、僕は部屋を出ていった。