プロローグ2
本当にままならないよね人生って。あ、僕神様だから神生っていうのかな。
ま、どっちでもいいんだけどそんな事。
ヒトが創ったVRMMORPGっていう歪な世界を真似て、僕も『ヒドイ世界』を創ってはみたものの。
待てど暮らせど全然楽しくないんだよね。溜め息出ちゃうよ。
最初は順調かなーと思ったんだよね。
だって、どう考えても不自由極まりない世界だっていうのに、ヒトはちゃんと生活し始めたんだからさ。
だからさ僕もテンション上がっちゃってワクワクした気持ちで眺めてたんだけど
なーんかしっくりこないんだよね……。
違和感があるっていうのかなー……。
いや、もちろん手抜きな世界システムに違和感バリバリなのは知ってるよ。だって創ったの僕だし。
そうじゃなくて、何て言うんだろう。
説明が難しいんだけど、参考にしたVRMMORPGの世界と違って、僕の創った『ヒドイ世界』は楽しくないんだよ。
何が楽しくないかって?
眺めてる僕がだよ。
VRではうるさいほどギャーギャー楽しんでたくせに
僕の創った世界では皆テンション低いんだよね。
人間らしい振る舞いをプロミングされた精巧なロボット集団っていうのかな。
ヒトのくせして『人らしくない』んだよね。僕の世界の住人は。本当まいっちゃうよ。
どうしてこうなっちゃんだろうなぁ……。
僕は両手を組んで『ヒドイ世界』を眺めながら、綺麗なお顔を曇らせて悩んでいたんだ。
「って感じなんだけど、どうすればいいと思う?」
一人で悩んでても埒が開きそうにもなかった僕は、最近一人前になったばっかりの後輩 (神)に相談した。
まだまだ神様としては未熟もいいところだけど、未熟ゆえに出せる未熟なアドバイスがあると思ったんだ。
「とりあえず自分の顔を綺麗って形容するのは、いかがなものかと思うッス。
あと俺に対して何か非常に失礼な事考えてなかったッスか今?」
質問に対する回答は述べず、質問を返してくるなんて、何を考えているんだろうコイツは。
僕は綺麗な顔をさらに曇らせ、後輩 (クズ)に向かって溜め息を吐いた。
「考えてたよ。でもここまで使えないゴミクズのようなヤツだとは知らなかったから
随分とマイルドな罵倒になっていたと思う。今なら言える。君は正真正銘のクズだ」
「この短時間で何故これ程まで俺の評価がダダ下がりしたかは分かんねーッスけど……。
先輩、それは当然じゃないんスかねぇ?」
「当然?君がゴミクズにも劣る汚泥のような存在だって事を自覚しているということかい?」
「更に下がってるッスね……。
いや、そうじゃなくて先輩が創った新しい世界が楽しそうじゃないのは当然だろうって意味ッス」
僕が創ったあの『ヒドイ世界』が楽しくないのは当然?
後輩 (汚泥)は何か分かるってことなのかな?
「続けてくれいいよ」
「ハイハイ……。
えーっと新しく創った世界ってのは、ヒトが創ったVRって世界を真似たんですよね?」
「そうだね。君が何故わざわざ確認してきたかは分からないけれど、その通りだよ」
「で、そのVRを真似た世界を創って後はただ眺めてたんですよね?」
「そうだね。君が何故わざわざ確認してくるのかは相変わらずわからないけれど、その通りだよ」
「じゃあ、やっぱり楽しくなくて当然ッスよ」
そう言って満足そうに笑う後輩。
うん、意味がわからないよ。
これはアレかな。ヒトみたいに『意味わからへんわ!』って拳を頭部に叩きつけて
後輩 (滅殺予定)を後輩 (故)に変えてあげればいいのかな?
「後輩。大変参考になったよ。
それじゃ歯を食いしばってね」
拳に力を籠めて後輩 (もうすぐ故)へそう告げると、それまで笑顔だった後輩の顔が引き攣る。
と、大事な事を思い出したのでそれも告げた。
「あ、ごめんごめん。
どうせ首から上は残らないから、別に歯は食いしばらなくてもよかったんだった」
歯を食いしばらせるのは殴った後に頭が残っている場合の忠告だったね。
何でも『殴った時に歯で口の中を怪我しないようにするため』の気遣いらしい。
それだけ気遣う必要があるのなら、最初から殴らなければいいのに。
まぁ、ヒトのそういう訳分からないところは嫌いじゃないけどね。
「せ、せ、せ、先輩!!
スミマセン!!先輩にご納得いただける説明もせず、自分一人で納得してしまって誠にスイマセンっした!!!」
「最期の言葉はそれだけでいい?言い残したことがなければそろそろ殴るよ。」
「それだけでいい」か「言い残したことがある」かを答える簡単な質問にも関わらず
目の前のダメな後輩は答えない。
代わりにヒッと引きつったような声を上げかと思うと
涙を流しながら絶叫してきた。
「プレイヤーがいないからっす!!!!!」
「プレイヤー?」
言ってる意味は分からないけど何故だか頭にひっかかった。
僕は握った拳を開き先を促す。
「続けてくれていいよ」
「ほへ……?」
顔中、涙やら鼻水やらでグチャグチャにした後輩が呆けたように僕を見つめる。
アレ、今の僕の声が聞こえなかったのかな?
「だから、先を続けてくれていいよ。
プレイヤーがいないって何のことだい」
改めてそう促してあげると、後輩はハッとした表情になり急いで袖口でグチャグチャの顔面を拭った。
若干エズきながらもポツリポツリと話し始める。
「グスッ……。えっとVRの世界はゲームだったから、プレイヤーがいましたよね?
でも先輩の創った世界はゲームじゃないから、プレイヤーはいません」
そんなもの当然のはなしだよね。
ゲームを模して創ったけれど、僕の創った『ヒドイ世界』はゲームじゃないもん。
「つまりですね。グスッ……。
先輩が創った世界をVRのゲームに当てはめるとしたらNPCしかいない世界って事になると思うんスよ。
ここで先輩にはVR世界で"誰"を見て楽しいと思ったか思い出して欲しいッス」
そんなもの決まってるよね。
後輩の言葉に従って、僕はこれまで見聞してきたVR世界での楽しかった事を思い出した。
齧れば消えてしまう肉を食べてはしゃいでいたヒト。
殺せば消えてしまう魔物を倒してはしゃいでいたヒト。
――そんな不自由なシステムの中で楽しそうに生活していたヒト。ヒト。ヒト。
何百万、何千万と見てきた"楽しい"記憶に思わず口角を上げる僕の耳に
後輩の声が届いた。
「先輩……。今先輩が思い出してるヒトっていいうのは
ゲームのプレイヤーたちじゃないッスか?」
「どういうこと?」
「つまり先輩が創った世界にはいない"プレイヤー"を見て先輩は楽しいと感じてたってことッスよ」
何だろう。モヤモヤする。
早く続きを聞きたいのに、後輩は勿体つけたようにフーッと大きく息を吐き続ける。
「いうなれば先輩の創った世界ってのは、今のところ虫のいない虫かごみたいなものなんスよ。
だって先輩が"楽しい"って思うプレイヤーがいないんスもん。
虫のいない虫かごなんて見てても楽しくないのと一緒で、先輩の世界はまだ空っぽなんスよ!」
ああ、そうだね。
何でこんな単純な事に気がつかなかったんだろう僕は。
今まで『虫のいない虫かご』なんて味気ないものを見て美しい顔を曇らせていたのか。
言われてみればその通りだ。
僕の創った『ヒドイ世界』で生きてるヒトは、VRの世界でゴミゴミと街を埋めていたNPCにそっくりだ。
そんなもの眺めてたってちっとも楽しくないじゃないか。
なんだ
こんなに単純な事だったのか!
こみ上げる幸福感に自然と笑みが溢れてきちゃう。
足りないんだったら補充しないといけないよね。
『ヒドイ世界』には存在しないから、外から調達するのが手っ取り早いかな。
『フフフ』と絶え間なく口から幸福な笑みを垂れ流していると
「せ、先輩……?」
訝るような後輩の声が聞こえてくる。
でも、ごめんね。もう君に付き合ってあげれる程暇じゃないんだ。
だってやらなきゃいけない事がこんなにも山盛りなんだもん。
「ごめんね後輩。僕忙しくなっちゃったから
君の頭を殴り飛ばすのはまた今度って事にしよう」
「そ、そ、そんな予定永久に破棄していただいて結構ッス!!!!」
僕の質問1つまともに答えられないダメなヤツだったけど、君が役にたったのも事実。
そのお礼も兼ねて、ちゃんと『意味わからへんわ!』ってツッコンであげたかったんだけど、本人が破棄していいって言ってるしここは素直に甘えとこうかな。
「そうかい?悪いね。
それじゃ僕は作業に入るから、もう帰ってもらって構わないよ」
上機嫌にそう告げると、後輩の顔がパーッと笑顔になる。
何とも間抜けなツラだけど、汚泥のような君にはよく似合ってると思うよ。
「じゃあ、俺これで失礼しますッス!!!」
騒がしい挨拶を残して後輩 (汚泥)が僕の部屋から出ていく。
でもすでに作業に入っていた僕の耳には届かなかった。
それじゃまずはVRMMORPGを作らなきゃね。
だって、まずは僕の創った『ヒドイ世界』へ連れてくるヒトを選別しないといけないからね。
そう――
ヒドイ世界にそっくりなVRMMORPGを作ろう。
だって『よく似たVR世界』で楽しそうに生きるプレイヤーだったら
きっと『ヒドイ世界』でも楽しく生きてくれると思うんだよね。
だから――
ヒドイ世界にそっくりなVRMMORPGを作ろう。
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VRMMORPG『ライフライフライフ』
αテストを開始したこのVRMMORPGは熱狂的なまでの歓迎でヒトに受け入れられる。
従来のVRゲームが陳腐に思える程に卓越したVR技術。
まるで本当に生活しているかのような臨場感は多くにヒトを虜にした。
システムの自由度も群を抜いており
『考えつくことの大半が実現できるゲーム』とまで評されたモンスタータイトルだ。
ゲーム名までも斬新だ。
従来のVRMMORPGのような『○○オンライン』というタイトルではなく『ライフライフライフ』
まるで『もう一つの生活 (ライフ)』をプレイヤーに提供する
という開発陣の熱いメッセージが伝わってくるような熱いゲーム名だ。
世界初。神様プロデュースのコンピューターゲーム。
異質ともいえる高い完成度を持つそのVRMMORPGは、このようにしてヒトビトへ浸透した。