エリート戦士
神様でも解決できない3つの命題というものがあるらしい。
『命題』なんて大層な言葉を使ってるんだけど、実際にはゲームだった頃の名残みたいなものらしいんだけどね。
まずこの世界には『従順なモンスター』っていうのはいないらしい。
つまりモンスター全員が好戦的なヒャッハー!野郎らしいんだ。3Lマジ世紀末。
まぁ『モンスターとガチバトル!』がコンセプトの時点でお察しなんだけどね。
大人しいモンスター相手じゃ血沸き肉踊らないでしょ?
で、二つ目に『豊穣の大地』つまり畑がないらしい。
何でも、野菜にしろ果物にしろ決まった場所にリポップするから、それを収穫して食料にしてるらしい。3Lマジサバイバー。
それにしても固定位置にリポップって……正にゲームそのまんまのシステムだよね。
セーブポイントの時も思ったんだけど、異世界!とか言ってる割にゲームシステムが残りまくってるよねこの世界。
あ、ちなみに放っておけば勝手にリポップするから、耕したり水あげたりする手間はかからないらしい。
『楽チンじゃん!』と思うことなかれ、世の中そんなにウマイ話はないんだよ。
確かに農作業に費やす手間は省けるんだけど、その代わりリポップする場所まで収穫に出向かないといけないから、むしろ普通に農業するよりも手間がかかるらしい。
更に収穫用のギフトっていう専用のギフトがあるらしく、収穫できる人も限られてるとか。
ってか収穫用のギフトって……。
野菜を収穫するためのギフトってどんなギフトだよまったく……。
で、これが最後になるんだけど三つ目の命題として
この世界には『おいしいご飯』というものがないらしい。
……キタキタキターッって感じだよねぇ。
なんでもαテストの頃は、どの料理もパクッとかじればキラッと光って消えちゃう仕様だったから、そもそも味自体が存在してなかったらしいんだ。
普通に食事できるようになったのはβテスト――じゃないか『この世界』になってかららしい。
でも肝心の味の方がヒドイ事になってて、プレイヤー様方が絶賛絶望中でいらっしゃるんだとか。
プレイヤーも改善に向けたチャレンジを色々試してみたらしいんだけどね。
この世界に来てまだ三日しか経ってないのに、色々チャレンジ (笑)ってとか思ったけど、考えが甘かったのは僕の方だった。
何でも、この世界に来て半日後には
『こんなもん食ってられっかーッ!!』
ってキレた一部のプレイヤーたちが徒党を成し、食の改善に動き出したっていうから凄まじいよね。
生のまま食べてみたり、焼いてみたり、蒸してみたり、揚げてみたり、煮てみたり、干してみたり。
言葉にすると簡単だけど、火加減や加熱時間を調整しつつの作業だったらしく、かなり鬼気迫る雰囲気だったみたいだよ。
でも結果は全滅。
まず野菜だろうと果物だろうと生は一切ダメだったらしい。
実際に生食した勇者たちの尊い犠牲の元、彼らは『生の食材=口に入れる事すら出来ない』という心理に辿り付いたようだ。
……ちなみにどの食材も、口に含んだ瞬間意識を刈り取られるような味がするらしいんだけど、残念ながら僕にはどんな味なのか想像もつかなかった。
そうなると残る希望は加熱した食材になるんだけど、こっちもやっぱりダメだったらしい。
小麦を捏ねればパンになるし、肉を焼けばステーキになるから、調理方法は現実とまったく同じなんだけど、出来上がった料理が決定的に違っていたらしい。
粉と水の配分を変えようが、捏ね方や寝かす時間を変えようが
そんなのお構いなしに、パンは常に紙粘土のような食感と味に仕上がってしまうらしい。
肉が厚かろうが薄かろうが、弱火でじっくり焼こうが、強火で一気に焼こうが
やっぱりそんなのお構いなしに、ステーキは常にゴムみたいな食感と、耐え難い獣臭さを振りまく肉片に成り果ててしまうらしい。
で結局、色々と試行錯誤を繰り返した結果
『唯一普通に飲み食いできるのは水と塩だけ』っていう何とも心抉る結論だけが残ったらしいんだ。
もうホント勇者たちは泣いていいと思う。心の底からさ。
とまぁ、説明が長くなっちゃったけど
神様でも解決できないこの世界の『命題』っていうのはこういうものらしい。
で、ここで僕の【料理】ギフトの話が出てくるわけなんだ。
『めいだいはいはん』っていうのは、つまり『命題背反』
神様ですら成し得なかった『美味しいご飯』が作れちゃうギフトを僕が持ってるって訳で。
しかもどうやら【料理】ギフトを保持してるのは、今の所僕一人だけみたいなんだよ。
何か思ってたよりも大きな話になってない……?
お前たちは一体僕をどうしたいというんだね。
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「そんじゃ早速明日からバトりに行くから、ウマい飯頼むぞ涼太ッ!」
ブレない。僕の従兄弟はホントにブレない。
命題についての説明が終わってから3秒でこの発言。皆さんどう思います?
何なの。その飽くなき破壊衝動は。もっと違う発想ができないもんなの?
「そうですね!出来れば数日は【料理】ギフトの実験にお付き合いいただきたかったんですが、取り敢えずは今日一日だけでよしとしましょう!」
でこっちもこっちでブレない。エキセントリック少女もホントにブレない。
ってかお前ら、僕の了承を得ずに物事を決めるのをいい加減に止めて――いやちょっとだけでいいんで譲歩してくれませんか?
無理ですか?無理ですね。……そうですか。
「でも、食材なんて用意してないんだけど」
せめてもの抵抗にそんな事を言うと、従兄弟が力強く頷いた。
「じゃあ、俊平起こして買い物に行かせるか」
はい。問題解決です。無駄な抵抗だったよ。チクショー。そういえば居たなーそんな人……。
入口付近で崩れ落ちたままの俊平君を見ると、夢見が悪いのかウンウンうなされてるみたいだ。
無理もないか。従兄弟の渾身のツッコミストレートがお腹に突き刺さってたもんね。
え?僕の投げたパンは関係ないよ。
だってパンなんてコツンって当たったくらいだもん。で従兄弟のパンチはズドゴォォォォォォ!って感じだよ?どう考えても犯人は従兄弟に決まってるじゃないか。
そんな自己弁護的な事を考えながら、トコトコと俊平君の元へ歩く従兄弟を眺める。
ヤツは俊平君の傍で仁王立ちすると、デカめの声量で一声吠えた。
「起きろッ!」
き、気絶してる人に対してそれは――
「ふぁいッ!?」
有効だったらしい。
いい具合に寝ぼけた感じの返事をしつつ俊平君の目がパチッと開く。
彼は淀みない動作で立ち上がるとピシッと背筋を正し、流れるように言った。
「只今復活したッス!中衛担当。得意武器は投擲ッス!戦場はどっちッスか?」
コ、コイツ……訓練されてやがる。
きっと今まで何十回、何百回と『気絶する→復活する→戦線に復帰する』というサイクルを繰り返してきたんだろう、動きに淀みがなさすぎる。
そりゃ復活して『あれ、ここはどこー?』なんて言ってるようじゃ一人前の戦士とは言えないもんね。流石は『ガチバトル志向のMMORPG』3Lの経験者は格が違った。
で、そんな一人前の戦士が育っちゃう過酷なガチバトルの世界に明日僕はドナドナされようとしてるわけで……。
エキセントリック少女が言った『初心者は食べられたり、ちぎられたり、焼かれたりしながら強くなる』という言葉は、比喩でも何でもなくそのまんまの意味なんだと改めて理解させられた。
きっとαテスト参加者――つまり僕以外の全員が、一人前の戦士に育っちゃってるんだろう。
モグモグ噛まれたり、ビリビリに引き裂かれたり、ブッチンとちぎられたり、コンガリ肉にされたりする度
死に戻りしながら少しづつ『本物』の戦士になっていったんだな。
10回死んだヤツは戦士だ。
100回死んだヤツはよく訓練された戦士だ。
1回も死んだ事ないヤツ?そいつは最高にイカれた飛びっきりの戦士か
――剣も握ったこともねぇ甘ちゃんかのどっちかだな。
言うなれば3Lというのは『死に戻り』を前提として作られたゲームだったんだ。
悲惨な最期を重ねる毎に、少しずつ少しずつプレイヤースキルや精神面が鍛えられて、やがて『本物』になっていく戦士育成ゲームだったんやッ!
つまり何が言いたいかというとね。
『死に戻り』の庇護もなくなって、パーフェクトに世紀末なこの世界に初心者の僕を投げ出すなんて
――正気の沙汰じゃねにも程があらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
甘く見てたァァァァァ!
無意識的に『所詮はゲームでしょ?』なんてちょっと甘く見てた結果がコレだよッ!
だって普通想像つかないでしょッ!?
どこの世界に『目覚めるなり直立不動で自己紹介。その後直ちに戦線復帰を希望』しちゃうようなエリート戦士を誕生させるゲームがあるなんて想像できるってんだよッ!
僕は判断を誤ったぞジョジョーッ!!
ついつい流されちゃったけど、これアカンヤツや!!刺し違えても抵抗するべき事案だったんやぁぁぁぁ!!!!
流石に死んじゃいますッ!!
僕は、そんな戦士としてのスキルも心構えも、一切持ち合わせませんからぁぁぁぁ!!
「あれー?ここどこッスか?」
ようやくここが戦場ではないと理解したらしい俊平君が、そんな間の抜けた事を言い出す。
ビシッと張ってた背筋も心なしか丸まったように見える。恐らく緊張状態から解放されたって事なんだろう。
で、お約束通りならここで『お前何寝ぼけた事言ってんだよー』みたいなツッコミが入って、ひと笑い起きるだけどそんな気配は一切ない。
ビックリすることに俊平君のお寝ぼけ発言は、普通に受け入れられていた。
何だよこの『え?彼の行動はここじゃ当たり前ですしおすし』的雰囲気は!どこの軍隊だよここッ!
もうヤダ付いてけない。お家帰りたいでゴザル……。
って弱ってる場合じゃなかった!
ここには味方なんていないんだから僕がしっかりしないと死あるのみだ。
ど、どげんかせんといかん……!
今からでも遅くはないはずだ……!考えろ!考えるんだ涼太ッ!
お前なら出来るッ!きっとこの絶望的な状況を覆せる!だから頑張って僕!!
取り敢えずは【料理】ギフトで時間を稼ぎつつ、うまい言い訳を考えてみよう。
準備万端整えつつも臨機応変な対応を心がけよう。
難易度の高い交渉になるだろうけど、気を抜かずに最後まで頑張るぞ。
「涼太が飯作ってくれるから買い出し頼む。あ、肉多めで頼むぞ」
早速従兄弟が俊平君をパシらせようとしている。
部屋に入るなり夢の世界に旅立った俊平君に、経緯を説明してやろうという気持ちは一切ないらしい。まぁ『僕がご飯作る』って話をすれば意味は伝わるだろうから些細な問題なのかもしれないけど。
「あ、色んな食品からデータを取りたいので、野菜やお魚もお願いしますね!」
で、こっちもこっちで説明する気はないらしい。キラキラした目で俊平君に追加注文してる。
俊平君も特に気にならないらしく、嬉しそうに笑うと
「おー!早速【料理】ギフトのお披露目ってわけなんスね!」
元気いっぱい了解してた。
他人の僕が言う事じゃないんだろうけど
【料理】ギフトの件は置いといても、コークスクリューで気絶させられた件に対して抗議とかないもんなの……?
ニブいの?それともバカなの?
それとも気絶なんかじゃ動じない、タフな肉体と精神を既に手に入れちゃってるってことなの?
見た目パンク少年のくせしてエリート戦士としての育成が完了しちゃってるの?
「そんじゃ適当に見繕って来るッス!」
これまた元気いっぱいに、そう宣言して部屋を飛び出していく俊平君の背中を見送りつつ僕はそんな事を考えていた。
いけない。イキナリ思考が脱線気味だ……。しっかししなくちゃ。本番はこれからなんだからさ。
「なるべく早く帰ってこいよー」
「なるべく沢山お願いしますねー」
口々に勝手な事を叫びながら俊平くんを見送る二人の背中を見つめ、僕は決意を固めた。
さぁ、ミッションスタートだ。
平和な明日を手に入れるため、できる限りの力を尽くして、前向きに善処してみようと思います。
説明会だらけですね……orz
そろそろバトルとか入ってくると思います。
で、主人公のギフトの力も開花してくると思います。
こういう『前置き』は2、3話でサラッと収めたいんですが、ダラダラと長くなってしまいます。
ハフゥ……orz