職業選択の不自由
今日もまた僕の預かり知らぬところで、僕の事が決まってゆく。
従兄弟とエキセントリック少女のいがみ合いはとりあえずの決着を迎えたようだった。
非常に嫌そうな顔で従兄弟が告げてきた。嫌な予感がする。
「限定的にだが、協力してもらうことになった」
「改て不束者ですがよろしくお願いします。涼太さん」
「えっと、詳細について聞かせてもらっていいですか……?」
早速嫌な予感が当たった。泣きたいけど泣かない。だって男の子だもん。
脱力して尋ねる僕に、エキセントリック少女はそれはそれは楽しそうな様子で口を開いた。
「私こう見えても後方支援のエキスパートなんです。普通初心者さんはモンスターに食べられたり、ちぎられたり、焼かれたりしながら強くなっていくんですが、ここではそんなこと言ってられませんからね」
そう言ってパンッと両手を合わせると、彼女はさらにテンションを上げて宣った。
「という訳で少なくとも涼太さんが満足に戦えるようになるまでは私がしっかり支援する事を条件に、譲歩を勝ち取りましたッ!」
なん……だと?
あれ?ひょっとして予想してたよりもずっとヤバい事まで決められちゃってないかコレ。
何かモンスターとバトることを前提に話が進んでる気がするんですが、気のせいだよね?こんなギフトで戦えとか嘘だよね?
あ、そうかこの少女は【料理】以外のギフトの事を知らないからこんな事言えるんだ。へへッ。自慢じゃねぇが僕、戦闘用のギフト1個も持ってねぇんだぜ……?
一縷の望みをかけて従兄弟の方へ視線を向けると、ヤツは端正な顔を渋面に染め唸るように言った。
「仕方なかったんだ。でも涼太の生存率を上げるためだ。慣れるまででいいから我慢してくれ」
あ、ダメだこれ。コイツも敵だった。ガッツリ僕を戦地に連れ出す気マンマンだ。
そりゃそうですよねー。だって従兄弟とエキセントリック少女の二人で話し合って決めた事ですもんねー。
従兄弟が僕を戦わせる気がないんだったら、この話自体反故になってるはずですもんねー。ウソだと言ってよ!バーニィ!!
「ちょ、ちょっと待ってよッ!」
流石にこれは看過できない。たまらず叫ぶと
「嫌なのはわかる。俺も嫌だ。けどしばらくは我慢しろ涼太」
違げぇよ!そもそもとして前提が違げぇんだよッ!僕はそもそも戦いたくないって言ってるんです。分かってッ!お願い分かってよぉ!
「そうじゃなくて、僕モンスターと戦うなんて無理だよッ!?兄ちゃんも知ってるでしょ!僕のギフトじゃモンスターとは戦えないよッ!」
「大丈夫だ。モンスターを倒したいと想う強いガッツがあれば何でもできるッ!」
できねぇーッ!ガッツだけで事を成し遂げることができるのはチート性能のお前だけだッ!
もう1回言うぞ!できねぇーーッッ!!できるわけねぇーーーッッッ!!!
「戦えない……ギフト?」
エキセントリック少女が何やら興味を持ったみたいだけど、今はそれどころじゃない。
まずは従兄弟を説き伏せなければ、僕に明るい未来はないんだッ!
「冷静になってッ!ガッツとかというの抜きで冷静になって考えてみてよッ!!モンスターとかと戦って僕が生き残れると本気で思ってるの!?」
「大丈夫だ。俺が守るからな。その上後方支援も用意した。何が不満なんだお前?」
戦 う っ て 事 自 体 が 不 満 な ん だ よ。
何故こうも頑ななんだよ。どうして僕が『戦う事』を前提としてしか話ができないんだ!?『戦わない』という選択肢を何故除外する!?
ゲームじゃないとか言っといて『剣と魔法のRPG』気分が抜けてないのはお前の方じゃないのかッ!
「モ、モンスターと戦わずに生きるという選択肢はないんでしょうか……」
もう形振りかまってられないよ。若干涙目になりながら従兄弟にそう尋ねると、間髪置かず従兄弟は頷いた。
「モンスターと戦わないと生活なりたたないぞ?」
何その戦闘民族みたいな発想!?じゃあ何かい?この世界の職業はモンスターハンターしかないって言いたいのかい?
住民全員でひと狩り行っちゃう世界なのかい?ふざけるなッッ!!
「しばらくここで生活しなきゃいけないのは分かったからさ……。もっと危なくない普通のお仕事じゃダメなの?」
「危なくない仕事……?荷物持ちとかか?」
あるんじゃん!そういうのあるんじゃん!そりゃモンスターとバトらなくてもいいなら荷物でも貨物でも持ってみせるよ!
でも現実はそんなに甘くなかった。うん。知ってた。ただちょっと興奮して忘れてただけさ。ウウッ……。
「でも大体逃げ遅れて死ぬのは荷物持ちだぞ。戦わなくていいがリスクが少ない訳じゃないぞ?」
まさかの戦場の荷物持ちだった。ウワァァン!一瞬でも喜んだ自分がバカみたいだよぉぉぉぉ!!
「だからその戦場に出向くのが嫌なんだよ!もっとあるでしょ?ジャガイモの皮むきでも皿洗いでも何でもやるよ僕!」
さらに形振り構わず従兄弟に詰め寄ると、従兄弟はようやく合点がいったのか
「あぁ。そうか、お前そんなことも知らないんだよな」
何とも心抉るような事を言ってきた。グフゥ……。
でもここで倒れる訳にはいかない。平穏な日常を手に入れるまでは倒れる訳にはいかないんだ。
しかしそんな僕を嘲笑うが如く、従兄弟の言葉は辛辣だった。
「悪かった。そういえば説明してなかったな!えっとな、この世界でそんなバイトみたいな仕事はないぞ」
なん……だと?
「ああ。悪い。正確に言うと職種としては存在してるんだけど、3Lのプレイヤーとしてコッチに移ってきたヤツらには回してもらえないんだよ」
「ど、どういうこと……?」
「この世界じゃそういうのギルドが一括で管理してるんだが、何故か俺たちには"受注資格がない"とかで、そういう仕事回してくれないらしいんだ」
じゅ、受注資格がない……?この街ではバイトするのに資格試験を受ける必要があるっていうの?
芋の皮をむく資格って何?家庭科調理技術検定の4級なら持ってるんだけど、それじゃダメなの?
様々な疑問が一瞬で頭の中を埋め尽くす。だって従兄弟の言ってる事の意味が分からない。
いや意味はわかるんだけど、なぜそんな事態になってるのかが分からないんだ。
「混乱されてるようですね」
不意に横手から声をかけられて、無意識に振り向くとエキセントリック少女が目を光らせて僕を見つめていた。
「その辺の詳しい説明でしたら、私からさせていただきますよ!」
「近づくな!涼太には俺が教えてやるから、お前は黙ってろ!」
咄嗟に従兄弟が噛み付くが、少女はフフンと鼻で笑って得意気に言った。
「さっきから黙って聞いていれば、なんと適当で曖昧な解答をされるんですか。
私だったらパーフェクトな解答ができるので、後は私にお任せ下さい?」
見た目だけは可憐な少女のドヤ顔。清楚な顔つきなのにドヤ顔。スゴくミスマッチなはずなのに、何故だろう。すっごくしっくりくるんだ……そのドヤ顔が。
「この世界の全てを知ってるわけじゃないですが、少なくとも私が知らない事を他の誰かが知ってるなんて事はありえません。
"情報ジャンキー"の二つ名は伊達じゃないってところを、今こそお目にかけみせますよ」
うん。非常に頼もしい発言だけど一つだけ言いたい。情報ジャンキーは二つ名じゃない。絶対蔑称とか悪口とかそういうのだ。
でも彼女にとってそれは勲章みたいなもんなんだろう。だってこんなにも自信満々なんだもん。しかしそれまで自信満々に輝いていた少女の瞳に言い知れない"にごり"のようなものが浮かぶ。
「……というわけで涼太さんの【料理】ギフトなんて色んな意味で本来あってはならないギフトなんですよ?とりわけ私の知らないギフトなんて許されざる存在なんですから……」
怖い……。え?何?それって僕が悪いんじゃないよね?
内心ガクブルしてると、彼女の瞳から狂気じみた"にごり"がフッ消える。元のキラキラした瞳に戻った彼女はふんわり笑うと言った。
「すいません。話が脱線しましたね。今は涼太さんに恩を売る絶好のチャンスだというのに大変失礼しました」
思ってても口に出しちゃダメなんじゃないそういうのって?この娘バカなのかな?情報ジャンキーのくせにバカなのかな?
「というわけで涼太さんが疑問に思われてるこの世界の"システム"について説明させていただきますね」
戸惑う僕。睨みつける従兄弟。それらを完全無視して少女はとても楽しそうだ。
にしても"システム"か……。従兄弟が『何故か俺たちには受注できない』とか言ってた『何故か』の部分をこの娘は知ってるってことなんだろうな。
チラリと従兄弟に視線を向けると、渋々なんだろうけど反対する気はないみたいだ。
バカみたいだけど従兄弟はバカじゃない。っていうかスゴく頭はいい。自分が説明できない事をエキセントリック少女が知ってるというのなら、止めはしないと思う。その程度の分別はある……と信じてるからね僕。
「あの、それじゃ説明してもらっていいでしょうか?」
おずおずと少女に申し出てみると、彼女は『はい』と穏やかに返事をして頷いた。
こうして見ると普通に可愛らしい女の子なんだけどなぁ……。思わず残念すぎる彼女の内面を思い出しかけて僕は意識を逸らした。
「まず事実確認からいきましょうか。すでにご存知の通り我々βテストに参加した者たち――そうですね便宜上"プレイヤー"という言葉を使いますが、プレイヤーがギルドで受注できる依頼は大きく分けると"討伐"、"採取"の2つだけですね」
「討伐と採取……?」
少女の言葉をオウム返しに呟くと、満足そうに少女が同意する。
「はい。細かい説明はここでは割愛しますがどちらもモンスターを倒すための依頼ですよ。
ここでは規定数のモンスターを殺すのが討伐依頼。モンスターからのドロップ品を規定数納品するのが採取依頼とご認識ください」
キッパリと言い切られて思わず言葉を失う。従兄弟から聞いて知ってはいたけど、改めて『それしかない』と断言されちゃうと流石にクるものがあるなぁ……。
「とはいえギルドが斡旋する仕事が"討伐"と"採取"の2つだけというわけじゃないんですよ。というかこの世界での仕事は例外なく全てギルドを通して斡旋されてますからね。
涼太さんがおっしゃった芋の皮むきや皿洗いの仕事も当然ギルドが斡旋してるわけです」
「それじゃ……!」
思わずこぼれ出た僕のセリフを遮るように少女は続けた。
「でもプレイヤーは受注できないんですよ、そういう依頼。いいですか?繰り返しになりますがプレイヤーが受注できるのは"討伐"と"採取"の2種類だけです。
以上を踏まえた上で本題に入りましょうか。では『どうして受注できないのか』。理由はとても単純なんですよ」
淡々と告げる彼女の言葉にゴクリと生唾を飲み込む。
だって彼女は僕が知りたかった理由を知ってるんだもん。その内容如何によっては絶望するかもしれない、その理由を。
彼女は人出し指をピッと勢いよく立てるとニコリと微笑み言った。
「プレイヤーにはその"資格"がないからなんです」
「さっき、兄ちゃんが言ってた受注資格ってヤツですか……?」
記憶を辿る間でもなく思い出せる。確かに言ってた。受注しようとしても『受注資格がない』って理由で断られるって。
「はい。もっと詳しく言えばそういうお仕事を受けるための"ギフト"を持ってるプレイヤーがいないんですよ」
「ギフト……ですか?」
「ええ。つまりギルドは"その仕事を任せられる人"をギフトのみで判断してるんですよ」
ちょっと待って欲しい。今サラッととんでもない事を言わなかったかこの娘。ギフトが受注資格って……それってスゴく困った事態にならないだろうか?
確かギフトって再取得とかできなかったよね?ってことは今受注できない仕事は一生受注できないってことになるの?
「えっと、ギフトって着脱も、取り直しもできないんじゃなかったですっけ……?」
恐る恐る確認すると、一瞬『そんなことも知らないの?』とでも言いたげな顔をした後で少女は言った。
「そうですね。プレイヤー目線で言えばキャラクターを作成した時に選択した10個のギフトを変更することはできません。
まぁ派生や共鳴で数自体はモリモリ増えるんですけどね」
そうだった!忘れれたけどギフトって増えるんだったよねッ!じゃあまだ望みが絶たれた訳じゃなかったんや!
「じゃ、じゃあ!将来ギフトが増えた時にそういう仕事を受注できるチャンスもあるってことですよねッ!」
思わず興奮して一息にそう言い切る。が、少女は無情にもプルプルと首を振った。え……ダメなの?
「それは無理ですね。芋の皮むきや皿洗いに限らず、所謂普通のお仕事を受けるために必要なギフトは、言葉は悪いんですがプレイヤーが取得してるギフトよりずっと下級のギフトなんです。
派生も共鳴も基本的によりランクの高いギフトしか生み出しませんので望みは薄いですね」
「下級のギフト……?」
「ええ。お仕事の受注資格がギフトだってことは、この世界に住むプレイヤー以外の人たちもギフトを持ってるのはご理解いただいてますよね?」
いえ、テンパってて今気づきましたよ。でも言われてみればそうか……。
僕たちプレイヤーが受注できないってことは"他の誰か"が受注してるはずだもんね。そりゃNPC――とは流石に呼べないか……。この世界の人たちも当然ギフト持ってるはずだ。
「ということは、この世界の人たちの持ってるギフトって僕たちとは違うものなの……?」
「お察しの通りです。そしてこの世界の方々が持つギフトというのが、プレイヤーの持つギフトの劣化版とでも言うべきギフトなんですよ」
なるほど。それでさっき『下級のギフト』って言葉を使ったのか。
「例えばそうですね、クリーニング屋で仕事をするためには【洗濯】というギフトが必要なのですが、これは我々プレイヤーの持つ【洗浄】という生活魔法の劣化版ですね」
「それはどう違うの?」
【洗濯】と【洗浄】の違いがピンと来なくて質問すると
「掻い摘んで説明すると【洗濯】は衣服のみの洗浄を行い、【洗浄】は衣服と身体の洗浄をまとめて行う事ができるんです。
そんなことより大事な事に気がつきませんか?」
「え?」
生活魔法って確か【帰還】とかもあったよね。などと呑気な事を考えててろくに返事もできなかった。
そんな僕に微かに苦笑いすると彼女は言った。
「私がこちらの世界の方々のギフトを"下級"と表した、その意味をですよ」
「確かに【洗濯】より【洗浄】の方が高性能だよね――」
そう言葉にした瞬間、何となく彼女の言わんとしてることが分かった気がした。
「えっと、確認なんだけど生活魔法ってギフトとして取得してなくても誰でも使えるんですよね?」
「ええ。"プレイヤー"なら誰でも使えますね」
態々プレイヤーの部分を強調される。
「なるほど……。確かにプレイヤーのギフトとこの世界の人たちのギフトじゃ、相当違いがあるみたいですね……」
"違い"というかここまでくれば最早"格差"と言ってもいいかもしれない。
ギフトとして取得せずとも与えられる【生活魔法】
さらにその【生活魔法】の一部である【洗浄】の更に劣化版でしかないという【洗濯】
確かに劣化版というのも憚られるくらいの劣化っぷりだ。
僕たちプレイヤーの立場って"優遇されてる"なんてレベルじゃないよねこれ。
こんな所でも格差社会か……。
間違いなく勝ち組に属するんだろうけど、素直に喜べないのは残念すぎるギフトのせいなのか……。
しんみりと世の無情を嘆いてたら、少女がまた飛んでもないことを言い出した。
「しかもこの世界の人々の大多数は1つしかギフト持ってませんからね。稀に2つ以上のギフトを持って生まれて来る人もいるんですがそれもごく少数なんですよ」
何それヒドい。超劣化版のギフトを1個だけとかハードモードもいい加減にするべきだと思うんだ。しかも少女の口ぶりからすると自由に選択すらできないみたいだし。
「なのでギフト的に見て我々プレイヤーはこの世界の人々よりも何倍も、いえ何百倍も優遇されてるっていうのはご理解いただけましたか?」
これには何の疑問もなかったので無条件で頷く。僕の返事を確認してから彼女は言った。
「ではそれを踏まえた上で、疑問には思いませんか?
ギフト的に優れた我々に受注できない仕事を、この世界の人々は普通に受注できちゃってるんですよ?どこかおかしいとは思いませんか?」
言われてみれば、確かにその通りだ。
詳しいことは全然分からないけど、少なくとも【洗濯】ギフトでクリーニング屋の仕事を受注できるんだよね?だったら【洗浄】が使えるプレイヤーもクリーニング屋の仕事が受注できてしかるべしじゃないの?
「確かにどこかおかしいと思います」
「ですよね。我々の感覚ではそう思うのが当然ですよね」
我々の感覚。つまりプレイヤーの感覚って事か。ってことは――
「この世界の人たちの感覚で言えば違うってことですか?」
「はい。その通りです。ここからがこの話の肝なんで、しっかり聞いておいてくださいね」
そこでいったんセリフを止めて、彼女は咳払いした。
瞳はこれまで以上にランランと輝き、その瞳から『伝えたい!』という欲望をビシバシ感じる。彼女は大きく息を吸い込むと一息に言い切った。
「この世界は"仕事はなるべく譲るもの"という倫理感を基本に構成されているようなんです」
どうしよう。メッチャ得意気に説明されたんだけど、サッパリ意味が分からないんですが……?
折角満を持して発表してもらったんだけど、正直返す言葉が見つからない。
「えーと……」
それでも何か返そうと口を開いた僕を遮って、再びテンション高く彼女が言った。
「つまりこれは資本主義とも社会主義とも違う全く新しい社会の在り方だと思うんです!
我々の感覚だと学歴の高い人、多くの資格を持つ人なんかはたくさんの職業から好きな職業を選べますよね?」
いわゆる"将来の可能性を広げるため"って事だよね?
職業に貴賎はないけど、だからってどの職業でも無条件に就ける訳じゃない。
ある程度の学歴がないとダメだったり、ある特殊な資格を持ってないと就けない職なんかも当然ある。
だからそういう職を目指す人は勉強して大学を目指したり、必死になって国家資格を取ったり頑張る事になるんだよね。
とはいえ資格を取ったからといって、必ずしもその職業を選択しなければならないという訳でもない。
資格はとったけど他の仕事に就く人なんていっぱいいるもんね。増えた選択肢からどの職を選ぶかなんてそれこそ個人の自由だからね。
「でもこの世界ではこの考え方が逆なんですよ!この世界では"他人でもできる仕事は他人に譲る"というのが基本倫理なんです。
つまり必然的に"自分でなければ出来ない仕事"、"その仕事の適正を持つ者が少ない仕事"を受注する仕組みになっちゃってるんですよ」
なるほど。非常に分かりにくいけど、何となく彼女の言ってる意味が理解できてきたぞ。確かに他に類を見ない社会構造みたいだ。
自分でなければ出来ない仕事。これはオンリーワンの仕事ってことだ。
その仕事の適正を持つ者が少ない仕事。これは難しい仕事ってことだ。
例えば求人雑誌に載ってるアルバイトなんかは年齢さえクリアすればOKなものもあるけど、弁護士は司法試験に合格した人しかなれない。
この場合アルバイト求人の条件を満たす人の数よりも、弁護士になれる条件を満たす人の数の方が少ないんだから、この2つを比べると弁護士の方が"その仕事の適正を持つ者が少ない仕事"になるわけだ。
つまりこの世界では司法試験に合格した人はアルバイトが出来ないような社会構造になっちゃってる訳か……。
「ってことは、【洗浄】が使えるプレイヤーにクリーニング屋の仕事を斡旋しないのは、【洗濯】を持ってる人に"仕事を譲った"結果だってことなの?」
「うーん。それはちょっと違います。【洗浄】が【洗濯】より優れているっていうっていうのは事実であって理由にはなりえませんね。
そうじゃなくて我々がクリーニング屋の仕事に就けないのは"討伐"や"採取"の仕事の方が、クリーニング屋の仕事よりも"その仕事の適正を持つ者が少ない仕事"だからなんです」
「職業選択の自由はないんですか……?」
そう尋ねると、彼女は少し困ったような表情になった。
「聞いたところによるとあるらしいですよ。絶対的に決まってるんだとしたら"討伐"と"採取"の2つから依頼を選択できる事自体不自然ですからね」
確かにそうか。選択肢とも呼べないけど、形としては討伐か採取か自由に選択できてるわけだもんね。
「じゃあプレイヤーがその2つ以外の仕事を選択できない理由は何なんですか?」
「ここからは私見なんですが、それだけ"討伐"と"採取"の優先度が高く設定されてるって事なんだと思います。
こちらの世界の方だと常に100個以上の職業選択肢があるみたいなんですよね……。ただこの辺りの情報は何故か規制が厳しいらしくて大分憶測が混じりますけど」
そう言って悲しそうに笑ったところまではよかった。つまりここまではよかったって事なんだ。
それまで浮かべていた悲しげな表情を消すと、彼女は頬を膨らませて、明らかに拗ねたような表情になった。
「参りましたよホント。泣いても、喚いても、縋っても、脅しても、誘っても、物理的な痛みを与えても、精神的な苦痛を与えても、大事な"何か"を奪っても、取り返しの付かないようなヒドイ事をしても、全然口を割ってくれないんですもん!」
ちょっと待て。内容もツッコミ所しかなかったけど、そんなことは今はどうでもいい。所詮は他人事なんだから。
無駄な事は聞かない。だから1つだけ教えて欲しいんだ。もしかして今言った事を順番に試した訳じゃないんだよね?誘ってみてもダメだったから痛み (物理)を与えたって流れなんかじゃないんだよね?ね?
僕ってばさっき君からの告白断っちゃったんだけど、今日も枕を高くして寝てもいいんだよねッ!?誘いを断っても襲撃される心配はないんだよねッッ!?
恐る恐るエキセントリック少女を伺い見ると、思いもかけない所から声をかけられた。
「大丈夫だ!きっちり返り討ちにしてやるからなッ!」
あぁ!初めてだぁぁぁ!!お前が僕の従兄弟でヨカッタって生まれて初めて思えたよぉぉぉぉ!!!!
バンッと力強く僕の肩を叩いて、元気よくナイト宣言をした従兄弟に僕は本気の本気でそう感動した。そう――
「これでお前も観念しただろ?」
こんな事を言われる直前まではな。
「へ……?」
「へじゃない。つまりアイツの話をまとめると俺たちはモンスターとバトるしかないって事だっただろ?」
言われてみれば……。アレ。これって最悪の展開ってヤツじゃなかろうか?
「涼太のお陰で唯一の悩みだった飯の心配もしなくて済みそうだし、明日からバリバリ狩るぞッ!」
「い……」
能天気な従兄弟の声が脳に刺さる。
「そうですね。私も微力ながら精一杯頑張りますので、契約通り【料理】ギフトについての情報開示と、調査と、研究にご協力お願いしますね!」
「い……」
聞いてない。そんな契約聞いてない。けど、そんな事を考えれる程この時の僕は冷静ではいられなかった。だから――
「じゃあ今後こそ改めて職員呼んでくるか」
「そうですね。【料理】ギフト……どんなギフトなのか非常に興味深いです」
お前ら仲悪かったクセに息ピッタリだな。なんてツッコミすらすることなく
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
僕は力の限りに絶叫した。
こんな悲しい気持ちになるのは初めて――じゃないことにさらに絶望した。
説明会になっちゃいました。
あ、後言い訳なんですがエキセントリック少女、悪い娘ではないんです。
彼女なりに一生懸命なんです!一生懸命なのにズレてる人なんです!!
彼女の考え方なんかはおいおい出していけたらいいなと思います。
好きにはなれなかもしれませんが、嫌わないでやってもらえると嬉しいです。