口論
ハイテンションで部屋に帰ってきた俊平君。
僕が投げつけた紙粘土パンを食らって『グフッ』って言ってた。
そして
「ギルド職員連れてこいって言っただろッッ!!」
従兄弟の放つコークスクリューを腹に受け『ゲピッ』って言ってた。
それを見て僕は、従兄弟の攻撃受けると皆『ゲピッ』って悲鳴が出ちゃうんだなぁと思った。
特に俊平君の心配はしなかった。
なぜならテメェは俺を怒らせた。自業自得。甘んじて受けろよパンク少年。
床に崩れ落ちた俊平君の後頭部を冷ややかに見下しつつ僕は小さく笑った。
ノンキに笑ってる場合じゃないと気づいたのは、それからきっかり3秒後のことだった。
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俊平君が連れてきた女の人は、清楚な感じの綺麗な人だった。背はあんまり高くないから150cm前後かな?
とにかく彼女はギャーギャーと喧しい従兄弟の脇をすり抜けて僕の前まで歩いてくると、僕の手をとりこう言った。
「私を抱いてください」
ダメだ。どうしよう。おかしな人がまた増えた。
なになに何なの?この世界ってこんなブッ飛んだ人たちばっかりなのッ!?
あまりにも唐突に脈略のない事を言われ固まっていると
目の前の女の子はハッと何かを思い出したように目を見開くと慌てて言い足して来た。
「ご安心を。私は処女です」
えーっと、それを聞いて僕にどうしろと……?
それって重要な事?あ、いや。女の子にとって大事な事なんだろうけど、今伝えなきゃいけないこと……?
流石になんと答えていいか分からずポカンと目の前の女の子を見つめていると横手から唐突に声をかけられた。
「離れろッ!ソイツは俺の従兄弟だぞッ!俺の許しもなく口説くなッッ!!」
いや、お前の言い分もたいがいおかしい。おかしいけど今は不問にする。とりあえず僕をこの意味不明な状況から救ってください。
しかしそんな僕の祈りも虚しく彼女は「あっ」と一声漏らすとペコリと頭を下げつつ告げてきた。
「そうでした。まずこれを言わないといけないんでした」
そこでいったん言葉を区切ると、彼女はそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「私を涼太さんの彼女にしてください」
「うん。ごめん。まずは状況を説明してくれるかな」
僕の返事が告白の返事としては最低だっていうのは分かってる。けど、この場では最も正しい返事だったはずだ。
突然現れたおかしな少女とのファーストコンタクトは、まぁこんな冴えない感じだった。
常時ハイテンションな従兄弟。お使いすら満足にできないダメ男。そしてエキセントリックな告白をする少女。
この世界はちっとも僕に優しくない。なんだこの登場人物の顔ぶれは。喧嘩売ってんのか?もしそうだとしても僕は絶対買わんぞ。100回謝るから勘弁しろコノヤローが。
半ばブチ切れテンションで僕を少女から引っペがした従兄弟は、不満を唱えるエキセントリック少女の言い分を完全に無視して早速尋問を開始した。
僕?僕はベッドの隅で膝をかかえて完全にやさぐれてますよ。だってこの世界は僕にちっとも優しくないんだもん。
初っ端の発言からしておかしな人だとは思ってたけど、エキセントリック少女はやっぱりおかしな人だった。
「そもそも何でお前がここに来るんだよッ!」
「何ですかその言い方は!私はそこにいる金髪の男の子に招かれてここに来たんですよッ!」
「だからどうしてそんな事態になったと聞いてるッ!俺はギルド職員を連れてこいって言ったんだぞッ!」
「そんなの私に分かるわけないじゃないですか!私を職員だって勘違いしたのはその金髪君なんですから!」
確かにそうだ。これは少女の言い分が正しいよね。
でも従兄弟は少女の訴えをバッサリと切り捨てると、吐き捨てるように言った。
「どうせ勘違いさせるような事言ったんだろお前がッ!」
「私はただ……。全身で『面白い事考えてます』って主張してる男の子が、ギルドの受付でキョロキョロしてたから『当ギルドに何か御用ですか?』って尋ねただけですッ!」
だけですじゃないです!そりゃ『当ギルドに何かご用ですか?』なんて聞かれたら誰だって相手は職員だって思っちゃいますよ!?
つまりこの人確信犯じゃないですか。面白そうな事がありそうだからって自分から首を突っ込んできただけじゃないですかぁぁぁ……。
思わずエキセントリック少女の方へチラリと視線を送ると――ガッツリ視線があってしまった。ヒィッ!
身体が固まって視線を逸らせずにいると、彼女は僕と視線を合わせたままそれはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「とはいえまさか私の知らないギフトを持ってる子がいるなんて流石に想像もしませんでしたよ!
いやー。諦めずにギルドを張り込んでた甲斐がありましたッ!」
何か怖い事言ってるぅ……。少しだけ狂気じみた事言ってるよぉぉ……。
何なの張り込みってぇぇ。『さも当然の事』みたいな口調で言われても到底納得できないよぉぉぉ。
「しかも聞くところによると【料理】なんて素敵なギフトらしいじゃないですか」
しかも内容までズブズブにバレてるし……。でも考えてみればそりゃそうか……。
確信犯で近づいたんだもんね、そりゃ金髪君から絞れるだけの情報絞っちゃいますよねー。
妙なところで関心していると、少女の視線が再び僕を捉えた。
強い決意をにじませたその目力に圧倒される。信念のこもった根性のある視線だった。勘弁してください。
「もちろん私に関係ないことはわかってますよ」
意外にも分を弁えたセリフだったけど、言いたいことはそんな事じゃなさそうだ。
だってこの人全然諦める気ないって顔してるんだもん。言ってることと表情が180度違うんだもん。
「まぁ、関係はなくとも興味はあるんですけどね」
そら来たぞ……。多分諦めるつもりはないとか宣言するつもりなんだろうな。
そんな事を考えてゴクリと生唾を飲んだ僕は――やっぱりどこまでも甘ちゃんだったらしい。
「そして私は自分の興味を満たすためなら命を懸けますので、そのおつもりで」
なん……だと?
いやいやいやいや。ちょっと待って。何?命懸けちゃうってどういうことだってばよ。
「俺も命を懸けてお前を排除してやるからな」
って、お前もかーいッ!
二人ともそんなに軽々しく命を扱っちゃメッでしょ!?命は大事に使えば死ぬまで使えるんだよッ!?
ガンガンいこうぜにも程があるよッ!少しはいのちだいじに行こうぜッ!!
しかし僕の願いも虚しく二人は再びヒートアップし始めたようだった。
「そう言うだろうと思ってましたよ。金髪君の話ではアナタは涼太さんの従兄弟なんですよね?」
「違う。"大事な"従兄弟だ。俺にメッチャ懐いてる」
大嘘つきッ!センセーここに大嘘つきがいますよッ!!
いつ僕がお前なんかに懐いたっていうんだよッ!歩く鬼門のくせに何堂々と宣言しちゃってるのさッ!
「そう。聞くところによると涼太さんはαテストに参加されておらず、この世界で頼れるのはまさにアナタ一人だけとお聞きしました」
「メッチャ懐いてるし、俺を頼りまくってるからなッ!」
止めろ!嘘を重ねるなッ!ツッコミが追いつかないじゃないかッ!
ってか少女も止めてよ。何だよこの展開。君は一体何が目的でこんな不毛な事を言い出したんだよッ!この話題今すぐ止めてよ!
そんな僕の心の声が聞こえたわけでもないだろうに、少女は静かに目を閉じると凛とした声音で宣言した。
「とはいえ、お二人の繋がりは所詮"従兄弟"止まりなんですよ」
「違うッ!大事な従兄弟同士だ!」
まだ言うかコノヤロー。何が大事な従兄弟だ。僕はお前から粗末な扱いしか受けたことないんだからなッ!大事だって主張するならそれ相応の態度を示せってんだよコノヤロー!
ツッコミ疲れて小さく溜め息を吐くと同時に、少女がとんでもない事を言い出した。
「だから私は涼太さんの彼女となるのです!」
え……?あれ、あの話がここにつながってくるの……?
ってかゴメン。どういう意味なのそれ。僕サッパリわかんないんだけど。
しかし少女の話が理解できなかったのは、どうやら僕だけだったらしい。
少女の宣言に何やらショックを受けたらしい従兄弟はワナワナ震えていた。スゴいなお前の理解力。
どうしていつもいつも主役の僕を置き去りにして話が進んでしまうんだろう。
完全に傍観者の目で二人を眺めていると、少女がフフッと不敵に笑った。
「従兄弟なんて所詮は同じ祖父母を持つだけの他人同士!彼女の存在には遠く及ばない存在ですからねッ!」
いや。その論法はおかしい。祖父母が同じなら他人じゃないと思うんだ。
それに血縁者と彼女を比べる事自体そもそも間違ってるよね……?
「従兄弟同士は合法的に結婚ができるんですよ?つまりそれだけ薄い関係性しかないということですッ!その程度の続柄を盾に彼女の私と張り合おうなんて笑止なのですッ!
というわけで涼太さんの今後については彼女の私に任せるべきなのですッ!」
なるほど。ちょっとだけ分かったよ。
つまりこの娘は『従兄弟より彼女の方が近しい存在だから、今後は自分を頼れ』と主張してるんじゃなかろうか。
でもって従兄弟は従兄弟で『血縁者である自分こそ、僕の面倒を見るべきた』と主張してるわけか。
というかあの『彼女宣言』だけでよくそこまで理解できたもんだよ。やっぱスゴイよお前。
それに好奇心を満たすためにここまで情熱を傾けれる少女も大したもんだよ。ちなみにコレは皮肉だからね。
うん。で、そこまで理解した上であえて言わせてもらいたい事があるんだ。
君は僕の彼女じゃねぇからな。前提からして間違ってるんだからな。
「というわけで大人しく身を引いてください!大事な従兄弟さんッ!」
「残念ながらお前の理論には大きな穴があるッ!そもそも前提がおかしいんだよッ!!」
おぉ!流石全国で指折りの頭脳を持つ我が従兄弟殿だ。当然気がついていたらしい。
そりゃそうだよね。そもそも前提がおかしよね。残念ながらお前が"従兄弟"ってとこは真実だけど、エキセントリック少女が"彼女"って所は事実無根だもんね。
従兄弟は自信満々に言い放った。
「俺も涼太も男だから合法的に結婚できる続柄じゃないんだよッ!」
違げぇ!そうじゃねぇ!!ツッコむ所が丸っきり違げぇよ!!
何なんだこの茶番はッ!これだけ言い合ってるのに何一つ実のある話ができてないってどういう事なの。
状況が全く分からなかったから静観してたけど、そろそろ口出ししてもいいよね?
不毛な言い争いはこの辺でオシマイにしようじゃないか。
「あのさ、二人ともちょっとだけ落ち着いてよ」
「涼太は口出すなッ!ここは俺が食い止めるからッ!」
解せぬ。しかしここで引くわけにはいかない。
「いや、そもそも前提がおかしいでしょ?従兄弟と彼女比べるのもおかしいし、それ以前にあの娘僕の彼女じゃないし……」
ボヤくようにそれだけ告げると、従兄弟の――いや従兄弟と少女が同時に固まった。なんぞ。なんぞこの反応?
で、先に復活したのは少女の方だった。
「そうでした!まだ返事をもらっていなかったんでした!不束者ですが末永くよろしくお願いします!」
「いやいや待って。とっても光栄なんだけど、僕は君と付き合う気はないんだけど!」
こういう色っぽい話に免疫がないからか、顔が赤くなるのが分かる。
カーッと熱くなった顔を見せたくなくて思わず横を向くと、エキセントリック少女がまたしてもエキセントリックな事を言い出した。
「えっ!?だって……私処女ですよ!?」
「そ、それはさっき聞いた……よ?」
「じゃあ何でお付き合いをお断りするんですか!?」
どうやら目の前の少女はホントに残念な娘らしい。
こうやって会話が成り立ってるのが奇跡に思えてくる。それほど僕と彼女との思考はかけ離れている気がするんだ。
「そんな、よく知らない人とイキナリお付き合いなんて無理だよ」
何とか分かって欲しくてそう告げるも、彼女は頑なだった。
「え?でも処女ですよ?彼女になるってことは処女に好きなことができるって事ですよ!?」
「うん。分かってる。ちゃんと理解してるから処女処女連呼するのは止めてくれないかな……」
「ウソ……。だって、そんな……。男の人は処女大好きだって聞いてたのに……」
どうやら目の前の少女はホントにホントーに残念な娘みたいだ。
骨が折れそうだけど一から説明しなきゃいけないんだろうなコレ。
「えっとね。君は別に僕の事好きってわけじゃないんだよね?」
言ってて悲しくなるセリフだけど、ハッキリさせるには避けては通れぬ質問だ。
グッと堪えて尋ねると、少女は迷いなく頷いた。グフゥ……。思ってたよりダメージ大きい……。
「別に好きじゃないです。もちろん嫌いでもないです。もっと的確に言うと初対面ですから涼太さん自身には正直興味がありません」
いやお嬢さん。そこまで聞いてないです。勘弁してください。男心って乙女心なんかより何倍も繊細なんです。
「でもご説明した通り涼太さんのギフトには大変興味があるんです」
うん。それは十分に分かってる。で、なんでそれが『彼女にしてください』発言に発展するのか、その途中経過が知りたいんだよ。きっとその過程に重大な思い違いや思い込みがあると思うんだ。
黙って話を聞いてると、彼女はさも当たり前のように言った。
「でもただで教えてくれなんて図々しい事は言えませんからね。
世の中ギブアンドテイクです。そこで涼太さんの興味を引きそうな物が何かないかと考えた結果処女を捧げようかと思ったんですよ」
途中経過なんてなかった。ストレートにギブアンドテイクとか言い出しやがった。何この娘。考え方がメッチャ怖い。
「それに涼太さんには厄介な従兄弟がいらっしゃるみたいですからね。
従兄弟なんかよりも親密な間柄になってないと色々と不自由しそうだなとも思いましたから、まさに一石二鳥の手段だったんですよ」
「俺たちの間に割って入ろうなんて無駄だぞッ!」
いつの間にやら従兄弟も復活してた。ええぃ、もうしばらく固まってればよかったものを……!
一気に二人の相手は流石に無理そうなので、とりあえず従兄弟は無視してエキセントリック少女へ聞いた。
「えっと、自分がやってることを"おかしいなぁ"とは思わなかったんですか?」
「つまり軽々しく処女を捧げることに迷いはなかったかとお聞きになってるんですよね?」
「突き詰めて言えばそうですかね……?」
頷いて同意すると、彼女も同じように頷いた。
「その疑問も最もです。ですが物事には優先順位というものがあります。
つまり私にとって、知的好奇心を満たすというのは、処女を守る事より遥かに大事な事なんですよッ!」
またしてもスゴい事言い出しましたよこの娘?
「愛する我が子の命と自分の命のどちらかしか助からないのなら、多くの母親は迷いなく自分の命を捨てるとは思いませんか?
それは自分の命が軽いんじゃないですよね?大事な大事な自分の命よりも、我が子の命の方がもっともっと大事だからこそ母親は自ら死を選ぶと思うんです」
「例えが重すぎます。んで、こんな時に使っていいような例えでもないです……」
「では例えは取り消しますが、私は私の処女を大事に思ってるって事がご理解いただけましたか?」
諭すようにそう言われ、僕は項垂れつつ頷いた。
きっと一生この人とは分かり合えない気がする……。少なくともモラルとか倫理とか価値観とかそういう分野については確実に。だって考え方が異次元すぎるんだもん……。
「しかし困りました。よもや断られるとは思っていなかったもので……」
挙句こんな事を言われる始末なんだけど、僕はどうしたらいいんだろうか。
でも僕にはそんなことを悩む暇なんてなかった。
しばらくはションボリした様子だったんだけど、何を思ったか徐にパンッと両手をあわせると彼女は明るい声で聞いてきた。
「あ、ではおっぱいはいかがでしょうか?巨乳という程ではないですがDに近いCですよ私。どうですか?グッときませんか?」
言って両手で自分の胸を包み込むように持ち上げる。
僕は『あぁ……』と思った。
「大きいのが好みでしたら少々物足りないサイズだと思いますが、揉んでもらうと育つといいますし。
ここはどうでしょう。自らの手で好みのサイズに育てるというのもオツなものではないかと思うのですがいかがでしょうか?」
言って実際に自分の胸をモニモニと軽く揉んでいる。
僕は『あぁぁぁ……』と思った。
もうダメだ。今までの話ってなんだったんだろうな……。
よく言えばめげない。悪く言えば――どこまでも悪口になりそうだから自重するけど、そんな彼女に態度に毒気を抜かれ、僕は無意識につぶやいていた。
「後はソイツと話して決めちゃってよ……。僕はもういいから……」
他人と分かり合うことって難しいもんだなぁ。
僕の最後のつぶやきを皮切りに再びギャーギャー言い争い始める二人を見て僕は本日何度目かも分からない溜め息を吐いた。
……ちょっとハードモース過ぎませんかねこの世界?
「こんな話を書きたかったんだっけ?」
書き終わると毎回こんなことと思います。で、今回は特に強くそう思っております。
精進します。ハイ。