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一話 昨日すっごく怖いことがあって……

「きゃああああっ!?」


 霊峰学園の廊下に、少女の叫びは響いた。

 黒く巨大な影は、少女の小さな背中を追いかけていく。

 少女の足は、恐怖感によって(もつ)れ、そろそろ体力も限界だ。


「!」


 前方は、行き止まり。

 少女は、影に身体を向けながら後退していく。影は、醜悪(しゅうあく)な笑みを見せながら、ゆっくりと、少女に近づいていく。

 

「や、やめて……」


 背中に冷たい壁が迫っていくのが分かった。同時に、死人である自分に、もう一度死が訪れようとしていることも。



「ねえねえ、さっき例のトイレ見てきたんだけどさぁ、あれ、何があったの?」

「さぁ。何なんだろうね。先生が当分の間は三階女子トイレに入るなって言ってたけど、まあ無理な話だよね。恐怖より好奇心が勝っちゃうと思うな」

「怖いもの見たさってやつか。特に男子とかありえるね」

「ま、私は幽霊なんて信じないよ。どうせ不審者が金属バッドかなんかで叩き壊しただけでしょ」


 朝、担任が来る前の教室。今日はその話で溢れていた。

 机に座ったり寄っ掛かったりして話す高校生達の顔には、恐怖など微塵もない。退屈な日々を紛らわせるのに絶好な話題だった。


――くだらない。


 そんな中、高杉(りん)は、窓側の席に座り、雑談に耳だけを傾け、そして朝練をしている野球部を見下ろし、誰とも関わろうとしないかった。

 今や誰もがその話題に夢中であったが、彼女は冷めた目をして心の中でもう一度呟いた。


――くだらない。


 彼らが夢中になっているのは、三階の女子トイレの三番目の個室が、爆破でもされたのか無惨にも壊されていたこと。今のところ、不審者というのが有力だが、いわゆる《トイレの花子さん》の仕業だという説も浮上している。まあ、なぜ《トイレの花子さん》が、住み家であるその場所を壊したのかはまだ考えられていないが。

 しかし、それは彼女の興味を引かなかった。

 他の生徒達も、やがては冷めるだろう。人間とは熱しやすく冷めやすい生物なのだから。

 

「…………」


 野球部の練習を見ているのも飽き、凛は黒板の上に立て掛けてある時計に目をやった。

 八時二十分。まだホームルームが始まるまで時間がある。

 凛は鞄から教科書やノート等の勉強道具を取り出し、机の上に広げた。


「……おっし!じゃあ、八時に校門の前に集合ってことでオッケー?」

「ああ。カメラとかビデオとかちゃんと電池入ってるかな……」

「いっやー、それにしても楽しみだなあ。幽霊マジでいるんかな……」


 ちらとその声の方向に目をやると、男子三人がそんな話をしている。

 中学生の大半はやることがバカだというが、高校生にもなって普通夜に学校探検などするか。


――まあ私には関係ないし。


 凛は、再び教科書に目を落とした。


「ねえ、凛!ねえ、ねえ!!」


 目を向けると、少女が慌てた様子で凛に話しかけてきた。少女の外見は十歳前後で、まだ成長途中だが、身に纏う着物がなぜだかしっくりくる。ストレートの軟らかく長い髪と、大きな瞳と色白な肌が相変わらず眩しい。


「どうしたの?」

「もうあのトイレの話聞いた!?」

「うん。あー、そういえばあんたのトイレだったわね」


 小声で、頬杖をつきながら凛は言った。

 少女の名前は花子。よく学校の怪談で出てくるあの《トイレの花子さん》だが、穏和で良い子だ。自分の眠りを邪魔し、謝らない者には容赦なく制裁を加えるが、基本的に何もしなければ誰に対しても礼儀正しい。もっとも、彼女に関わる人は限りなく少ないが。


「まあ、あんたのことだから、トイレ壊した奴消しちゃったんでしょ?」

「ううん……」


 花子は青ざめた顔で首を振った。


「え?」

「昨日すっごく怖いことがあって……」

「ちょ、ちょっと待って」


 周りの人達が凛を冷ややかな目で見つめている。

 花子は幽霊だ。霊は普通の人には見えない。中途半端に霊感がある者が見ると、よく心霊写真等にぼんやりと写る霊のように見えるが、常人には全く見えない。

 つまり、周りから凛は、独り言を言っている変人に見られているのだ。


「取り敢えず、昼休みに体育館裏に来て。そこでちゃんと話を聞くから」

「うん、分かった……」


 花子が開いた窓からふわりと浮かんで出て行く。

 凛は、それを見送ると、シャーペンを握り、ノートを整理し始めた。

 八時二十八分。ホームルームがもうすぐ始まろうとしていた。

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