何があってもやっぱり他人が入る隙間はまったく無いよみたいな。
幼馴染み+αシリーズを先に読んでおくことをオススメします。
「どうしてあなたがここにいるの」
その人はひどく不思議そうに、幼い私にはまだ冷たすぎる言葉を吐いた。
「ほら、ご覧なさい」
「え?」
「あなた、いらないでしょう」
その人が指さす方には、笑顔を振りまく少女と笑ってはいるが時折つまらなそうにしている少年。
「あなた、邪魔なのよ」
その日は、絵美の家に初めて行った日だった。
葉は昔から泣き虫だった。
今みたいにメガネなんてかけてなかったし、普通に明るい可愛い幼馴染。まあ、葉はどんな風になっても可愛いからいいんだけど。
そんな葉があんなに泣いたのは初めて見た。
わんわんと駆け寄った俺に頭を摺り寄せて泣いた葉のそばにいたのは、絵美の母親だった。
どこかハーフを思わせる整った顔で綺麗に笑い、蔑むような視線を含ませて葉を見つめる。
「あらあら。月くんは絵美と遊んでいらっしゃいな」
「・・・葉も」
「・・・葉ちゃんはおばさんとお話したいのよね」
そう言って、一層冷たい瞳で葉を見る。その様子を俺が見ていることに気づかない間抜けな人。
「・・・そうなの?葉」
「あ・・・、」
俺の問いかけに眉をひそめて小さく俯く。それじゃあ違うって言ってるようなものじゃん。
はっきり、言ってくれればいいのに。
「おばさん。今日はもう帰るよ。葉も」
「・・・そう」
「帰るよ、葉」
「あ・・、うん」
「またいらっしゃいね。月くん、葉ちゃん」
誰が来るか。そう心の中で悪態をつき、葉の手を持って振り返らずに前へ進む。
「・・・月くんは、葉のこと邪魔・・・なの?」
「なんで?」
「だって!・・・絵美ちゃんの方が・・かわいいし」
自分で言って自分で泣きそうになっている葉に愛しさが込み上げてくる。
「・・・葉は、じゃまだって・・・。おばさんが・・」
「邪魔じゃないよ」
葉の方を向いて、葉の両手を握る。
「絵美なんかよりも葉の方が可愛い。もうすっごい!」
「・・・」
「俺が守るからね!」
そう言うと葉はにっこり笑った。幼い俺もその可愛さに目眩がしたことを覚えている。
ああ、やっぱりあの家族は大嫌いだ。
月くんに告白した翌日。
朝から玄関のインターホンが鳴ったかと思えば、ドアの前には月くんがいた。
久々に月くんを見た母はもう恥ずかしいから何も言わないで欲しい。
「おはようございます」
そうお母さんに挨拶する月くんは今までに見たこともないような好青年のような笑顔だった。絶対猫被ってる。
「久しぶりだねえ。どうしたの?朝っぱらから」
「はは。彼女の葉と一緒に登校しようかと思って」
やけに彼女という単語を強調して言いやがった。
ああ、面倒くさい。
「え?なに・・?月くんってばうちの葉と・・」
いやーなんて笑ってる月くんに殺意が湧いた。
「なになに?詳しく聞かせろ葉」
「あ!もうこんな時間!早く行こう!!」
月くんの腕を取ってすぐさま家から出た。準備してて良かった。
「おばさーん。いってきまーす」
「・・・はあ」
今日帰った時ら母の質問攻めにあうと思うと、少しだけ気分が沈む。
「久しぶりに会ったけど、全然変わってないね。おばさん」
「・・・そうかな」
「うん」
・・・月くんの笑顔で全部チャラになってしまう自分が怖い。
月くんに流されてつないだ手を見ながら、心ちゃんは待ってましたと言わんばかりにニマニマと笑っていた。・・問題は母だけじゃなかった。
「おめでとー!」
「・・・ああ、葉の友達ね」
「お、おはようー・・。心ちゃん」
ああ、絶対今私の笑顔は引き攣ってる。
いろんなところからの視線(主に女子の)が痛い!
あああ、月くんが手を離すのを許してくれない。
「おはよう。葉ちゃん」
「邪魔しないでよね」
「・・・ごめんなさい。でも、友達だから・・」
そう言って、心ちゃんは私の腕に自分の腕を絡めてくる。
なんか、月くんと心ちゃんの間に火花が見える。
・・・心ちゃんって、こんな子だったっけ。
「・・・と、とりあえず二人共離れて。ね!」
「・・・・わかった」
「はーい」
私の周りが変わりすぎて変化についていけない。
仲良く手をつないで登校してきた二人と、クラスメイトの女子。
面白くない。
こんなことになるはずじゃなかった。
私がこちらに来て月の幼馴染のポジションについたら、もう結末は決まっていたはずなのに。
「・・・むかつく」
本当なら、あのポジションには私がいた。
周りからの好奇の視線にもいらつく。
むかつくむかつくむかつく!
この世界に来たって、結果がこれじゃあ意味がない。
だったらこんな世界、無くなってしまえ。
「困ったなあ」
教室の真ん中の席に座っている女生徒に向かって小さく僕は呟いた。
彼女はきっと勘違いをしている。
いくら君がこの物語に介入したって、その結末が変わるはずなんてないのに。
「・・・え?」
僕はその女生徒のもとへ行った。
彼女はじわじわと僕の顔を思い出したようで、みるみる顔色が変わっていく様子がなんとも滑稽だ。
「・・あんた、なんでここに・・」
「はは。僕はずっと君のことを観察してたんだ」
「なに、言ってんのよ・・」
「君は、多くを望みすぎた」
この世界を終わらすわけにはいかないから、君に消えてもらおう。
「もう終わりだ。ばいばい」
「え・・っ、い、や」
やっぱりニンゲンは貪欲だ。
終われって君が願ったんじゃない。
だから、終わらせてあげたのに。
「・・・ふ、あっはは」
本当に、馬鹿みたい。
「・・・え?」
「どうかしたの?葉ちゃん」
「い、や・・。気のせいかな」
変わらない教室に安堵した。
誰も消えたりなんて、してない。
「葉、風邪なんじゃない?保健室行こうか」
「大丈夫だってば。月くんはちょっと過保護」
「心配なんだよ、葉が」
ぎゅっと手を握ってきた月くんを見て、少し呆れる。
「離して」
「やだ」
「伊咲くん、離して!」
心ちゃんの手が私と月くんを離す。ありがとう心ちゃん。
「もう・・、ってあれ?」
顔に眼鏡がない。あれ?あれれ?
「私、眼鏡どうしたっけ」
「・・・めがね?葉ちゃんメガネしてたっけ?」
「してないよ。俺が言ってるんだから間違いじゃない」
「そう、だっけ」
なんとなく腑に落ちない感じがしたけど、思い返せば私目は両目ともA判定だった。
じゃあ、この違和感は何なんだろう。
「・・・?」
まあ、いっか・・。
考えるのは苦手だ。
表面上は何も変わってはいないのだから、私はこの状況を甘んじよう。
これが壊れてしまうのは、とてもとても怖いから。
何事もなかったように、私は二人との会話を再開させた。