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「口を閉ざせ」と言われた私の歌声が、殿下のお気に入りだったようですが。

掲載日:2026/03/23

「レオニー。悲しい時や苦しい時はこの歌を思い出してね」


 幼い頃に亡くなった母はそう言って何度も私に歌を聞かせてくれた。

 とある童話を基にして生まれたその歌が私は好きだった。


 流行り病で母が亡くなってすぐに、伯爵の父は不倫相手だった女性とその間に産まれた娘を家へ迎え入れた。

 父から愛された義母と義妹は、父の関心が私にない事を良い事に、虐げ続けた。


「口を閉ざしなさい。邪魔者という自覚を持って、身の程を弁えなさい」


 義母がそう命じた。

 彼女や義妹の命令は絶対。逆らえば折檻にあう。

 だから私は口を閉ざし、息を殺して生きるようにした。


 家族の前で口を開けば家で酷い目に遭う。

 そう学んだ私は一切口を開く事はなくなった。

 やがて『言葉を発してはいけない』という決まりは私の頭の奥深くに刷り込まれ、私は自発的に言葉を発する事すら殆ど出来なくなってしまった。


 社交界ですら言葉を発しなくなった私を周りの者は気味悪がった。

 中には何かの病なのかと案じてくれる者もいたが、『気を引く為にそうしているのだ』と家族が言いふらしたせいで私の味方は完全にいなくなった。


 成長し、王立学園へ通うようになっても私は変わらなかった。

 人前では声を出す事すらままならず、周囲からは奇異の目に晒されながら日々を過ごす。

 そんな生活の中、唯一の安らぎの時は……昼休憩の時間だった。


 数年前に新たな校舎が建てられてから使われる事がなくなった旧校舎。

 人目を避けたい私はそこで休息を取るのが日課になっていた。




 使われていない校舎の一室――音楽室だった教室の隅に腰を下ろして、昼食をとる。

 そして周囲に人がいないのを確認してから……そっと口を開く。

 私は母から聞かされた歌を口遊む。


 声は――きちんと出た。


 歌が、私自身の言葉ではなかった事が大きかったのだろう。

 誰かが築いた言葉の羅列。また、母との大切な思い出がたくさん詰まった歌。


 それだけが、傷だらけの私の言葉をいつも救ってくれていた。

 この歌を歌い、過去を思い出している間は、自分を取り巻く恐ろしさも悲しさも忘れることが出来たのだ。


 だから私は毎日のように、現実から逃げるべくこの教室を訪れ、同じ歌を歌い続ける日々を送っている。


 そして今日もこうして歌っていた最中の事。

 閉め切っていなかった教室の扉の隙間からこちらを覗く人物に気付いた。


 ――人がいる。


 そのことに気付いた私の頭は途端に真っ白になった。歌は止んだ。

 声を聴かれた。笑い者にされるか、もしかしたら同じ学園に通う義妹マリレーヌに言いふらされるかもしれない。


 そんな危機感を覚えた私は慌てて顔を隠し、もう一つの扉へ駆け出す。


「ま、待ってくれ!」


 しかし私が扉へ手を掛けようとすると、呼び止められる。

 驚いて声のした方を見る。そこで私は漸く……こちらを見ていた人物が何者であるかを理解した。


 慌てた様子で教室へ飛び込んで来た男子生徒。

 黒髪に青い瞳の美しい顔立ちをした青年。

 そのお顔を私は見た事があったし……彼の話は学園の中でもよく耳にした。


 ――アベル・エドゥアール・フルスディ王太子殿下。


 未来の国王様だった。

 何故この場にアベル殿下が?

 そんな疑問が過り、私の足は止まる。


 王族である彼の言葉を無視する事は出来ない。


「驚かせてしまってすまない。ただ、毎日聞こえる綺麗な歌声が誰のものなのか……気になっただけなんだ」


 身を固くする私へアベル殿下がゆっくりと距離を詰める。

 驚いて数歩後退ってしまったが、近づく彼の顔には敵意や悪意の類が一切見られず、寧ろ私を気遣うような色があった。


 彼は私の前までやって来ると頭を下げる。


「レオニー・バラデュール嬢。よければ……君の歌を近くで聞かせてくれないかな」


 きっと私の噂は彼の耳にも届いていたのだろう。

 これがアベル殿下との出会いだった。




 それから旧校舎の音楽室にアベル殿下は訪れるようになった。


 彼は「君の邪魔になるなら俺がいなくなる」といったけれど、そもそもこの教室は私のものではない事を考えれば身分の事が無くとも彼を追い出す事などできやしない。

 かといって、私がここへ訪れなくなればそれは間接的にアベル殿下がやって来たせいだと伝えるような事になってしまう。

 私はアベル殿下と距離を置くことも出来ず、これまでのように旧校舎へ訪れ続けていた。


 初めの数日間、私はアベル殿下の前では歌を歌う事すら出来なかった。

 誰かの前で声を発する事に対する強い抵抗感があったのだ。


 けれど、声が出せず困り果ててる私に気付いたアベル殿下は代わりにと自分の事を話してくださった。


 王族としての体裁ばかりを気にして、常に相手の顔色を窺わなければならない日々に気疲れしていた彼は昼休憩になると周囲の視線を撒いて旧校舎で息を潜める事、そして束の間の休息を得る事が日課だったという。


 そして旧校舎の裏庭にあるベッドで横になり、体を休めている間に毎日聞こえてくる歌声がとても美しく、心地よく、気が付けば転寝をしてしまう程に、張り詰めていた気持ちが緩んでいくのだとか。

 そうして心身ともに安らぎを与えてくれる歌声の主を知りたいという興味が抑えられず……あの日、旧校舎の音楽室を訪れたのだと。


 そんな恐れ多い話があるものかと初めはアベル殿下の言葉を疑ったが、彼の告白の内容が詳細な事や話している時の表情の変化、声音などが偽りの様にはどうにも思えなかった。


 そうして、彼に対する警戒心が和らいだこともあるのだと思う。

 ある日、私がアベル殿下の前で歌おうとしてみると、自然と声が出るようになった。


 私が初めて彼の前で歌った日。

 彼は驚いて目を見張った後、静かに耳を傾けていた。


「……うん。やっぱり綺麗な声だ」


 歌い終わった時。

 目を閉じながら聞き入っていた彼がそう言った。

 誰からも言われた事がなかった称賛の言葉。

 それはきっと彼の想像以上に……私の心を大きく動かしていた。




 それからも、私達の関係は続いた。

 アベル殿下は私の歌を聞きながらよく転寝をし、そうでない時には他愛もない話で私の心を躍らせてくれた。


「他に知っている曲はある? もしよければ聞いてみたいのだけれど」


 ある日、そう提案をされた私は目を瞬かせた。

 私が母から教わった歌を歌い続けていたのは、自分の心を少しでも救う為だった。

 だからこの歌以外に歌うなどという発想はなかったのだ。


 私が歌う時以外に声を出せない事はアベル殿下も知っている。

 だから彼はこの曲なら知っているか、これならどうか、といくつか提案してくれた。

 歌うのは好きだし、私が好きな事で彼が喜んでくれるのも嬉しいと思った。

 私も、その提案に乗った。


 提案通りに歌を口遊めば……やはり、言葉が出る。

 安堵と喜びに目の奥がじんわりと熱くなる。

 アベル殿下が嬉しそうに微笑んでくれているのも、嬉しかった。


「そのまま歌っていて」


 アベル殿下はそういうと徐に立ち上がり、ピアノの前へ向かう。

 そうして鍵盤に手を置いて私の声に合わせて曲を奏でる。


「うわ、調律が狂ってる」


 これなら弾かない方がマシだ。

 そんな事を言って苦笑しながらも殿下は手を止めなかった。


「まぁ、今くらいは完璧じゃなくてもいいか。……君と楽しめる時間の方が、大切だ」


 私の方を向いて悪戯っぽく笑う。

 私もつられて笑ってしまって声が上ずった。

 音程が少しずれたけれど、悪い気はしなかった。


 出来栄えよりも心地よい空気を優先する。

 この瞬間は、人生で何よりも楽しい時だった。




「ありがとう、レオニー」


 昼休憩の終わりが近づいた私達は移動の支度をする。

 そんな中、アベル殿下が私に声を掛ける。


「やっぱり俺、君の声が好きだよ。それに……君の笑顔も好きだ」


 視界が揺らぐ。

 彼はこれまでの人生で得られなかったものを簡単に与えてくれる。

 泣きそうな顔を見られたくなくて、私は顔を背ける。

 けれど……


「レオニー」


 アベル殿下はそんな私の手を引き、顔を覗き込む。


「君を救わせてくれないか」


 予想だにしない言葉に私は目を丸くする。


「君が、どこでも今日みたいに笑えるようにしたい。その手伝いがしたいんだ。……今の君が多くから受ける視線や、君が絡んだ噂には何か……悪意のようなものを感じる」


 どうして、そんな風に言ってくれるのだろう。

 何故、そこまでしてくれるのだろう。


 胸がいっぱいになりながらも、私は疑問を抱いていた。

 それが伝わったのかもしれない。


「何故、と思っているだろう」


 私が頷くと『素直だね』と笑われる。


「俺が君に救われたと思っているからだよ」


 アベル殿下は私の手を取るとその甲に口づけする。

 突然の事にカッと赤くなった。

 そんな私を見てアベル殿下は優しく目を細める。


「俺にとって裏庭での休息は人や使命から逃げる為だけの場所だった。けれど……君の声が俺の心の緊張を解し、安らぎをくれた。……出会ってからだってそうだ。完璧な『王太子』からは程遠い俺の姿を見ても自然と受け入れてくれた。君と過ごす時間に……君という存在に、気付けば俺は救われていた」


 アベル殿下が私の手を優しく包み込む。


「だから、俺も君を救いたいんだ。そして……君に心から笑って欲しい」


 こんなにも私の事を想ってくれる人は母だけだった。

 そして母が死んでから……もう二度と、そんな人は現れないと思っていた。

 そんな私の想像を簡単に越えて、望んでも手に入れられず、諦めていたものをこれでもかと詰め込んでくる。

 そんな彼の言葉が、本当に嬉しかった。


 声もなく、私は涙を流す。

 そんな私の頬を優しく拭いながら、アベル殿下は言った。


「君の事を……俺に教えてはくれないか」


 それから私は、対話が必要になるもしもの為にと持ち歩いているメモ帳とペンを使って、アベル殿下に私の事を明かすのだった。



***



 その日の放課後。

 私は音楽室――旧校舎ではなく現在も使われている校舎にある教室――を訪れた。

 音楽室の近くにはアベル殿下の側近がいて、他の生徒が音楽室へ入らないようにと気を遣ってくれているようだった。


 側近の方に扉を開けられ、中へ入れば、ピアノの前に座っていたアベル殿下が顔を上げる。


「レオニー」


 私は頭を下げる。

 これからの動き――殿下の計画については既に聞いている。

 だからこそ、私の心臓は大きく跳ね続けていた。


「そんなに緊張しないで。君にここで歌ってもらうのは、もう少し先だ。それに今日みたいに、ここで歌う生徒の正体がバレないように手は尽くす。あと君の歌は本当に素敵だから、下手かもしれないという不安は不要だよ」


 次々と並べられる殿下の言葉に目を回していると、彼はピアノの譜面台に紙とペンを用意する。


「おいで」


 それから座っていた椅子の左端にずれると、私にその右側へ座るよう促す。


「そこでは相談もしづらいだろう?」


 流石にそれは距離が近すぎないだろうか、と首を横に振ろうとしたけれど、それはアベル殿下に先回りされて防がれる。

 私は少し躊躇しながらも、最終的には彼の言葉に従う事を選択し、ぎこちない動きながらに彼の隣へ腰を下ろす。


「よし。それじゃあ」


 アベル殿下はそれを確認すると、笑顔を浮かべた。


「――歌を作ろうか」



***



 それから一週間が経った頃。

 放課後の音楽室にはいつも同じ歌が響き渡る。


 私の歌声と、アベル殿下のピアノ伴奏。

 初めこそ他の人にも聞こえてしまうだろう空間で声を出す事に抵抗はあったけれど、いざ歌いだしてしまえばなんてことはない。


 美しいピアノの音色と、楽しそうに笑うアベル殿下の姿が私の緊張を簡単に解してくれた。


 歌詞は、私の生い立ちを脚色したものだった。


 家族に、そして周囲の人々に虐げられる少女が幸せを願い歌う。

 過酷な環境の中、歌う事で気を紛らわせていた少女が星に願う。

 『いつか、私にも幸せをください』。

 細やかでいい。小さくていい。

 ただ心から笑える未来をください。


 そう願った少女はやがて愛する人に出会い、未来を生きていく。

 ただの日常。そんな日々が本当はどれだけ尊いものかを知っている少女は、愛する人と過ごす日々の中から星の数ほどの幸せを見つけては心の底から笑うのだ。


 ……そんなストーリー。


 私の名前も、マリレーヌの名前も出てこない。

 勿論、私を気味悪がる大勢の人達の名前も。

 けれど家族から受けた冷遇については歌の中で、妙に現実味のある詳細な内容が記されている。


 マリレーヌ達であれば、思わず私が過ってしまうだろう程度の内容だった。




 放課後に音楽室で歌うようになって一ヶ月。

 学園では私の歌に関する噂が広まりつつあった。


 最近、毎日のように音楽室へ通うアベル殿下。

 そしてその教室の中から聞こえる女性の歌声。

 その歌声の主――『歌姫』と囁かれる事になってしまった――の正体は謎に包まれているが、音楽室から聞こえてくる歌声は美しく、その歌詞の内容は切なくも温かく、奏でられるメロディーは耳に残って思わず口遊みたくなってしまう。


 そんな噂から、放課後、敢えて音楽室を通り過ぎてその歌を聴く者も増えたとか。

 そして日中の学園内では徐々にこの歌を口遊む者達が増えつつあった。


 こうしてアベル殿下が作った歌が、学園内で大きく広まった頃。


 私とアベル殿下は機会を見計らって、敢えて音楽室前に立っていてもらった殿下の側近を教室内に移動させた。

 それから音楽室の扉をわざと少しだけ開けておく。


 これにより……噂の『歌姫』が私である事が瞬く間に広がった。

 そして同時に、これまでの私の様子と重なる歌詞について『あの歌はレオニー・バラデュールの実話なのではないか』と囁かれ……同じ学園に通うマリレーヌを白い目で見る者が急増するようになる。


 私を蔑んでいた大勢は、私がただの被害者である事を悟るや否や、態度を改めるようになり……中には謝罪してくれる人もいた。

 着実に、私の環境は変わっていく。


 そして――



「ひどいわ、お義姉様っ!」


 昼休憩、ある廊下の真ん中でマリレーヌはワッと泣き崩れた。

 大勢の視線が私達へ集まる。


「私達を悪者にしようと、歌まで作るなんて! 私はいつだって、声が出せないお義姉様を気にしてあげてたのに!」


 どくん、と胸が大きくなる。

 動悸と眩暈がした。


 周囲には多くの視線がある。

 彼女が何と言おうと、今の私は否定する声を持たない。

 ここで彼女が私の非を訴える事で、周囲の人達の印象が以前の様に戻ってしまったら――そんな恐怖が私を襲った。


 そんな時だった。


「それは違うな」


 集まる人々の中からアベル殿下が姿を見せる。

 彼は私の前に立つとマリレーヌを冷たく見下ろした。


「で、殿下……!?」

「あれは私が作ったんだ。最近、ロマンス小説や劇が流行っているだろう? それに感化されてね。彼女は歌って欲しいという私の希望に応えていたに過ぎない」

「な……っ」


 マリレーヌが顔色を青くする。

 アベル殿下は続けた。


「何故そのような馬鹿げた発言を? まさか……心当たりがあったとは言わないだろう?」

「も、勿論です!」


 アベル殿下は敢えて断言はしなかった。

 マリレーヌは強く否定する。

 けれど……周囲の印象は、彼女の望む者にはならなかった。


 誰が作ったのか、どんな意図だったのか、モデルは誰なのか。

 それがはっきりしていない状態で、マリレーヌは墓穴を掘った。

 だからこそ誰もが確信したのだ。


 あの歌のモデルは私で、マリレーヌは……私の家族は――あの歌のように私を虐げ続けた人物であると。


「よかった、安心したよ。これからも……姉君とは仲良くしてくれよ? ご両親にもよろしく伝えておいてくれ」


 アベル殿下は冷ややかな視線のまま、作り笑いを顔に貼り付けた。

 しかし、アベル殿下の話はここで終わらない。


「ああ、それから……彼女は私の大切な女性だ」


 彼は突然そんな事を言って私の肩を抱いたのだ。

 この声に、私とアベル殿下以外の全員が驚きの声を上げる。

 私だって声は出ないが、とても驚いていた。

 『大切な女性』……明言はされずともどんな関係を指しているかは自ずと分かってしまう。


「万が一にも彼女が傷付けられれば……どうなるかは、分かっているね?」


 マリレーヌも、そして私を避けていた周囲の生徒達も、誰もが彼の言葉に顔を強張らせるのだった。




 その後、旧校舎の音楽室へやって来た私の心臓は未だ落ち着いていなかった。


「レオニー」


 アベル殿下に声を掛けられ、私はびくりと肩を跳ね上げる。


「すまない、勝手な事を言って。……君を守り切るには、俺との関係を強調しておくべきだと思ったんだ。……勿論、君が望むのなら後からだって訂正する。……けれど、あの発言が事実に変わりない」


 彼はそういうと、私の前で膝を突く。


「順序が逆になってすまない。どうか俺と――婚約してくれないか」


 美しい仕草で差し伸べられる手。

 青い瞳が私だけを映していた。


 ……これまで誰の瞳にも映らなかったような私に、こんなことがあり得るのだろうか。

 そもそもろくに声を出せない私が、彼の婚約者などになれば迷惑が掛かってしまう。

 反対の声は大きいだろう。彼に迷惑を掛けるくらいならば、断るべきなのではないか。


 大きな喜びがこみ上げる中、様々な不安が過る。

 けれどその直後、より強い思いが生まれた。


 ――いやだ。


 私はこの手を取りたい。

 誰よりも私を見てくれる、私を救ってくれた、彼の傍に居続けたい。

 そう、思った。


 どんな強い不安も懸念も、この想いには勝てなかった。

 けれど、彼の想いに甘え続ける訳にもいかない。


 ならば、どうすべきだろうか。

 彼と共いいられるように、私が出来る事は何だろう。


 ――答えは、簡単に出た。


 私は大きく息を吸う。

 口を開く。

 唇は震えた。喉は何かが詰まったようで苦しかった。


 けれど、何度喉で呼吸がせき止められても、私はあきらめなかった。


「…………う、」


 たった一つ。声が出た。


 瞬間思ったのだ。

 もう、大丈夫だと。


「う、れし……です」


 一度絞り出した声は、これまでの長い年月が嘘であるかのように更に零れた。


「アベル、でんか」


 まだ、たどたどしいけれど……彼の名前を呼べることが嬉しかった。

 想いを告げられた喜びが胸の中で広がっていく。

 涙が溢れた。


 そんな私の目の前で、アベル殿下の青い瞳が大きく見開かれる。

 彼の瞳も僅かに揺らいでいた。


 私は彼の手を取る。

 すると彼に腕を引かれた。

 そして――


「……大切にするよ。約束だ――レオニー」


 私は彼の腕に閉じ込められる。

 長年感じていなかった温もりが、とても心地よかった。


 私の涙が落ち着くまで、アベル殿下は私の背中を何度も撫でてくれた。

 それから、私達は鼻が触れあいそうなくらい近くで互いに見つめ合ってから……優しい口づけを交わすのだった。



***



 その後。殿下が作った歌は社交界にまで広まり、同時にマリレーヌや父、義母は悪人として囁かれるようになった。

 どこへ赴いても笑い者になるか悪者になるか。

 そんな我が家は……数年後、これまでの家の地位が嘘であるかのように権威を失い、やがて社交界から姿を消すようになる。


 王族の命で私が別の侯爵家に養子入りし――アベル殿下と婚姻した後に。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

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また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!

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