第九章:血の贖罪
酸素マスクをつけ、数々の管に繋がれた親父の姿は、あまりにも小さかった。
兄、俺、知美の三人がベッドを囲む。
親父の指先が、かすかに動いた。
「親父……親父!」
和雄兄貴がその手を握る。
親父の視線は、まず兄を捉え、次に俺を、最後に知美を見た。
そして、震える手でマスクを外そうとする。
「お義父さん、ダメです。動いちゃ……」
知美の手が親父に触れようとした瞬間、親父が、信じられない力で彼女の手を振り払った。
親父の口が、酸素マスクの隙間から、喘ぐように言葉を紡ぎ出す。
「……だ……だらし……ない……」
その言葉が、誰に向けられたものか、俺たちには痛いほど分かった。
「雄一……和雄を……支えろ……。和雄……お前は……強く……」
親父は、俺の目をまっすぐに見つめた。
それは、かつて俺がサッカーの試合で負けて腐っていた時、厳しく俺を叱りつけた時の目だった。
「……すまない、親父。すまない……」
俺は膝をつき、親父のベッドに顔を伏せて泣いた。
知美との情欲。
兄への優越感。 そんなものが、親父の命の灯火を前にして、いかに醜く、卑小なものだったか。
俺が知美を愛していると思っていたのは、単なる現実逃避に過ぎなかったのではないか。
親父の心電図の音が、次第に間隔を空けていく。
最後に親父は、俺と和雄兄貴の手を重ね合わせるようにして、ゆっくりと目を閉じた。




