第六章:反転する優越
兄・和雄からの警告は、本来ならばブレーキになるはずだった。
しかし、皮肉にもそれは俺の中の「男としての本能」を激しく刺激した。
数日後、停滞していた俺の仕事に大きな転機が訪れた。
以前提出していたWebシステムのコンペに通ったのだ。
フリーランスになって以来、最大規模の案件だった。
「雄一くん、すごい! 本当におめでとう」
キッチンで朗報を聞いた知美が、自分のことのように瞳を輝かせる。
「ああ。これで少しは、経済的にも自立できる。知美、俺……」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「自立できるから、一緒に逃げよう」
――そんな言葉が喉元まで出かかった。
かつてサッカー部のスターだった頃の万能感が、仕事の成功と共に蘇る。
今の俺なら、知美を養える。
兄さんから彼女を奪い去ることができるのではないか。
その夜、兄さんはまた接待で遅かった。
俺は成功の余韻と、知美への独占欲に突き動かされ、彼女の部屋の扉を叩いた。
「雄一くん、ダメよ……和雄さんがいつ帰ってくるか……」
拒絶の言葉とは裏腹に、彼女の体は熱く俺を受け入れた。
「あいつは仕事、俺は君だ。どっちが君を大事にしてるか、もうわかってるだろ?」
俺は耳元で残酷な言葉を囁く。
知美は、シーツを握りしめながら、喘ぎ声を押し殺した。
「最低……そんなこと言わないで。でも、もっと……もっと壊して」
兄への背徳感は、今や最高のスパイスに変わっていた。
エリートで、真面目で、家族思いの兄。
そんな完璧な兄が持っている「唯一の宝物」を、自分だけのものにしているという歪んだ優越感。
暗闇の中、俺たちは互いの境界が分からなくなるまで重なり合った。
それはもはや愛ではなく、共依存という名の病だった。




