第四章:介護という名の密室
兄が再び三日間の出張に出た。
家の中には、寝たきりの親父と、俺と、知美。
「介護」という大義名分は、俺たちに二人きりの時間を正当に与えてくれた。
親父の体を拭く作業は、重労働だ。
「せーの」
知美と息を合わせて、親父の巨体を横に向ける。
親父は時折、焦点の合わない目で俺たちを見つめ、何かを言いたげに口を動かす。
かつて厳格だった父親の、無力な姿。
その傍らで、俺たちの手は、介護用タオルの下で密かに触れ合っていた。
「ねえ、雄一くん。もし、私たちが高校の時に付き合ってたら……どうなってたかな」
昼下がり。
親父が昼寝に入った後、リビングで書類を整理していた俺に、知美がコーヒーを差し出しながら尋ねた。
「……考えたこともないな。あの頃の俺は、サッカーのことしか頭になかったし」
「冷たいね。私は、ずっとあなたの背中を見てたんだよ。砂だらけのユニフォームを洗濯しながら、いつかこの背中を抱きしめられたらって」
知美が俺の隣に座り、肩に頭を乗せてくる。
「和雄さんは、優しいよ。でも……私を『妻』という役割でしか見てない。お義父さんの介護をする嫁、家を守る嫁。でも、雄一くんは私のことを『知美』として見てくれる」
「知美……」
「今の生活、苦しいけど……幸せ。最低だよね、私」
彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
俺は彼女を抱き寄せた。 俺だって最低だ。
仕事もままならず、親の介護を理由に実家に逃げ帰り、あろうことか兄の妻と通じている。
だが、この背徳的な結びつきだけが、今の俺を突き動かす唯一のエネルギーだった。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
心臓が口から飛び出しそうになる。




