第二章:日常の裏側
それからの日々は、薄氷を踏むような、それでいて甘美な地獄だった。
昼間は、介護という「家族の務め」を共にこなす。
寝たきりの親父の体を拭き、食事を介助し、洗濯物を干す。
傍から見れば、仲の良い義弟と義姉。
だが、指先が触れ合うたび、視線が交差するたびに、昨夜の密事の熱が脳裏をよぎる。
「雄一くん、お義父さんの着替え、手伝ってくれる?」
知美の声はいつも通り穏やかだ。
だが、親父の背中を支える俺のすぐ隣で、彼女の髪が俺の頬をかすめる。
俺はIT系のフリーランスとして、この1年、どん底にいた。
かつてサッカー部で脚光を浴びていた頃の自信は、不安定な収入と孤独な作業の中で磨り減っていた。
だからこそ、自分を「一人の男」として求めてくれる知美の存在は、劇薬のように俺の自尊心を癒やした。
一方、兄の和雄は相変わらず多忙だった。
週の半分は地方の支社へ飛び、帰宅しても疲れ果てている。
「雄一、悪いな。俺がいない間、親父のこと頼む。知美も、雄一がいてくれて助かってるって言ってたよ」
週末、たまに帰宅した兄が、俺の肩を叩いてそう言った。
その手は、かつて俺にサッカーを教えてくれた、温かくて大きな兄の手だ。
その手を裏切っているという事実が、ナイフのように胸を抉る。
「兄さん……。仕事、あんまり無理すんなよ」
「ああ。知美には寂しい思いをさせてるけど、今が踏ん張り時なんだ。住宅ローンの繰り上げ返済もしたいしな」
兄の言葉は正論で、誠実で、そして残酷だった。
兄が家族の未来のために戦っている間、俺はその妻を抱いている。
その夜。 兄が寝室で泥のように眠りについた後、俺はキッチンの水を飲みに部屋を出た。
暗がりの廊下。 そこには、シルクの寝巻きを纏った知美が立っていた。
「……寝られないの?」
彼女が耳元で囁く。
俺は無言で彼女の手を引き、親父や兄が眠る部屋から一番遠い、洗面所へと連れ込んだ。
鍵をかける音が、静まり返った家の中に小さく響く。
「知美、もう止めないと……兄さんが、兄さんが寝てるんだぞ」
「わかってる……でも、止まれない。雄一くんのせいだよ」
彼女の吐息が首筋にかかる。
俺は彼女を鏡台に押し付けた。鏡に映る自分たちの姿は、おぞましいほどに歪んで見えた。




