第十章:弔いの雨
親父の葬儀は、しとしとと降る冷たい雨の中で執り行われた。
親族や近所の人々が弔問に訪れる中、俺と知美、そして兄さんは「悲しみに暮れる家族」を演じ続けなければならなかった。
だが、その内情は冷え切った殺意に近い緊張感に満ちていた。
兄は喪主として毅然と振る舞っていたが、一度も俺と目を合わせようとはしなかった。
知美はといえば、死人のように青ざめた顔で、甲斐甲斐しく親族の接待をしている。
その指先が、時折震えているのを俺は見逃さなかった。
「……雄一くん」
式場の裏手、人気のない通路で知美に呼び止められた。
彼女の瞳は赤く腫れ上がり、絶望の色が濃く滲んでいる。
「私、もう耐えられない。お義父さんの最期の言葉……あれは、私への呪いよ」
「知美、落ち着け。今はまだ、みんながいる……」
「和雄さんは全部気づいてる。さっき、耳元で囁かれたの。『お前の体からは、まだ弟の匂いがする』って」
俺は背筋に氷を押し当てられたような戦慄を覚えた。
兄は、狂い始めていた。
いや、狂わせたのは俺たちだ。
「一緒に逃げよう、知美。俺、仕事も順調なんだ。どっか遠くへ……」
「無理よ。逃げたって、この罪からは逃げられない。……雄一くん、あなたは私のこと、本当に愛してた? それとも、お兄さんの大切なものを壊したかっただけ?」
その問いに、俺は即答できなかった。
愛していた。
それは嘘じゃない。
でも、そこには確かに「兄への劣等感」という毒が混ざっていた。
高校時代からずっと、何でも完璧にこなす兄に対する、持たざる者のあがき。
知美は俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、悲しげに微笑むと、そのまま雨の中へと歩き出していった。




