第7話 TSおっさん、現実世界に干渉してみた
ーー 午後七時半、アイドル・エクスプロ―ジョン開発室
カタカタカタ
何かに気付いた瑠璃は開発機の隣にある端末を操作し、ステータスに表示されたプロデューサーIDを検索する。
「やっぱり……純兄さんのアカウント!」
検索結果に表示されたプロデューサーIDの利用者の名前は、愛菜 純。
3歳年上の従兄で、実家時代は一緒に住んでいたこともある。
熱心なゲーマー (マイナー好き)で、瑠璃をオタク沼に沈めてゲーム業界に導いた元凶。
本人はゲーム業界で働かず、トラックドライバーをしている。
可愛い名前なのにムキムキマッチョで、まああの、うん。ちょっと気になる兄貴分だ。
「最終ログインは……数秒前!? えぇ?」
アカウントの状態を確認し、困惑する瑠璃。
今朝、自宅で突然倒れた純兄さんは意識不明のまま病院のベッドで寝ているはず。
アイエクをプレーできる状態ではないし、意識が戻ったのなら緊急連絡先である自分に電話があるはずだ。
「ハッキングかしら……いや」
ITインフラ事業も手掛ける今井地商事が管理するアイエクのサーバー群は、完璧なセキュリティ網で守られておりアカウントハックは至難の業だ。
念のため、通信履歴を確認するが外部から攻撃された痕跡は無し。
「それに」
純兄さんのアカウントが開発機に繋がっているのはどう考えてもおかしい。
開発機は本番サーバーから物理的に切り離されていて、一般ユーザーが接続することは不可能だ。
「しかも、この龍華……」
なぜか自分を見ている気がするのだ。
モニターの前から動くと、龍華の視線がこちらを向く。
ぞくり
怪談には早い初夏の6月。
背中にうすら寒いものを感じながら、勝手に動き出した龍華から目を離せない瑠璃。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱ瑠璃だよな……」
個人名バレバレなアカウント名を付けるのがアイツらしい。
『純兄さん! 攻略法教えてよ!!』
両親の離婚後、伯父さんちに預けられた俺は仕事で家を空けることの多かった伯父さん伯母さんの代わりに瑠璃と遊ぶことが多かった。
からかうとすぐムキになる可愛い妹分。
『ねえねえ純兄さん、執事カフェ連れてって!』
毎日ゲームで遊ぶうち、俺よりゲーマー、オタク、夢女子になってしまった瑠璃。
アキバやブクロ、リアイベによく連れ出されたな~懐かしい思い出である。
「ジュン、ルリって誰なの?」
「おっと、そうだな」
俺は瑠璃のことを、フィルルに説明することにした。
俺たちが実体化したら、真っ先に紹介する相手(親族)だからな!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふむふむ、それじゃあそのルリちゃんって子がこのげーむ (?)の創造神なんだね?」
俺の説明を、フィルルはそう理解したようだ。
創造神……ゲームの開発者なので、あながち間違っていない。
「ただ、瑠璃はアイエクの運営会社……ギルドみたいなものに所属していたけど、開発チームには入ってなかったはず」
もしそうなら、俺はアイエクのことを彼女に聞きまくっていたはずだ。
15年前の記憶だが、そこは確かだ。
「すこし、歴史が変わっている? 後で女神様に聞いてみるか……それより」
瑠璃の状態が過去の記憶と異なる点は気になったが
これはむしろチャンスだ。
「瑠璃がアイエク開発チームに所属している。つまり、どうにかして俺の未来知識を伝えれば……」
「!! このげーむの運命を変えられる、ってことだね!」
ぱあっ、と表情を輝かせるフィルル。
「おう、とりあえずいろんなスキルを試してみよう」
俺たちはゲーム内の仮想の存在である。どうやって現実世界にいる瑠璃とコンタクトを取ったらいいか。
「まずは、これか」
龍華のスキル一覧に表示された、異世界スキル(点をつける)
俺はその一つを発動させた。
「【千里眼】」
フィイイン
スキルの発動音と共に、視界がぐにゃりと歪む。
読んで字のごとく、遠く離れた場所を見通すスキルで、障害物があっても関係なし。
ダンジョンの奥や建物の中に潜む魔王軍の動きを探るためによく使っていた。
「おぉ~、ジュンの得意技! 10年ぶりに見たよ~♪」
「ふふっ、懐かしいだろ?」
10年ぶり、というフィルルの言葉に、彼女が傍にいることを改めて実感する。
「こいつで”現実世界”の光景が見えるかは分からないが……おっ!」
瑠璃がモニターの前に座って作業していると仮定した場合、どの方向にいるのか。
とりあえず空を見上げた俺の視界に、期待通りの光景が映る。
「これは……オフィスの中か?」
最初に見えたのは、薄暗い部屋。
視界に映る範囲には誰もいないが、左の方がほのかに明るい。
「場所は……現代日本で間違いなさそうだな」
白い壁に掛けられたカレンダーには『令和』の文字。
少し黄ばんだ『感染症対策として、手指を消毒しましょう』のポスターが貼られていることからも、俺が異世界転生した前後の年代で間違いない。
「えっと、瑠璃はどこだ?」
視線の先、正面しか見えないのが千里眼スキルの欠点だ。
俺はゆっくりと頭を左に動かす。
「!! いたっ!!」
視界に入ったのは、顎に手を当て険しい顔でこちらを見つめる若い女性。
愛嬌のあるくりくりした瞳と小さな口。
少し染めた茶髪は耳に掛るくらいのショート。
『ちょっとおしゃれしてみたんだけど、どうよ?』
学生時代はもさもさ黒髪だったっけ。そういえば、イメチェンしたぞLANEを貰ったことを思い出す。
「ふふっ」
転生前は3歳差だったが、こちとら15年間の異世界生活でOver40である。
思わず成長した娘を見るような気持ちになってしまう。
「いいなぁいいなぁ! わたしも見たいよ~」
現代日本の風景を視たくてたまらないのだろうが、残念ながら千里眼スキルに感覚共有の機能はない。
「後で、様子を教えてやるから」
「うう~っ」
身体を寄せてくるフィルルの頭を優しく撫でてやる。
「向こうが”視える”事は分かった。後は……」
瑠璃に俺の存在を、伝える。
俺はもう一つのスキルを発動させた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱりこの子、こちらを見てるわよね」
こちらをじっと見つめてくる龍華の3Dモデル。
キャラクターをクリックするとこちらを向いて挨拶する機能はソシャゲの基本として実装されている。
だが、今は何も操作していない。
『…………』
そのまま、右手をゆっくりとこちらに向ける龍華。
こんなモーション、存在しただろうか。
瑠璃がモニターに顔を近づけた次の瞬間。
バタンッ!!
「!?!?!?」
突然響いた大きな音に、比喩ではなく椅子から飛び上がる瑠璃。
慌てて振り返ると、ミーティングスペースに置かれたホワイトボードのボード部分が回転して裏返しになっている。
「え、ええええっ!?」
それだけではなく、テーブルの上に置かれていたマーカーが宙に浮き、ホワイトボードに文字を描いていく。
「ひ、ひいっ!?」
ポルダーガイストどころではない、ガチの怪奇現象だ。
どうする、まずは保安に連絡して……いやむしろ、ゴース○バ○ターズに電話か、番号知らないよおおおおっ!?
「……って、え?」
その場から逃げ出そうとした瑠璃だが、ホワイトボードに書かれた文字を見て、目が点になった。




