第3話 TSおっさん、女神の言い訳を聞く
『はいっ、さっきぶりですね純さん!!』
ホログラムのように宙を舞い、俺に愛想を振りまいてくるのは
事故に遭った俺を異世界に召喚し、そして元の世界に戻して(?)くれた女神様。
舞花町のフィールドでは実体化に支障があるという事で、俺たちは最初の部屋に戻ってきていた。
ココはゲーム内のマイルームとは異なる、少し特別な場所……とのことだ。
『あ、やっぱり怒ってます? 怒ってますね!!!』
ピンク髪に猫耳、丈の短い巫女服という世界観めちゃくちゃな服装をしていることも勿論だが、コイツの『うっかり』のせいでしなくてもいい苦労をたくさんしてきた俺である。
あと、素で声がでかい。女神の奇跡を使うときはおしとやかなのに。
「怒っていると言えば怒ってるけど、まずは詳細を説明して欲しいんだが」
よくミスる女神様とはいえ、俺の命の恩人である。
転生する数秒前、俺のトラックの前を走っていたタンクローラーが横転、漏れ出したガソリンの大爆発に巻き込まれた。
彼女が俺を異世界に転生させていなければ、俺の人生はあそこで終了、こうして生きて元の世界に戻って来ることもなかった。
まあ、ゲーム内の女の子にTS帰還するとは思っていなかったが……。
『まずは釈明させて下さい!! 刻を遡っての帰還術を使うのは久しぶりでしたので!!! 純さんの痕跡を追うのが難しかったのです!!! でも、無数の世界から純さんの世界線を見つけ出し、ピンポイントで帰還させるのはウチだからできた神技ですよ!!!!』
「…………」
神様が神技って言うな、とは思うが、異世界における戦いの中で様々な魔法やスキルを身に着けた経験からすると、時間を遡っての転生がどれだけの超絶技巧なのかはなんとなくわかる。
あと音量調節ボタン欲しい。
「とりあえず転生先は俺のアカウントの龍華で間違いなさそうだし、これからどうすればいいんだ?」
先ほどステータス内のプロデューサーIDで確認した。
おそらく、俺の痕跡を探す中でアイエクのアカウントにたどり着いたのだろう。
色々言いたいことはあるが、大事なのは何をすべきかである。
『はい、それは抜かりなしです!』
何処からか取り出した眼鏡をかけ、ドヤ顔する女神様。
『まず現状から説明致します! 純さんの本体がこの時間軸に帰還したことにより、もともといた純さんと融合。現在確率の雲としてこのげーむ内にフックされている状態です!!』
……なんだかよく分からないが、とんでもないことを言われた気がする。
元々この時間点に存在していた俺ごと、ゲーム内に取り込まれてしまったという事か?
『おっと、心配ご無用です! ウチが召喚した純さんがいた世界線とココは、純さんが帰還した時点でパラレル化しております!! 純さんが魔王を退治した事象は変わらないですし、タイムパラドックス対策もばっちりです!!!
純さんに万一のことがあってもアチラの世界に影響はないから安心して下さい!!!!』
「いやいやいやいや、聞き捨てならないことを言ったよな、今!!」
タイム何たらも気になると言えば気になるが、それよりも彼女が最後に言った内容!
「人間に戻れない可能性もあるということ……だよな?」
思ったよりもヤバい状況に、動悸がしてくる。
42歳おっさんなら入院まっしぐらだが、健康優良児な龍華の身体はびくともしない。
『いえいえ、あくまで万一、億が一の可能性です!』
冷や汗だらだらな俺 (龍華)と対照的に、あくまで自信満々な猫耳女神様。
『純さんもご存じのとーり、このゲームは覇権ゲームですよね?』
『確率の雲状態のニンゲンが実体化して安定する為には、たくさんの生命から認識される事が必要……簡単に言えば、300万人ほどがプレーして、せるらん?と言うんですかね? それで1か月間1位を維持すればよいのです!!
ね、簡単ですよね? 来月には達成かと思います!!!』
「…………」
つまりたくさんの人間がプレーすることで剣埼龍華 (と中の人である俺)を認識、さらにその証としてセルラン一位を取ればゲームから抜け出して人間に戻れるという事だろう。
条件は分かった。
だが、このポンコツ女神様は大きな事実を見逃している。
「アイドル・エクスプロ―ジョンの最大アクティブユーザーは1万人、セルランの記録は122位だぞ?」
『……はい?』
俺の言葉に、ハトが豆鉄砲を食ったような顔をする女神様。
『ま、またまた!!! ウチが集めた情報では、プレー人数は1300万人、17カ月連続セルラン1位だって……』
「それは、アイドル☆リンクスの方だろ!」
『え』
アイドル☆リンクスとは、押しも押されぬ国民的ソシャゲで世界50か国以上で配信、覇権オブ覇権の化物ゲームである。
我らがアイドル・エクスプロ―ジョンは五番煎じで始まった、無数にある後追いゲーの一つである。
あと半年でサ終するし。
『えっと、いやあの、そのぉ』
ぱたぱたと慌てだす女神様。
コイツ……ゲームを間違えやがったな?
まあ、流行に乗るのが苦手な俺は、アイドル☆リンクスのアカウントは作ったもののほとんどプレーしていなかったのだが。
『ちょ、ちょちょちょちょちょっとトイレ!』
「お、おいっ!」
ぱしゅん!
顔を真っ青にした女神様は、光と共に消えてしまった。
「いや、神様がトイレに行くわけねーだろ……知らんけど」
そのまま数分待ってみるが、彼女が戻ってくる気配はない。
どうやら逃げられてしまったようだ。
「…………どうしたもんかな」
ぽすんとベッドにダイブする。
柔らかくしなやかな筋肉に覆われた龍華の身体は、ふかふかのベッドで反発し、小さく弾む。
「アイエクをアクティブ300万人、セルラン一位にしろ、だって?」
無理も無理、大無理である。
まだ素手で魔王を倒す方が現実味があるかもしれない。
「はああああぁぁ~っ」
せっかく異世界から戻ってきたというのに、特大のため息をついてしまう。
「このまま何もしなければ、あと半年で」
龍華もろとも、俺は消えてしまう。
一度失いかけた命だし、人生のロスタイムだと思ってゲーム世界を楽しむか……思わずそんな弱気な考えが脳裏をよぎる。
『ダメだよジュン! どんな困難でも、気合と根性があれば乗り越えられるんだよ!!!!』
「……ん?」
その時、脳裏に響いたのは、どこかで聞いた少女の声。
「フィルル?」
弱気になっているせいか、幻聴が聞こえて来た。
でも嬉しい……もう会えない、最愛の女性。彼女の声をもっと聞こうと、ゆっくりと目を閉じる。
『わたしのジュンはさいきょ~だからね!!!!』
耳になじむ、透き通った声。彼女のドヤ顔が見えるようだ。
「……会いたいなぁ、フィルル」
フィルルとは、俺が異世界で冒険を始めてすぐに出会った獣人族の少女。
フェンリル族の血を引く銀髪ふわふわ狼少女で、故郷を発展させるために俺とパーティを組んだ。
太古の神の血を引く彼女は様々な魔法を使いこなし、意気投合した俺たちはいつしか愛し合うようになっていた。
「そして、あの日」
異世界に魔王が降臨した日、フィルルの故郷を守るため魔王に立ち向かった俺たちは……魔王に歯が立たなかった。
「彼女が、身を挺して俺を逃がしてくれた」
絶体絶命のピンチに陥った時、
彼女の命を賭した転移魔法で遠い島に逃れることが出来たのだ。
『この世界を……わたしの大好きな世界を、守ってね?』
彼女の最期の願いをかなえるため、俺はあの世界で戦い続けた。
彼女を埋葬した島も、魔王の攻撃で消え去った。
彼女の痕跡は、俺の記憶の中にしか存在しない。
「フィルルがいれば、なんとかなるかもしれないのに」
いつも朗らかで、ハイレベルな魔法を使いこなす。
最強のポジティブモンスターで、最愛のパートナー。
ない物ねだりだと分かっているが、そう願わざるを得ない。
「ちょっとぉ! いつまで寝てるのぉ! ジュンっ!!」
「…………え?」
明らかに空耳じゃない。
自分のすぐ近くで、彼女の声が聞こえた。
ぽふん!
慌てて目を開いた瞬間、俺の視界は銀色のふわふわに包まれた。




