第16話 瑠璃サイド、ゲームを改修しよう
*** 同日・アイエク開発室 ***
「純兄さん、大丈夫かしら?」
遅めの昼食から戻って来た瑠璃は、コーヒーメーカーで淹れたエスプレッソを持って自席に座る。
龍華の新CV候補である『シズ』……確かに七色の超絶ボイスを持ち、演技の幅も多彩。
可能なことなら確保したい人材ではあるのだか。
「あのシズって子、恐らく常闇属性の子でしょうね」
自分もかつて『そっち側』にいたので分かるのだ。
誰しもが思春期に罹患する病……自分と少し方向性は違うものの、あのラヴスタアカウントの構成や音声ファイルの節々から漂う空気感から察してしまった。
「闇の住人……しかも重度の」
ああいうタイプを光の場所に引きずり出すのは至難の業だ。
自分のオタク趣味の原点とはいえ、純兄さんはどちらかというと陽側のオタクで脳筋肉体派でもある。
闇の住人とおぼしきシズとは相性が悪いだろう。
もし純兄さんが失敗したらアタシから連絡とってみるか……。
それより別の代役候補を探すか……。
思案しながら、エスプレッソをすする瑠璃。
とりあえずは、純兄さんが週末に作ってくれたモデルとエフェクトの確認である。
開発機の素材ライブラリを開こうとした瑠璃だったが……。
「ルリルリパイセ~ン! みんな揃ったっすよ~!」
開発チームの一人である栄美の能天気な声が響き渡る。
「おっと、いけない」
14時から全体ミーティングを予定してたんだった。
「ちょっとまって、今行くわ!」
週末まとめた計画書を仕事用のオンラインストレージから取り出し、ノートPCにコピーする。
エスプレッソを一気に飲み干した瑠璃は、会議スペースに急ぐのだった。
*** ***
「……と、いうことで。サービス再開までに改修する候補を決めたいの。
ここに書いた内容はすべて、ヘビーユーザーの意見から吸い上げたものよ」
全体ミーティングが始まって30分。
瑠璃は純兄さんと話し合ったアイエクの問題点を、ホワイトボードに書き出していた。
「あはははは! ルリルリパイセン! ウチらのゲームがやべーって事だけはよく分かったっす!」
腹を抱えて爆笑しているグラフィッカーの栄美。
ホワイトボードに書いた内容はこうだ。
①舞花町フィールドの移動に時間が掛かりすぎる。なぜショートカット機能が無いのか。
②アイドルステータスに関係ないイベントが多すぎる。特に学園内のイベントは要改善。
③龍華の別衣裳のバリエーションが前衛的過ぎる。普通に可愛い衣裳も用意すべき。
④龍華以外の育成キャラが薄味すぎる。魅力的な新キャラを投入して欲しい。
⑤無駄に凝ったバトルパートの演出が地味かつ、操作性が悪い。せめてアイドル育成に関係するアイテムなどの報酬が欲しい。
⑥スマホでプレーすると重すぎ熱すぎ。背景のオンオフ機能を付けては?
⑦アイドル育成物なのに、課題曲がヘビメタと演歌ばかりなのは如何なものか。正統派のアイドルソングも欲しい。
⑧ガチャがごった煮すぎ! キャラとサポカとマイルームの家具と武器防具が1つのガチャなのはどう考えてもおかしい。分けてはどうか。
「後はこれね」
デカいのがもう一つあった。マーカーで⑨を書き足す瑠璃。
⑨主人公龍華の担当声優がW不倫で降板。後任決まらず、大手声優事務所から経歴に傷がつくとキャストの派遣を断られる。
「……驚くべき伝説のクソゲー。こんなのどうしろって言うんですか瑠璃先輩」
呆れた表情で絶対零度の視線を投げるプログラマーの備衣子。
「ボクはモデルをいじれればそれでいいんだ。ボクはモデルをいじれればそれでいいんだ」
我関せずとタブレットPCを操作している志位男。
「…………」
無言でDAW (Digital Audio Workstation)と向き合っているD。
後半の二人は、アタシの話を聞いているのだろうか。
「と、とりあえずサービスの再開目標は2週間後ね」
気を取り直し、壁掛けモニターにスケジュール表を映し出す瑠璃。
サービス停止中とはいえ、原因は担当声優のW不倫である。
アイエクの機能自体に問題があるわけではないので、龍華のCVが決まれば明日にでも再開は出来る。
(純兄さんの話では、なるべく早く再開するべきなのよね)
彼がもたらした、『未来知識』。
それによれば、問題点を直さずに再開したアイエクのセルランは低迷。
それどころか、3か月後にサービス開始する圧倒的にクオリティの高い類似ゲームにとどめを刺され、あえなくサ終となる。
(なにより、アイエクがサ終してしまえば)
純兄さんの意識は戻らない。
……コレについてはいまだ半信半疑な瑠璃だが、仮に本当だった場合、純兄さんの命運はアイエクの行く末……つまり自分の開発チームが握っていることになる。
「いや、瑠璃先輩。さすがに無茶なスケジュールじゃないですか? 数か月かけてきっちり作り直した方が」
右手を上げ、意見を述べる備衣子。
彼女の意見はもっともだ。だけど。
「大丈夫よ! アイエクは現時点の評価が低すぎるから、少しの改善でもユーザーの満足度は上がるわ!」
「たしかに~! ウンコ味のウンコがカレー味のウンコになるわけっすね! ウケる!!」
「ちょっと栄美!! それ昼ごはんにカレーを食べた私への当てつけ? コ○インを辞められないヤク中患者がシ○ナーに切り替えましたえらい、くらいでしょ」
二人の表現はアウトすぎるが、意味合いとしては正しい。
ヤンキーがおばあさんを助けたら聖人に見えるように、クソゲーオブクソゲーのアイエクがまっとうな改善をするだけで実際より素晴らしく見えるものである。
「アタシのプランはこれよ」
赤マーカーを手に取り、改善点を書き込んでいく瑠璃。
「⑨については、ちょっとアテがあるからアタシに任せて。
⑥はすぐには無理かもしれないけど、①と②なら楽勝でしょ、備衣子?」
「……まあ、それくらいなら」
斜に構えてはいるが、彼女は優秀なプログラマーだ。
「アタシも手伝うから、頼むわよ。こんど焼肉奢る」
「! 絶対ですよ、瑠璃先輩」
これでよし。
「栄美は③と④。ガンガン可愛い衣装をデザインしちゃって! テスクチャ用の画像も準備お願い」
「うす~!」
栄美はファッション科にも通っていた瑠璃の後輩。
雑なところもあるがセンスはあり、仕事は速い。
「あとは⑤と⑦なんだけど……」
⑧はチーフプロデューサーである瑠璃の仕事だとして、3Dモデルとサウンド関係の改善も必要である。
だが担当は志位男とD。
まだ会話が可能な女性陣に比べ、後の二人は宇宙人と交信する方が楽なのではと感じるくらいだ。
「よしっ」
純兄さんが生成してくれた衣裳や舞台の3Dモデルと各種魔法のエフェクト。それに『シズ』の歌声。
二人の気を惹くために、切り札を出すべきだと瑠璃は判断していた。
「あ~、志位男くんにD……サン? ちょっと見て欲しいものがあるんだけど」
先週の金曜から日曜に掛けて、純兄さんが生成した成果物を志位男のPCに送る。
そして、シズの歌声切り抜きをDのDAWに転送。
「「!?!?!?!?」」
二人の反応は、劇的だった。
*** ***
「はぁ。つ、疲れた」
数時間後、志位男とDの質問攻めから解放された瑠璃は自席の椅子に身体を沈めていた。
「なんとか出どころは誤魔化せたけど」
友人に優秀なモデルエディターがいて、ちょっと彼女の手を借りた。
我ながら下手なごまかしだが、純兄さん謹製の3Dモデルに魅了された志位男はモデルの微調整とフィッティングに没頭している。
Dは……シズの歌声をセンシングするとか言っていた。多分屋上で宇宙と交信しているのだろう。
「後は、シズが参加してくれれば……」
計画通り、2週間後にアイエクのサービス再開が出来るかもしれない。
「さて、アタシはアタシの仕事をしますか!」
シナリオのスクリプト作成に各部門との予算折衝、ガチャ機能の再構成。
チーフとはいえプレイングマネージャーなのでやることは山ほどある。
(頼むわよ、純兄さん)
シズとコンタクトをとる事は出来ただろうか?
瑠璃はオフィスの窓から見える沈みかけた夕日を眺めるのだった。




