第14話 (シズサイド)陰キャ女子高生、痛恨のミス
*** 同日、神奈川県某所 ***
「う、ウソですよね……?」
薄暗いビルの谷間。
ひっそりと佇むおんぼろアパートの一室で、一人の少女が頭を抱えていた。
「なんでパスワードを掛けていなかったんですかシズ……」
頭を抱えたまま座布団に倒れこむ、自分のことをシズと呼んだ少女。
少女の名前は隠乃 静。
神奈川県にある某高校に通う高校三年生だ。
今日は月曜日だが学校は定期考査の振替休日。それなのにブレザーの制服姿で、しかも初夏だというのに冬服だ。艶やか……というにはいささか伸びすぎた黒髪は、バサバサと広がって彼女の顔を隠す。
「ううっ」
煩わし気に髪をはねのけると、現れたのは牛乳瓶の底ほどに分厚い眼鏡。
意外に高めな身長と、すらりと伸びる手足の印象は、全てこの地味な眼鏡に上書きされる。
「はぁ~、コツコツと録りためて来た『絶対表に出せないクソ陰キャ黒歴史確定自意識過剰オ○ニーデモテープ』、スマホの空きが無くなって来たからオンラインストレージにコピーしたのに……誰かに聞かれてしまったなんて」
シズを悶絶させているのは、先ほどスマホに届いた通知。
彼女がこっそりオンラインストレージに置いていたデモテープの音声ファイル。
パスワードをかけ忘れるという痛恨のミスで、中身を聞かれてしまったらしい。通知によると、開いたのは二人。しかもログが残っておらず、誰かも不明である。
「ああ、パリウッドのスカウトが来てしまったらどうしましょう……恥ずかしすぎて絶対無理ですし、そもそも飛行機チケットを買うお金がありません」
超絶ネガティブなことを言ったと思えば、億が一にもありえなさそうなことを心配するシズ。
シズの通う高校には、声優育成コースがあり、彼女も声優志望なのだが……。
「いやいやいやいや、あんなのシズには絶対無理です」
無理というのは、マイクの前で演技をすることだ。
誰もいない自室で、ピンマイクを使って録音するならいくらでもできる。
クソ陰キャ黒歴史確定自意識過剰オ○ニーボイスとはいえ、パリウッド映画の吹き替えレベルの声は出せているはずだ。
「ですが」
沢山のスタッフさんの前で、ヘッドホンを付けて、台本を読むなんて無理ゲーすぎる!
一度学校にあるスタジオで録音に挑戦したのだが、羞恥心が限界突破し泡を吹いて倒れてしまったシズである。そのせいで、オーディションどころかレッスンすら毎回途中で挫折してしまうのだ。
「なんとか、卒業するまでに……」
そう、シズは高校三年生でもう6月である。
高校卒業までに夢をかなえたいと地元を飛び出してきたのに。
「それに、お金が……」
小さいころから近所の農家さんを手伝って貯めた資金のほぼ全てをシズは使い切ってしまっていた。
家賃月二万のおんぼろアパートに住み、食費も切り詰めているのだが、学費とネット代がとにかくキツイ。
「アルバイトをしないといけません」
陰者のシズにとって、接客業などもってのほか。
「やはり、アソコに行くしかありませんか……」
よろよろと力なく起き上がる。
正直、激しいアレは嫌いではない。むしろ好きである。
だが後から自分のしでかしたことを思い出すと、爆発炎上してしまいそうになる。
とはいえ、来週の食費にも事欠くような現状、ヤルしかない。
ごそごそ
彼女がカラーボックスから取り出したのは、地味な少女からは想像もできないストリート系のキャップ。
ダボっとしたスウェットにカーゴパンツ、それにサングラスも忘れてはいけない。変装はしっかりと、だ。
「…………」
決意を込めた表情で、少女は治安の悪い繁華街へと向かった。
*** 数時間後 ***
「はあ……」
繁華街のど真ん中、薄暗いビルの地下から出てきたシズは大きなため息をつく。
「今回もヤリすぎました……」
両手で腰を押さえるシズ。
汗で額に張り付いた黒髪が煩わしい。
「当面のレッスン費と生活費は稼げましたが」
少女が先ほどまでいたのは、限界アンダーグラウンドなクラブ。
若い男女が複数人で……熾烈なラップバトルをする場所だ。
「ああ、思い返すだけで恥ずかしいです」
数か月に一度乱入し、巧みな言葉選びと七色のヴォイスで毎回優勝をかっさらっていく謎のラッパーSHIZU。今夜もまた、客のおひねりを独り占めしたSHIZUはいつの間にか店から消えていた。
「陰オーラを全開にすれば、だれにも見つからずに帰れますからね」
情けないことを口にしつつ、キャップとスウェットを脱ぎ、公衆トイレで制服に着替えるシズ。
厚底眼鏡をかけると、いつもの陰キャダウナー女子高生が完成した。
「ふぅ、今日くらいは美味しいものを買っていきましょうか……って、あら?」
数時間ぶりにスマホの電源を入れたシズは通知欄を見て首をかしげる。
通知を飛ばしてきたのは、ラヴスタアプリ。
声優を目指すなら、必須だよ!
数少ない地元の友人から勧められアカウントだけは作ったものの、陰属性MAXのシズにはキラキラ都会っ子とフレンドになる勇気などあるはずもなく、初期状態のまま鍵垢と化していた。
通知なんて来るはずないのだが……。
『リュー&フィルルさんから、フレンド申請が届きました』
「……えっ?」
通知画面に映し出されたアイコンの写真に目を奪われる。
そこに映っていたのは、いかにもヤンキー臭のする金髪女子高生と……右手で目を隠した、銀髪狼耳少女だったからだ。




