第1話 おっさん、帰還する
『帰還プロセスを開始します』
涼やかな女性の声に耳を傾けながら、地面に身体を横たえる。
(ようやく……戻れるんだな)
俺の名前は愛菜 純。
もう主観時間で15年になる。自動車事故をきっかけに異世界に転移した、いわゆる異世界転生者だ。
御年42歳。先ほど死闘の末に、魔王を倒したところだ。
『永きに渡る貴方の献身が、滅びに瀕したこの世界を救いました。その恩に報い、貴方を……』
導かれるように目を閉じると、走馬灯のように異世界での思い出が脳裏に浮かぶ。
右も左も分からない異世界への転生、女神から託された使命。後に運命の人となる少女との出会い。
魔王の降臨、そして血で血を洗う凄惨な戦い……激しい戦いの中で最愛の女性を喪ってもなお、俺は戦い続けた。
なぜならば。
(元の世界に、戻りたかった)
満ち足りた現代社会に生きる人間が、魔王やモンスターが存在するファンタジー世界に放り込まれた。そう願うのは当然だろう。
最愛の女性を得たことぐらいしか、良い思い出は無かった。
(それでも、俺が戦い続けたのは)
彼女が愛した世界を救うという約束を果たすため。その誓約をかなえた以上、彼女のいないこの世界にとどまる理由はなかった。
『それで、帰還の時間軸は……転生の半年前で本当にいいんですね?』
女性の声に頷く。
「元の世界も、良い思い出ばかりじゃないからな」
俺が異世界転生したのは27歳の時。貧しい子供時代、両親の離婚、世界的な感染症の流行による就職危機……様々な障害を乗り越えてようやく生活が安定した矢先だった。
今さら子供時代に戻りたいとも思わないし、俺を捨てた両親の運命を変えてやる、などの気概もない。
『承知しました。それでは転生から遡る事185日。同一時間軸に貴方を帰還させます』
「頼む」
胸の上で両手を組み、目を強く閉じる。
いよいよ帰れるんだ。
(ああ、そういえば)
転生前といえば、当時ハマっていたソシャゲがあったっけ。
オッサンと化した俺のメンタルで、ゲームを楽しめるのかは疑問だが、15年も若返るのだ。人生を謳歌しよう。
『…………あれ?』
その時、ぽそりとした女性のつぶやきが耳に届く。
彼女は俺を異世界に召喚した張本人。人知を超越した力を持つ女神様である。
「えっ」
その女神様が何かミスしたなんて、考えたくもないんだが。
『……やばっ』
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」
ぱあああああああっ!
全力で叫ぶがもう遅い。
眩しい光に包まれた俺の意識は、そこで途切れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……うっ」
一瞬の浮遊感の後、意識が戻る。
まぶたの裏が、やけに明るい。
俺は……どうなったんだ?
まさか別の異世界に転移してしまったとか……恐る恐る目を開く。
最初に目に入ったのは、白い天井。
そこに輝く、LEDシーリングライト。
「!!!!」
ファンタジー世界に、あるはずのない物。
「も、戻ってきたっ!」
まだ意識がはっきりしないせいか、自分の声が少し高く聞こえる。
「よっこいせっと」
頭を振り、ゆっくりと体を起こす。
掛け声? おっさんなら出るもんなんだよ。
「って…………あれ?」
違和感がさらに大きくなる。
先ほどまで魔王と戦っていた俺は、42歳とはいえ鍛え上げた肉体を持っていた。
転生前の時間軸でも、帰還者特典によりある程度肉体的な能力は維持されると聞いていた。
「え、えぇ!?」
目の高さに上げた自分の両手。体毛もなくすべすべで、輝く肌にはシミ・傷一つない。
物流会社でドライバーをしていた俺の手がこんなに綺麗なはずがない。
なにより、20代の頃から悩まされていた肩こりを感じない。
「う、うそだろ?」
他の部分はどうだ。
慌てて自分の胸板をまさぐる。
むにゅん
「…………へ?」
明らかに、そこにあるはずのない感触がした。
「ま、まさか」
ゆっくりと視線を周囲に動かす。
10畳くらいの広さのワンルームにはベッドと机、薄型テレビが置かれている。
棚の上には観葉植物とクマのぬいぐるみ。
壁にかかっているのは、ピンクを基調にしたセーラー服。
そしてその横には、大きな姿見が。
「…………ウソだろ?」
鏡に映っていたのは、クール……もといヤンキーという印象の美少女。
明らかに染めている明るい金髪(赤毛のメッシュ入り)は両耳の所でくるりと外はねしており、まるでバッファローの角のようだ。
切れ長の瞳の色は、意志の強さを感じるオレンジ。
もちろん、27歳トラックドライバーがこんな姿なわけない。
赤の他人として帰還したのか……いや、俺はこの少女に見覚えがあった。
「剣埼 龍華……?」
転生前に俺がプレーしていたアイドル育成ソーシャルゲーム、【アイドル・エクスプロ―ジョン】の主役キャラクターで、
俺の推しキャラだった。
「な、何で俺が龍華に?」
これはなんだ?
アレか? 女神のミスでゲームキャラクターに転生しちゃった的な?
「そ、そういえば」
元の世界(?)に戻って来たからか、過去の記憶が脳裏によみがえる。
「確かアイドル・エクスプロ―ジョンって……」
あのうっかり女神は、俺を転生時から遡って半年前に帰還させると言っていた。
俺の記憶が確かなら……。
「あと半年でサ終じゃねえか!」
ぱぱぱぱっ
叫ぶと同時に、複数のウィンドウが目の前に開く。
転生前に毎日見ていた、見覚えのあるユーザーインターフェース。
「う、うわあああああああああああっ!?」
おっさん帰還者、どうやら爆死ソシャゲの主人公になってしまったらしい。
新連載になります!
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