表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

現代知識と人身御供

作者: シロボウ
掲載日:2025/09/01

この物語はフィクションです

特定の習俗や共同体とは一切関係ありません

俺はかねてより卒論の題材を決めかねている、民俗学専攻の大学生だ。

いざ書こうと思って早一ヶ月。ネットサーフィンをしている間に梅雨が開けた。

ネットにある情報を集めただけじゃ教授にどやされる。とはいえ、何か画期的なアイデアがあるわけでもない。

しかし、ある時友人からこんな話を聞いた。

『毎年、梅雨明けの時期に。10歳くらいの女の子が巫女として、人柱になる村がある』と。

友人はその村の出身なのだが、そろそろ仲良くしていた親子の娘が、その"巫女(ひとばしら)"になるらしい。

一目会おうにも、村から出た者が戻ることはできないらしく、その場に行けない。そこで俺に『せめて最後に写真だけでも』という相談をしてきた――というわけだ。

俺は不謹慎ながら、『卒論の題材にピッタリだ』と思った。行かない手はない。

ネットにも情報がない、山奥の村。そこに、(くだん)の因習村はあった。


--

むせかえるほどの湿気と煮物の匂いが鼻をつく。道沿いの家々には、やたらと大きな鍋が並んでいた。

中身は具材の灰汁(あく)で濁り、野菜は煮崩れて原型を留めていない。

何故みんな煮物を作っているのか、何故外に出しているのか。試しに、友人に質問を送ってみる。

「祭りの時に持ち寄って食うんだよ。村中の鍋とか食器、全部使うのが決まりなんだ。作ったら一旦外に出して、神に『私はもう作ってますよ』ってアピールするんだよ」

神……土着神、というやつだろうか。

土着神というのは、古来からその土地に宿る神。性格は荒々しい上に人身御供(ひとみごくう)――いわゆる"生贄"を要求してくることも多い神だ。

――しばらく進み、村の奥の広場まで来た。

中心には塔状の構造物があり、古びた布が風でなびいている。布は赤と白の縞模様であったため、かろうじて祭りに使われる祭り(やぐら)であることはわかった。

聞いていた話では『神聖な場所』とのことだったが、それにしては手入れが行き届いていないように見える。

俺は村人に話を聞いてみることにした。

「ちょっとすみません、あの歴史ありそうな櫓、どれくらいの頻度で掃除するんですか?」

「掃除? 神聖な場所が汚れるわけないだろう。そもそも、巫女以外は立ち入り禁止だ。誰にもあの領域は穢せんよ」

話が通じそうにない。俺はさっさとこの話題を切り上げ、友人が用意してくれた宿について聞いた。

「その場所、巫女の家か。案内してやるよ、ついてきな」

意外にも優しい。因習村は因習がおかしいのであって、村人がおかしいというわけではないのか?

「あの家の子はなあ。村のために、親と別れた子なんだぞ」

「……詳しく聞いても?」

聞けば、娘が巫女になるのを嫌がった両親を村から追放。巫女役の女の子を確保するため、村に閉じ込めているとのことだった。

友人にも聞いてみたが、娘を人質に取られるわ、神の祟りが怖くて警察にも通報できないわで、とうとうこの時が来てしまったということらしい。

「だけど、仕方ないよなあ。神様が決めたことだ。祭りは明日――どうせ親と居られたとしても、今日が最後だったんだ」

哀れではあるが、正直恐ろしくて関わりたくない。写真だけ撮って、さっさと帰ろう。

この時はそう思った。


--

家の外観は、まるでお屋敷だった。受付の老婆に今日泊まることを伝え、中に入る。

ここは巫女になる予定の女の子達が住まうところらしく、村としても特別な意味がある場所らしい。

話を通せばここに泊めることのできる友人は、当時どういった立ち位置の人だったのかと気になってしまう。

中も広々としていて圧倒される――と同時に、壁や床がかなり黒ずんでいるのが気になった。

灰が山のように積もった囲炉裏や、汚れたまま配置だけ整えられた座布団に多少の嫌悪感を抱く。

汚れを見ないようにしつつ、自分の寝る部屋まで歩いていると、廊下の奥から白装束の少女が出てきた。

年は見た感じ十歳ほど。やせ細った腕、おぼつかない足取り、浅い呼吸。寝不足と疲れが全面に出た、やつれた表情。

直感で気付いた。この子が今年の"巫女(ひとばしら)"だ。

少女は小さく会釈し、足早に去っていった。

トコトコと歩くその後ろ姿が、まるで"死に場所に向かっている"ように見えて、嫌な汗が出る。

俺は急ぎ足で自分の部屋に向かった。荷物を置いて一息つくと、巫女の写真を撮っていないことを思い出す。

また廊下を歩きながらキョロキョロと巫女を探していると、屋敷の中でも一番奥の方に土間があることに気付く。

土間の隅には大鍋が置かれており、鍋の中には得体の知れない塊が沈んでいた。しかし中は赤黒く濁っていて、何かまでは判別できない。

「何が入ってるんだ? 他と臭いが違いすぎるけど……」

生臭いような、鉄臭いような、変な臭い。しかしそこかしこで具材が煮られているため、臭いがぼやけて正体がわからない。

ふと気配を感じて振り返ると、受付の時の老婆が後ろに立っていた。

「それはうちが代々担当してる、巫女だけが口にできる特別な一杯さ」

老婆は不気味に笑い、置いてあった木べらで鍋をかき回す。

鍋の中から浮かんできた白いものが、魚の骨のようにも、人の指のようにも見えて、気味が悪かった。


--

その夜、俺は眠れなかった。老婆の笑みと、巫女用の鍋の嫌な臭い。そして、巫女の死に急ぐような後ろ姿。

嫌なことを思い返していると、廊下の奥から太鼓と鈴の音がかすかに響いてくる。土間の方だ。

布団から這い出して、明かりのついている部屋をそっと覗いてみると、少女が舞の稽古をしていた。吐息は荒く、額の汗は白い装束を濡らし、顔色は体を動かしているとは思えないほど青白い。

その傍らで、巫女用の鍋から湯気が立ちのぼっていた。鼻を刺す臭いは、昼間よりもはっきりと、血生臭さを感じる。

「他のものは食べていないかい? あと一日だからね、我慢しないといけないよ」

「……」

何も言わず、白い肉のような煮物を口にする少女。かなり大きな骨があるようで、ゴリ、ゴリとここまで音が聞こえる。

何度も吐きそうになりながら、なんとか骨と肉を飲み込んだ。

「食べたら舞の練習に戻るよ。ほら早く」

舞に合わせて、鈴の音が鳴る。

シャン、シャン、シャン。

たどたどしくも神秘的な舞。足の先からつまの先まで、全てに指導が入っていることが伺える美しい舞。

しかし、これが少女の生命を蝕んでいることは明白だった。

「げほっ! ゲホッゲホッ」

くぐもった咳が聞こえる。地面は血で汚れ、少女は倒れ込む。

「ダメだよ。立ちなさい。村のみんなが死んでもいいの?」

少女は小さい体で懸命に立ち上がり、舞の練習を続ける。

俺は確かに卒論の一助になればと思ってここに来たが、実際に見てみると胸糞が悪すぎて見ていられない。

目の前で本当に血反吐を吐いて頑張っている少女は、村のために明日死ぬ。これを目撃した上で何もしないというのであれば、今後一生自分の人間性を疑いながら過ごす羽目になるだろう。

……待てよ。

小さい女の子が苦しい思いをして死ぬが、やらなければ村人みんなが犠牲になる祭り。土着信仰の因習村で、毎年しなければならない人身御供(ひとみごくう)

既に、ピースは揃っているのではないか?

俺は民俗学専攻の大学生だ。あまり真面目ではないが、こういったいわゆる『村特有のおかしな事件』について調べたことがある。

とある村では、"男女問わず産めもしない神の子を妊娠して、腹に水が溜まり続けやがて死に至る"という地方病があった。

原因は不衛生による寄生虫感染だ。

とある村では、"祭りをしなくなったことにより狐憑き――いわゆる精神病患者が増えた"という事例があった。

原因は村での役割を失ったことによる鬱病だ。

そして、今回はその複合ではないか?

例えばだ。コロナが流行った時はみんなが感染予防をし、結果としてインフルエンザの感染者が激減した。

祭りを"しない"ことで大量死が起きるのではなく、『祭りを"する"ことによって村人が死ななくなる』と考えるなら――祭りの準備で清潔になり、みんなが感染症にかかりにくくなっているとも考えられる。

そういえば、祭りの準備として村のみんなで煮物を作っている。自然と煮沸消毒されている。

祭りが行われるのは梅雨明けの時期。単に中止されずらい期間を狙っての開催なんだと思っていたが、湿気が増えて菌が繁殖しきった時期とも言える。

俺は慌てて自室に戻り、友人に電話をかける。

「おい、村人や巫女が死ぬ時はどういった症状が出る?」

「えっ? えーと、腹痛、高熱……あとは下痢とか嘔吐。意識が朦朧としてるやつとか、下着とかズボンが血まみれのやつが多かったと思う」

突然の着信で叩き起こされた友人は、寝ぼけながらも質問に答えてくれる。他にも発症している病気はあるだろうが、症状はやはり『赤痢(せきり)』に酷似している。

赤痢は不衛生が原因で起こる感染症だが、加熱の予防がかなり有効な病気だ。食器や調理器具が熱されることで、消毒されているのではないか?

俺は家を飛び出し、広場にある祭り櫓に向かった。今は深夜2時――周りには誰もいない。こっそり忍び込んでもバレそうにないな。

カバンの中から消毒スプレーとティッシュを取り出し、手が届くところ全てをきれいに拭き上げていく。

手すり、階段、床……拭く度すぐに色が変わる。菌とか以前に汚れが酷い。

………………。

1時間は経ったか。

今まで道端でもらいまくったティッシュを全て使い切り、ようやく掃除が完了した。

かなりきれいになった。マスクとか消毒も入れっぱなしで助かった。

黒茶色に汚れた大量のティッシュをビニール袋に入れ、キツく縛る。持って帰ってこっそり捨てよう。

それにしても、街灯がないと真っ暗だな。スマホがないと足元も、どこに家があるかも見えやしない。

――家に近付くと、鈴の音が聞こえた。

シャン、シャン、シャン。

すごく疲れたし、夜も遅い。早く寝ないとな。


--

翌朝、村の広場には、たくさんの鍋と人が集まっていた。

湯気とともに、様々な具材の匂いが入り交じる。

太鼓の音が鳴った。巫女の登場で歓声が沸く。俺も写真を撮りながら、その様子を見届ける。

巫女が舞を披露する中、周りは手拍子をしたり煮物を食べたり、存外自由に過ごしていた。

シャン、シャン、シャン。

白装束の袖が翻り、鈴の音が響く。聞いていると――気分が悪くなった。

澄んだ音色のはずなのに、頭蓋骨と金属が打ち合っているような感覚に陥る。頭がガンガンと痛み、思わずうずくまる。

心配した村人が声をかけてくれる。

「大丈夫か? 気分悪そうだけど」

俺は頷いたが、視界はどんどん揺らいでいく。

舞の終わりまでなんとか耐え、周りが巫女に拍手を送る――と同時に、巫女がバタリと倒れた。

しかし、誰も驚いていない。周りの大人たちは慌てる様子もなく、まるで予定通りといった顔で担架に乗せ、広場の奥の社へ運んでいく。

まずい。

巫女は舞が終わると、専用の小屋に閉じ込められるそうだ。そして、次の祭りの開催日まで開けられることはないと聞く。

せっかく病気の対策をしたのに、1年閉じ込められて死なない人間はいない。

俺は村人達の前に立ちはだかった。

「待て! この村の大量死の原因は"赤痢"という病気だ、清潔にしていれば感染は防げる!」

「な、なんだって? セキリ? これは神の怒りを鎮める神聖な儀式だぞ」

「とにかく、あんた達は死なないんだ! 祭り櫓も消毒したから、その巫女も助かる!」

「……お前、あの櫓の中に入ったんか?」

村の人達の、目の色が変わる。

「巫女の死は神の決めたことだ、それを否定する気か! そして神聖な場所に許可なく立ち入ったこと――万死に値する!」

村人は激昂し、全員が俺を睨みつけた。

話が通じない――救えるはずなのに。人柱なんて用意する必要もなくなるのに。

せめて目の前の命だけでも救うため、巫女を村人から引き剥がし、走った。


--

俺は急いで村から逃げ、少女を匿った。

消毒し、風呂に入り、栄養のあるものを食べた。

その後すぐに友人に連絡し、親の元へ返した。少女は俺に向かって、お礼を言ってくる。

「本当にありがとう。最期にお父さんとお母さんに会えて、嬉しかった」

俺は次の日から、頭痛に悩まされるようになった。

頭の中で、鈴の音が響く。

シャン、シャン、シャン。

友人から、少女が死んだことを伝えられた。

シャン、シャン、シャン。

正しくなかった。俺は、余計なことをした。

鈴の音がこだまして、上手く考えられない。

シャン、シャン、シャン。

俺は自室で弱り、倒れ伏す。

朦朧とする意識の中で、異形を見た。

ヘビのような、まさに祟り神といった姿の奴が、俺の首を締めた。

櫓から帰る途中、暗闇で家の位置もわからないと言っていました。

鈴の音が聞こえたと言っていましたが、舞の練習を、明かりのない状態で行うでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
書きたいことがよく伝わってくる作品っすね。 最後の、鈴の音が耳に残っているというか心に残ってしまっているシーンは、最後に怖さを残す感じでめっちゃ良かった♪ ショートショートって、登場人物の掘り下げや…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ