現代知識と人身御供
この物語はフィクションです
特定の習俗や共同体とは一切関係ありません
俺はかねてより卒論の題材を決めかねている、民俗学専攻の大学生だ。
いざ書こうと思って早一ヶ月。ネットサーフィンをしている間に梅雨が開けた。
ネットにある情報を集めただけじゃ教授にどやされる。とはいえ、何か画期的なアイデアがあるわけでもない。
しかし、ある時友人からこんな話を聞いた。
『毎年、梅雨明けの時期に。10歳くらいの女の子が巫女として、人柱になる村がある』と。
友人はその村の出身なのだが、そろそろ仲良くしていた親子の娘が、その"巫女"になるらしい。
一目会おうにも、村から出た者が戻ることはできないらしく、その場に行けない。そこで俺に『せめて最後に写真だけでも』という相談をしてきた――というわけだ。
俺は不謹慎ながら、『卒論の題材にピッタリだ』と思った。行かない手はない。
ネットにも情報がない、山奥の村。そこに、件の因習村はあった。
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むせかえるほどの湿気と煮物の匂いが鼻をつく。道沿いの家々には、やたらと大きな鍋が並んでいた。
中身は具材の灰汁で濁り、野菜は煮崩れて原型を留めていない。
何故みんな煮物を作っているのか、何故外に出しているのか。試しに、友人に質問を送ってみる。
「祭りの時に持ち寄って食うんだよ。村中の鍋とか食器、全部使うのが決まりなんだ。作ったら一旦外に出して、神に『私はもう作ってますよ』ってアピールするんだよ」
神……土着神、というやつだろうか。
土着神というのは、古来からその土地に宿る神。性格は荒々しい上に人身御供――いわゆる"生贄"を要求してくることも多い神だ。
――しばらく進み、村の奥の広場まで来た。
中心には塔状の構造物があり、古びた布が風でなびいている。布は赤と白の縞模様であったため、かろうじて祭りに使われる祭り櫓であることはわかった。
聞いていた話では『神聖な場所』とのことだったが、それにしては手入れが行き届いていないように見える。
俺は村人に話を聞いてみることにした。
「ちょっとすみません、あの歴史ありそうな櫓、どれくらいの頻度で掃除するんですか?」
「掃除? 神聖な場所が汚れるわけないだろう。そもそも、巫女以外は立ち入り禁止だ。誰にもあの領域は穢せんよ」
話が通じそうにない。俺はさっさとこの話題を切り上げ、友人が用意してくれた宿について聞いた。
「その場所、巫女の家か。案内してやるよ、ついてきな」
意外にも優しい。因習村は因習がおかしいのであって、村人がおかしいというわけではないのか?
「あの家の子はなあ。村のために、親と別れた子なんだぞ」
「……詳しく聞いても?」
聞けば、娘が巫女になるのを嫌がった両親を村から追放。巫女役の女の子を確保するため、村に閉じ込めているとのことだった。
友人にも聞いてみたが、娘を人質に取られるわ、神の祟りが怖くて警察にも通報できないわで、とうとうこの時が来てしまったということらしい。
「だけど、仕方ないよなあ。神様が決めたことだ。祭りは明日――どうせ親と居られたとしても、今日が最後だったんだ」
哀れではあるが、正直恐ろしくて関わりたくない。写真だけ撮って、さっさと帰ろう。
この時はそう思った。
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家の外観は、まるでお屋敷だった。受付の老婆に今日泊まることを伝え、中に入る。
ここは巫女になる予定の女の子達が住まうところらしく、村としても特別な意味がある場所らしい。
話を通せばここに泊めることのできる友人は、当時どういった立ち位置の人だったのかと気になってしまう。
中も広々としていて圧倒される――と同時に、壁や床がかなり黒ずんでいるのが気になった。
灰が山のように積もった囲炉裏や、汚れたまま配置だけ整えられた座布団に多少の嫌悪感を抱く。
汚れを見ないようにしつつ、自分の寝る部屋まで歩いていると、廊下の奥から白装束の少女が出てきた。
年は見た感じ十歳ほど。やせ細った腕、おぼつかない足取り、浅い呼吸。寝不足と疲れが全面に出た、やつれた表情。
直感で気付いた。この子が今年の"巫女"だ。
少女は小さく会釈し、足早に去っていった。
トコトコと歩くその後ろ姿が、まるで"死に場所に向かっている"ように見えて、嫌な汗が出る。
俺は急ぎ足で自分の部屋に向かった。荷物を置いて一息つくと、巫女の写真を撮っていないことを思い出す。
また廊下を歩きながらキョロキョロと巫女を探していると、屋敷の中でも一番奥の方に土間があることに気付く。
土間の隅には大鍋が置かれており、鍋の中には得体の知れない塊が沈んでいた。しかし中は赤黒く濁っていて、何かまでは判別できない。
「何が入ってるんだ? 他と臭いが違いすぎるけど……」
生臭いような、鉄臭いような、変な臭い。しかしそこかしこで具材が煮られているため、臭いがぼやけて正体がわからない。
ふと気配を感じて振り返ると、受付の時の老婆が後ろに立っていた。
「それはうちが代々担当してる、巫女だけが口にできる特別な一杯さ」
老婆は不気味に笑い、置いてあった木べらで鍋をかき回す。
鍋の中から浮かんできた白いものが、魚の骨のようにも、人の指のようにも見えて、気味が悪かった。
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その夜、俺は眠れなかった。老婆の笑みと、巫女用の鍋の嫌な臭い。そして、巫女の死に急ぐような後ろ姿。
嫌なことを思い返していると、廊下の奥から太鼓と鈴の音がかすかに響いてくる。土間の方だ。
布団から這い出して、明かりのついている部屋をそっと覗いてみると、少女が舞の稽古をしていた。吐息は荒く、額の汗は白い装束を濡らし、顔色は体を動かしているとは思えないほど青白い。
その傍らで、巫女用の鍋から湯気が立ちのぼっていた。鼻を刺す臭いは、昼間よりもはっきりと、血生臭さを感じる。
「他のものは食べていないかい? あと一日だからね、我慢しないといけないよ」
「……」
何も言わず、白い肉のような煮物を口にする少女。かなり大きな骨があるようで、ゴリ、ゴリとここまで音が聞こえる。
何度も吐きそうになりながら、なんとか骨と肉を飲み込んだ。
「食べたら舞の練習に戻るよ。ほら早く」
舞に合わせて、鈴の音が鳴る。
シャン、シャン、シャン。
たどたどしくも神秘的な舞。足の先からつまの先まで、全てに指導が入っていることが伺える美しい舞。
しかし、これが少女の生命を蝕んでいることは明白だった。
「げほっ! ゲホッゲホッ」
くぐもった咳が聞こえる。地面は血で汚れ、少女は倒れ込む。
「ダメだよ。立ちなさい。村のみんなが死んでもいいの?」
少女は小さい体で懸命に立ち上がり、舞の練習を続ける。
俺は確かに卒論の一助になればと思ってここに来たが、実際に見てみると胸糞が悪すぎて見ていられない。
目の前で本当に血反吐を吐いて頑張っている少女は、村のために明日死ぬ。これを目撃した上で何もしないというのであれば、今後一生自分の人間性を疑いながら過ごす羽目になるだろう。
……待てよ。
小さい女の子が苦しい思いをして死ぬが、やらなければ村人みんなが犠牲になる祭り。土着信仰の因習村で、毎年しなければならない人身御供。
既に、ピースは揃っているのではないか?
俺は民俗学専攻の大学生だ。あまり真面目ではないが、こういったいわゆる『村特有のおかしな事件』について調べたことがある。
とある村では、"男女問わず産めもしない神の子を妊娠して、腹に水が溜まり続けやがて死に至る"という地方病があった。
原因は不衛生による寄生虫感染だ。
とある村では、"祭りをしなくなったことにより狐憑き――いわゆる精神病患者が増えた"という事例があった。
原因は村での役割を失ったことによる鬱病だ。
そして、今回はその複合ではないか?
例えばだ。コロナが流行った時はみんなが感染予防をし、結果としてインフルエンザの感染者が激減した。
祭りを"しない"ことで大量死が起きるのではなく、『祭りを"する"ことによって村人が死ななくなる』と考えるなら――祭りの準備で清潔になり、みんなが感染症にかかりにくくなっているとも考えられる。
そういえば、祭りの準備として村のみんなで煮物を作っている。自然と煮沸消毒されている。
祭りが行われるのは梅雨明けの時期。単に中止されずらい期間を狙っての開催なんだと思っていたが、湿気が増えて菌が繁殖しきった時期とも言える。
俺は慌てて自室に戻り、友人に電話をかける。
「おい、村人や巫女が死ぬ時はどういった症状が出る?」
「えっ? えーと、腹痛、高熱……あとは下痢とか嘔吐。意識が朦朧としてるやつとか、下着とかズボンが血まみれのやつが多かったと思う」
突然の着信で叩き起こされた友人は、寝ぼけながらも質問に答えてくれる。他にも発症している病気はあるだろうが、症状はやはり『赤痢』に酷似している。
赤痢は不衛生が原因で起こる感染症だが、加熱の予防がかなり有効な病気だ。食器や調理器具が熱されることで、消毒されているのではないか?
俺は家を飛び出し、広場にある祭り櫓に向かった。今は深夜2時――周りには誰もいない。こっそり忍び込んでもバレそうにないな。
カバンの中から消毒スプレーとティッシュを取り出し、手が届くところ全てをきれいに拭き上げていく。
手すり、階段、床……拭く度すぐに色が変わる。菌とか以前に汚れが酷い。
………………。
1時間は経ったか。
今まで道端でもらいまくったティッシュを全て使い切り、ようやく掃除が完了した。
かなりきれいになった。マスクとか消毒も入れっぱなしで助かった。
黒茶色に汚れた大量のティッシュをビニール袋に入れ、キツく縛る。持って帰ってこっそり捨てよう。
それにしても、街灯がないと真っ暗だな。スマホがないと足元も、どこに家があるかも見えやしない。
――家に近付くと、鈴の音が聞こえた。
シャン、シャン、シャン。
すごく疲れたし、夜も遅い。早く寝ないとな。
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翌朝、村の広場には、たくさんの鍋と人が集まっていた。
湯気とともに、様々な具材の匂いが入り交じる。
太鼓の音が鳴った。巫女の登場で歓声が沸く。俺も写真を撮りながら、その様子を見届ける。
巫女が舞を披露する中、周りは手拍子をしたり煮物を食べたり、存外自由に過ごしていた。
シャン、シャン、シャン。
白装束の袖が翻り、鈴の音が響く。聞いていると――気分が悪くなった。
澄んだ音色のはずなのに、頭蓋骨と金属が打ち合っているような感覚に陥る。頭がガンガンと痛み、思わずうずくまる。
心配した村人が声をかけてくれる。
「大丈夫か? 気分悪そうだけど」
俺は頷いたが、視界はどんどん揺らいでいく。
舞の終わりまでなんとか耐え、周りが巫女に拍手を送る――と同時に、巫女がバタリと倒れた。
しかし、誰も驚いていない。周りの大人たちは慌てる様子もなく、まるで予定通りといった顔で担架に乗せ、広場の奥の社へ運んでいく。
まずい。
巫女は舞が終わると、専用の小屋に閉じ込められるそうだ。そして、次の祭りの開催日まで開けられることはないと聞く。
せっかく病気の対策をしたのに、1年閉じ込められて死なない人間はいない。
俺は村人達の前に立ちはだかった。
「待て! この村の大量死の原因は"赤痢"という病気だ、清潔にしていれば感染は防げる!」
「な、なんだって? セキリ? これは神の怒りを鎮める神聖な儀式だぞ」
「とにかく、あんた達は死なないんだ! 祭り櫓も消毒したから、その巫女も助かる!」
「……お前、あの櫓の中に入ったんか?」
村の人達の、目の色が変わる。
「巫女の死は神の決めたことだ、それを否定する気か! そして神聖な場所に許可なく立ち入ったこと――万死に値する!」
村人は激昂し、全員が俺を睨みつけた。
話が通じない――救えるはずなのに。人柱なんて用意する必要もなくなるのに。
せめて目の前の命だけでも救うため、巫女を村人から引き剥がし、走った。
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俺は急いで村から逃げ、少女を匿った。
消毒し、風呂に入り、栄養のあるものを食べた。
その後すぐに友人に連絡し、親の元へ返した。少女は俺に向かって、お礼を言ってくる。
「本当にありがとう。最期にお父さんとお母さんに会えて、嬉しかった」
俺は次の日から、頭痛に悩まされるようになった。
頭の中で、鈴の音が響く。
シャン、シャン、シャン。
友人から、少女が死んだことを伝えられた。
シャン、シャン、シャン。
正しくなかった。俺は、余計なことをした。
鈴の音がこだまして、上手く考えられない。
シャン、シャン、シャン。
俺は自室で弱り、倒れ伏す。
朦朧とする意識の中で、異形を見た。
ヘビのような、まさに祟り神といった姿の奴が、俺の首を締めた。
櫓から帰る途中、暗闇で家の位置もわからないと言っていました。
鈴の音が聞こえたと言っていましたが、舞の練習を、明かりのない状態で行うでしょうか?




