7 囚われの身と視察旅行
日を改めた婚約式は城内の教会で滞りなく終わった。婚姻式は一年後だったのが、半年後に早まっていた。
当日言われたので抗議したが、別に婚約と結婚の間を開ける期間は決まっていない。嫁入りの準備はとっくにできていた。ジョゼルカを待っていただけだと言われた。
確かに18歳で結婚する予定だった。僕は唇を噛み締めて諦めるしか無かった。
天井が高く、シャンデリアが無数に煌めくホールで盛大にパーティーが行われた。
披露パーティーでは、僕はヤヘルファンの横で、人形のように微笑み会釈した。
心の中では吹雪のように乱れ冷たくなっていたが。
来賓は多かった。僕の国からも両親が来てくれ、懐かしさに双方涙ぐんだ。
朝から衣装や段取りの合わせで息つく暇もなく、ずっと立ちっぱなしで疲れてきて、一刻も早く終わってほしかった。
「ヤヘル、僕座りたい」
堪らずに訴えると、玉座の並びに置かれた僕用の椅子まで連れて行ってくれた。
「可愛くて、ついいつも無理をさせてしまう」
耳元で囁かれて耳たぶに軽くキスされる。
僕はゾッとして急いで離れた。
ヤヘルファンはその様子には何も言わず、ワゴンを取り寄せ、軽食と飲み物を持って来させていた。
この人は本当にこういう時は気が効く。
少しずつ飲み食いしてると、両親がやって来た。
お祝いの言葉をもらって返すと
「ジョゼ、幸せなの?」
一転、母が思い詰めるような口調で言った。
「あなたが旅立つ時の顔を覚えているわ」
ああ、遥か前のような気がする。
「わからない。幸せが何か。恵まれているとは思う」
「嫌になったら帰って来て良いんだぞ」
父は母の肩を抱いて言った。
「嫌じゃありません。ヤヘルファン殿下はとても良くしてもらっています。それに僕がいた方が、シグネチャル国には有利な取引をしてもらえるんだから」
「ジョゼに幸せになってほしかった。国に居れば王として即位できたのに」
「タマラン国の王妃でも、同じだよ。どちらも今更興味は無いけど。求められているなら、在るだけです」
「我が国は僕とジョゼルカ殿下がある限り、シグネチャル王国を守護致しますよ」
ヤヘルファンがやって来て鷹揚に言った。
「我が国を気にかけてくれてありがとう。ジョゼルカを幸せにしてやってくれ」
「勿論です。この後、ジョゼルカ殿下には、国内の視察に同行願おうと思ってます。
「視察?」
「ふふ、目的はほぼ新婚旅行と顔見せだ。景色のいい所を選んだ」
「そうでしたか、楽しみです」
別段興味は無かった。ヤヘルファンが、ある言葉を口にするまでは。
「途中、殿下が保護されていたアイル村も通る」
「アイル村…」胸がズキっと痛んだ。
「懐かしいか?」
「そうですね。景色の良い長閑な村でした」
懐かしさで胸がいっぱいになり、涙まで浮かんで来たが必死で堪える。
「長閑以外、これと言って何も無い村だ」
ミナハトが居たから、アイル村は特別な所になった。村人は皆親切で、気軽に声をかけてくれた。
「ウノ」
「ん?」
「僕は怪我をして記憶を失っていたんです。名前も思い出せず、『ウノ』と呼ばれてたんだ」
「酷い名前だ」
ヤヘルファンは苦笑した。
「得体の知れないウノを、村の皆さんはとても親切にしてくれた」
僕は下を向いてしまった。もう笑みを浮かべることができなかった。
「帰りたい」
想いを込めて呟いた。
その後、気分が優れないと、早めに辞した。部屋に戻るとどっと疲れが出て、やっとの事で風呂に入った。
マッサージも断り、髪も乾かさずにベッドに横になると、直ぐに寝入ってしまった。
朝起きると横でヤヘルファンが眠っていた。
意外にあどけない顔で、いつもの強気な傲慢さが見えない。
『僕の夫となる男』
そっと手を伸ばして柔らかな髪を撫でた。少し癖のある黒髪は昔より伸びて肩過ぎまである。
父母には言ったが、僕自身全く覚悟ができていない。
この人と生涯共にしなければならないと思うと堪らない。
ヤヘルファンが目を開けた。
「ジョゼ」
赤い目がじっとジョゼルカを見つめると、胸が苦しくなる。僕を捕える執着の色だ。
「どこにも行くな、私のそばにずっといろ」
「僕が何を言おうと離さないでしょう?」
ヤヘルファンは手を伸ばしてジョゼルカの頭を引き寄せたが、頭を振って拒んだ。
「ジョゼが私と共に在る事が幸せなのだ」
「ヤヘルはそれで幸せだろうけど。一体僕のどこに惹かれたの?」
ヤヘルは僕の両瞼にキスを落とす。
「全てだ!特にその美しい青い目、私を見る目が好きだ」
抱きしめられても鬱陶しいだけだ。
「もう朝ですよ?僕はお腹が空いたのですが。昨夜はあまり食べられなかったので」
「では、早目に済まそう」
「ああっ嫌っ」
ここに閉じ込められて、夜に訪れるヤヘルに無理矢理身体を開かれて。
僕は王妃なんかじゃない。単なる愛玩具だ。
帰りたい、カエリタイ。
一回で終わったが、そのまま抱き上げられて風呂に入れられた。
その後やっと朝ご飯だ。
もう疲れて食べる気力があまり無かった。
「明日から5日間視察に行くから、用意をさせている。」
「僕は行かなくても」
「一緒に行く。新婚旅行の代わりだと言っただろう?いつもここに閉じ込めているからな。景色のいい所を通るから楽しみにしておけ」
「自覚があるなら、もっと自由に動かせて下さい」
「ジョゼを他の者の目に触れさせたくない。外は危ない。また攫われたら嫌だ。ここなら安全だ」
「僕は、こんな扱いは全く望んでいない」
思わず呟いたが、ヤヘルファンは聞こえてなかったようでジョゼルカの美しさを讃えている。
更に鬱陶しくなって、食事もそこそこに席を立ち、ベッドに逆戻りした。
まだ午前中なのに、疲れ果てていた。
視察の日がやってきた。
荷物を積んだ3台の馬車が行く後ろを2人の乗った豪華な馬車が続く。後ろに侍従達が乗る馬車が従う。
馬車に乗り込んだ僕は、斜め向かいに座ろうとして引き寄せられた。
馬車が走り出すと、外の景色の解説を始めた。
王城に来るまでも、来てからも、外の事は知らず終いだったので、何となく聞いていた。
その内眠くなってうつらうつらしていると、膝の上にゆっくり引き倒された。
「恐れ多いです」
僕は起き上がろうとしたが、「構わない」と頭を撫でられた。
「今日は、テレス川の堤防を見て、テレス領主の館に泊まる。お前は気を使うかも知れんから、今のうちに寝ておけ」
「ありがとう、ございます」
ぼんやりと返事して目を瞑った。
2刻ほど後に、川に着いたと起こされた。
テレス川はダラステカの王都の横を流れる国最大の川だ。流れは緩やかで川幅は広いが、土地が低くて、大雨の度に家屋や畑が水に浸かっていた。
そこに堤防や灌漑用の池を作り浸水を防ぎ、畑の作付面積も大幅に増やす事ができた。
全て王子の手によって進められた事業だ。
ヤヘルファン殿下のおかげだと皆が膝をつく。僕も倣ってお辞儀した。
傲慢で専横的だが、病弱で凡人の父王に代わり、早くから治世を執り行なっている。臣民の信頼も父王より深く絶大だ。
「こんな人の伴侶に選ばれたのだから、僕も喜んで尽くさなければなりませんね」
僕は独り言のつもりだったが、ヤヘルファンに聞こえたようだ。
「既にジョゼは私の元にいてくれる。十分だ」
テレス領主の館で歓待を受け、夜遅くまで飲んでいた。
2人で酔ったまま一緒に風呂に入り、そのまま珍しくふざけ合いながら、いつの間にか深く眠っていたようだ。
「起きろ、ジョゼ王子」
と耳元で言う低い声で目を覚ました。
起きた途端殺気で身体がぞくっとした。
酔いはとっくに抜けており、中途半端にかかった毛布からはみ出た部分の肌寒さが特に気になる。
「命が惜しければ静かにしろ」
僕は震えながら身体を起こした。
ここは領主館で、領主と僕らを守る騎士は多く、見回りもしているはずだ。
こんな奥まった部屋まで侵入して僕に何の用だろうか。
「ヤヘルファン?」隣にいるはずなのに気配が無い。
暗闇の中目を凝らした。
「裸じゃんか!」賊?は怒っていた。
「もう手を出されたのか⁈ちょっとは嫌がれよ」




