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第9話:先輩美女も重視する、フリークエンシー・キャップ?

挿絵(By みてみん)



(あああっ! また私の安らぎの7番席に、また今朝もあいつが座ってるっ。うきーっ)



 リサは前回よりもっと早くきたのに、今朝も例のネイビースーツ姿の若々しい男性が、リサのお気に入りの7番テーブルでPC開いて陣取ってる。


 早朝6時台のファミレスはいつもガッラガラ。おひとり様でも4人用のボックス席を選び放題。店員さんにも広い席使っていいってちゃんと確認済み。どれもガラス窓の下で見晴らしのいいボックス席。そんな中で、7番席は右と後ろの二方向に壁のある角席だけど、手元の作業に集中できる奇跡的な席。しかもドリンクバーに近い。


 早起きして来て通学前までノーパソと戯れる大好きな席だったのに、最近はこの若手リーマンが先にこの席を取ってる。しかも今朝はブルーベリーのレアチーズパフェなんか食べてる。飲み物はいつものように、お冷だけ。



(ドリンクバーを使わないなら、他の席に座ってもいいじゃんっ。なんでわざわざその席だよ。しかもそんなフレッシュなパフェ、めっちゃ美味しそうだなオイ。上のブルーベリーヨーグルトホイップだけでも幸せな味じゃん。敵ながらいいチョイスだぜ。席譲ってよ)



 リサは心の中でぶつくさ文句を言いながら、あてつけとばかりに左隣りの8番席にドサッと座る。7番席は広い4人用テーブルなのに、お隣りの8番席のテーブルは窮屈な2人用。それでもわざわざ座るのは、無言の圧力。この一角だけ人口密度高いぜの計。でも彼は自分のお仕事とパフェの味に夢中で、ドリンクバーも使ってないから席も立たないし、全然こっちに気づかない。ちょっと寂しいかな。いや気づかれてもムカつくし。


 ファミレスはリサにとって特別な場所だ。とにかく貧乏で外食なんて夢のまた夢だったあの頃。お父さんの作るごはんがいつも不味くて不味くて。でも小学校の頃に一度だけ、お父さんがファミレスに行ってデザート食べようと言い出した。いつも工場の作業服か家用のジャージ姿なのに、一張羅のスーツなんか着て行って。初めて来たファミレスは、夢のような場所に思えた。高学年だったお兄ちゃんは財布を気にして「じゃあ、ミニアイスで……」とか遠慮して一番安いやつ選ぼうとしたけど、お父さんは「今日は気にしなくていいから何でも食え」って。家の事情なんて知らない私は大きなパフェ頼んで。お兄ちゃんも仕方なく違う大きいパフェにして。お父さんは「俺はお腹空いてないから」って飲み物だけだったから、「美味しいよ、一緒に食べようよー」って、分けて食べて。お兄ちゃんのと交換したりして。今から思うとみみっちい話かもしれないけど、あの時は最高にその瞬間が幸せだったんだ。


 お隣の彼がパフェを食べてるのを見ると、いつもあの日のことが脳裏によぎる。あんな幸せな食べ物を、いつも美味しそうに食べてる彼。テキトーに食べてるようならムカつくだろうけど、あんなに美味しそうに食べてるんだもん。こっちも幸せな気分になりそうなんだ。いやいや、7番席を譲れよ、やっぱムカつくな。



 テーブル上のQRコードを使って、モーニングの玉子雑炊セットをオーダー。シンプルな雑炊だけど、あの頃に食べてた雑炊は玉子すら入ってないこともあったから、それを思えば立派なご馳走だ。しかもドリバ付きで299円。まるで私のためのようなメニュー。


 雑炊が来るまでドリンクバーに行って、ゆずレモンスパークリングをチョイス。ここのドリバには「レモン」と「ゆずレモン」と「レモンスパークリング」と「ゆずレモンスパークリング」がある。なぜか名前が長いやつを選んじゃう。でも席に戻ったらお隣りの彼は「ブルーベリーのレアチーズパフェ」だから、文字数で負けててガックリ来た。


 しかし負けん気のリサは気を取り直して、改めて7番席の彼をキッと横目で見て、不敵な笑みを浮かべる。



(ふっふっふ。ブルーベリー三昧の朝活くん。キミはその7番席を最良の秘密の隠れ家だと思い込んでいるようだけど、キミの情報はすでにこの「リサーチリサっち」の私の手の中にあるのだよ。名前が「カイ」くんってことも、SNSでは「めぐ」を名乗ってネカマ活動中だってこともね)



 リサは心の中で謎のマウントを取りながら、ノーパソに向き直る。画面にはSNSの「めぐ」のアカウント。お隣りの彼のやつだ。


 リサは興味を持ったことはすぐさまリサーチしちゃう性格。特定班レベルのリサーチ力で、有名な女優がオフで着ている服のブランドも探り当てちゃうし、拡散されるドラレコ事故映像の道路の場所まで見つけちゃう。だからと言ってそれを晒したり自慢したりするわけでもなく、ただ情報に行き着くのが楽しいというだけ。


 7番席の彼の本名は「調所 廻」だと判明済み。リサは勝手に「シラベドコロ カイ」と呼んでいたけど、どうやら苗字は「ずしょ」と読むらしい。薩摩藩にそういう苗字の家老がいたらしく、調べているうちに鹿児島あたりの情報に詳しくなってしまった。大学の先輩が鹿児島旅行で「かるかん」を買ってきたと言ってお土産にくれたお菓子は、あんこが入っていたから、厳密には「かるかん」ではなくて「かるかん饅頭」という安価タイプだったことも分かっちゃった。皮が美味しかったので、今度は「かるかん」も食べてみよう。猫まっしぐら。


 リサの苗字は「白辺」と書いて「しらべ」。昔からのあだ名は「リサーチリサっち」。こんなにもリサーチャーとして最高の名前を持っているリサにとって、「シラベドコロ カイ」はちょっとライバル感。ニジさんという苗字の女性と結婚して「ニジ カイ」という名前になるがいい。行きたくもなかった飲み会で「おまえはニジカイなんだから、二次会も当然来るよな?」と遅くまで付き合わされることになるだろう。ゴジカイとかだとどうなるんだ。



 本名はカイくんなのに、SNSのハンドルネームは「めぐ」。爽やかにブルーベリーをスプーンで口にお運びになっているさっぱり爽やか君だけど、実のところはねっとりネカマ君なのである。


 カイくんの投稿によく出てくる「Yノ先輩」が、夢野先輩という超美人な同僚だということもリサーチリサっちには判明済み。ちょくちょくアップされてる彼女の写真は、顔こそ写っていないがパンツスーツ姿でスタイル抜群、絶対に仕事ができるタイプ。それに比べてカイくんよ、呑気に先輩を盗撮してる場合じゃないだろ。


 7番席の彼にさりげなく目をやると、PCの画面はリサが手元で見ているのと同じ、SNSの「めぐ」のアカウントページ。虫眼鏡と書籍を組み合わせたアイコンだ。カイくんが何やらPCでタイピングを始める。SNSに何かまた書き込んだな。どれどれ。



めぐ『Yノ先輩からフリークエンシー・キャップの重要性を教わった。つい調子に乗り過ぎてしまってた。Yノ先輩は姉のように、ダメな自分の至らなさに手を差し伸べてくれる。もっとしっかりしていかなきゃ」



 キタ━━(゚∀゚)━━!!。やっぱりめぐっぺが書き込んでた。SNSに投稿した人の真横で、その投稿を即座に読んでる私。謎の関係。リサの洞察が始まる。



(夢野先輩は姉のように? 勝手に弟キャラを演じるな。なんかよく新歓コンパとかでも「妹みたいなキャラだな」とか言って平気で頭ポンポンしてくる男の先輩とかいるが、マジでキモいんだよアレ。異性に「お姉ちゃんみたい」「妹みたい」などと言って兄弟姉妹を持ち出してくる奴は、総じてみんなクズ。それで下心隠せてると思ってんのかね。カイくん、キミのことよ。

 で、夢野先輩からフリークエンシー・キャップの重要性を聞いた……、フリークエンシー・キャップって何だろ。思考とはまず分解だ。キャップのほうは、まあ普通に考えて、帽子だろう。ハットじゃないやつ。いや、でもお仕事の用語なら、キャプテンの略とも考えられるな。いやいや、大学のキャップ制もあるぞ。単位取得の上限が決められてるやつ。上限制のことなのかもしれない。

 問題は、フリークエンシーのほうだ。単純に考えれば、フリーは自由、クエンはクエン酸、シーは海。つまり、自由なクエン酸の海。ビタミンCたっぷりの海水浴か。うん、絶対違うのでこれは捨てよう。

 じゃあ、語感からだ。フリークエンシー、ふりーくえんしー、ふりー食えんし……。「そんなに無料で食えんし、キャプテン!」。客船の中のビュッフェの量多すぎ問題。うん、絶対これも違う。

 いや、待てよ、語感で思い出した! フリークエンシー、受験の英語で、お馴染みの強引語呂合わせ使って覚えた気がするぞ。確か……、「不倫、食えんしー。そんな頻度で」。そうだ、頻度、頻度だ! フリークエンシーは頻度。さすが語呂合わせ記憶術は最強だ。でも、不倫が食えんって何なんだよ。不倫で何を食うんだよ。そっちの暗喩かよ。

 つまりはフリークエンシー・キャップとは、キャップの頻度、ってことね。そうなると問題はキャップのほうになっちゃった。キャップで思いつくものと言えば、鉛筆のキャップ、ペットボトルのキャップ、自転車のタイヤのバルブのキャップ……。何かに被せるものだ。どエロめぐっぺが考えそうな被せるものだから……、被せる……、ゴム? あの、あっちのゴムなのか? ゴムの頻度の重要性を教えるために、夢野先輩が手を差し伸べて……って、ぅおおおおおおい!

 弟キャラ演じてまで、華麗な夢野先輩に何やらせてんだよ、この下半身お元気ネカマめぐっぺが! いや「至らない自分、もっとしっかりしていかなきゃ」って、そうお元気でもないじゃねーか。キミのような陰謀エロ師はもはや、ブルーベリーパフェを注文したのに載ってきたのは公園とかによく落ちてるシャリンバイの実だったの刑に処されるがよいよ)



 リサの妄想洞察が止まらない。


 気になったら何でもすぐに調べちゃう行動力が、リサの良いところ。でも、情報に行き着くとなぜか妄想が爆発してしまい、全然深くまで調べられていないのが、リサの残念なところ。今朝もどうでもいい妄想だけばかりで、モーニング食わずに時間を食ってる。


 そんなこんなで通学時間がやって来て、リサはハッとする。いつしか冷えてふやけた玉子雑炊をそそくさと食べて、そそくさとお会計へ向かう。飲み放題のドリンクバーなのに、ゆずレモンスパークリング1杯しか飲めてない。もっとアイスピーチティーとか飲みたかった。



 彼女は帰宅後に調べ直すまで、結局辿り着いていなかった。フリークエンシー・キャップとは一定期間に表示される広告の回数や利用する回数に制限を設けることを表すビジネス用語であるということに。フリークエンシーが頻度でキャップが上限という意味は合ってたが、コンドームの使用頻度の話ではないのだ。そりゃそうだろ。


 そして彼女はいまだに分かっていなかった。「めぐ」を名乗る「シラベドコロ カイ」くんの本名が「調所 廻」、「ずしょ めぐる」であるということを……。




■リサが帰宅後に学んだビジネス用語


「フリークエンシー・キャップ」


 特定のユーザーに対して、一定期間中における広告の表示や、サービス利用の回数などに上限を設けて制限をかけること。




<第10話へ続く>



※リサっちを気に入ってくださったら、高評価をよろしくお願いします! (きっとリサが喜びます)



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