第8話:先輩美女と繰り返す、ABテスト?
(あああっ! 私の眷顧の7番席が、今朝もこいつに……! むかか)
リサは昨日より数分早く来てみたけれど、今朝も例のネイビースーツの若すぎ爽やかビジネスマンが、リサのお気に入りの7番テーブルで資料とか広げて夢中でお仕事してる。
早朝6時台のファミレスはガッラガラ。空いている席ばかりで、おひとり様でも堂々と4人席を独り占めできるヘブンズタイムだ。どの席も広い窓で見晴らしがいい。でも7番席は二方を壁に囲まれた角席だけど、人の目を気にせず集中できる神席なのだ。しかもドリンクバーに数歩と近い。
いつも早起きして来て通学時間までノーパソと戯れるリサの超愛用席だったのに、最近はいつしかこの若い会社員のほうが先に来て着座しておられる。今日はコーヒーゼリーサンデーを食べてる。そして今日もお冷だけ。
(ドリンクバー使わないなら、別に他の席でもいいじゃんっ。今日は日曜日でもないのにサンデーですか。確かに「週刊少年サンデー」とかも日曜日でなくても読めるし、東北のサンデーホームセンターも日曜日でなくても開いてるけどさ。何で毎回お冷なんだよ)
リサは心の中で文句をつぶやきながら、あてつけ満々で左隣りの8番席にドサリと座る。7番席は4人席だけど、隣の8番席は小さな2人席。こんなに4人席が他に空いてるのに、あえて無言のプレッシャーで座ってる。このプレッシャーに耐えられるかな。でも彼は手元のお仕事に集中してて、全く気付いてない。カラカラ空回りの音が聞こえる。ラットレースな私。
まあ、7番席を使ってること以外は、別にいいんだけども。ネイビースーツもオーダースーツなのか体型に合ってるし。うちの父のは量販店の吊るしのやつだから合ってはなかったよ。いつも作業服姿のお父さん、今日は豪勢にファミレスだーって、一張羅のスーツでファミレス連れていってさ。変なの。でもお兄ちゃんが大学受かって入学式に一緒に行く時、学歴がない自分がキャンパス入れるって誇らしげにあの一張羅のネイビースーツ着て。あの時はなんかすごくスーツ姿がカッコよく見えたんだよね。スーツってなんかいいな。
7番席のスーツ姿の彼は、髪型もさっぱり短髪で眉も整ってて、姿勢も良くて物静かで、スイーツの食べ方も上品で可愛らしい。イケメンとは言わないけど、好感が持てるのはチラ見でも分かる。まあ眉の形もわかるぐらいだからチラ見どころかガン見してるってことだけど。
彼はネクタイのセンスも案外いいんだよね。男性のネクタイはつい見ちゃう。高校生の時、お兄ちゃんが大学の入学式にスーツ着るっていうから、冬のバイト代全部使ってさ、冬の間に一生懸命にネクタイ選んでプレゼントした。「自分のバイト代は自分のことに使えよ。俺も自分のバイト代は自分のノーパソに使ったぞ。ネクタイなんて入学式ぐらいしか使わないだろ。もったいねーな」とか言いながらも、大切そうにハンガーに掛けて照れてやんの。男ってかわいいな。お礼にって100均かどっかの赤いヘアピンくれて。でもあいつ、ほんとにネクタイ1回しか使ってねえ。でもあのパーカーオンリーだったこじらせオタクお兄ちゃんでもキリッと決まってたから、ネクタイって尊い。
玉子雑炊セットが来る前に、ドリンクバーに行って、今朝はクランベリービネガージュース。ここは機械のディスペンサーだけじゃなく、瓶のピッチャーもいくつか用意されている。濃厚オレンジジュースとか、何とかビネガーとかで、なんかちょっと高級感があるし、搾りたてで新鮮な気もしてしまう。実のところは業務用の安価なやつ入れてるだけなんだろうけど。
グラスに氷を入れてクランベリービネガージュースを注いで席まで戻ったリサは、クランベリーかグランベリーかどっちなんだよ、などと内心では思いながらも優雅を装って一口飲んで、隣の席の7番席をチラリと見る。
(ふっふっふ。キミはその7番席をこの上なき秘密基地と思っているようだけど、キミの秘密はすでに「リサーチリサっち」の私にはモロ見つかっているのだよ。キミの名前がカイくんってことも、「めぐ」というネカマネームでSNS上にいるってこともね)
リサはノーパソのSNS画面を見ながら、心の内で勝手に叫ぶ。
リサは気になったら何でも調べちゃう性格。特定班級のリサーチ力で、有名コメンテーターが過去に発言している矛盾点も探り当てちゃうし、気になった会社の出資比率まで見てしまう。ファミレスの壁に掛かっている絵画の購買価格も、難なく分かって安物だと知ってしまった。知りすぎるのもよくないね。
だから、7番席の彼の本名が「調所 廻」だということも、とっくに突き止めちゃってる。リサは「シラベドコロ カイ」って呼んでたけど、調べたらどうやら苗字は「ずしょ」と読むらしい。薩摩藩の家老に調所広郷の人がいて、調べてたら調べすぎて、調所広郷を平幹二朗が演じてた大河ドラマ『篤姫』の他の配役まで確認しちゃってた。タウンセンド・ハリスの役者さんは正露丸のゲイリー博士の人だった。
リサの苗字は「白辺」と書いて「しらべ」。幼い頃からのあだ名は「リサーチリサっち」で、リサーチャーとしては最強の名前だ。だから「シラベドコロ カイ」はちょいイラッ。ヘビツさんという女性と結婚して「ヘビツ カイ」という名前にでもなるといい。リコーダー吹くたびになぜか近くの花瓶からインドコブラがニョロニョロと顔を出すことだろう。そう言えば星占いするたびに「へびつかい座は黄道上にあるから本当は黄道十三星座なんだよね」ってすぐ力説する奴いるよな。シャイナさんは白銀聖闘士だろうがよ。
本名はカイくんなのに、SNSのハンドルネームは「めぐ」。リアルでは涼しい顔して、ネットでは女性名を掲げる隠れネカマなのである。
同じ課に夢野先輩という超美人がいることも確認済み。ネカマめぐっぺは「Yノ先輩」と隠しているが、隠せてないのだよ。ちょくちょく「姉みたいな存在」と書いているが、そう言いながらパンツスーツ姿を盗撮してたりするだろ。ガチキモめぐっぺなのである。
彼が使っているPCの画面にも、そのSNSが憑依jされてる。虫眼鏡と書籍が重なったアイコン。「めぐ」おアカウントだ。彼がPCに何か入力を始めた。さっそくSNSに朝の投稿だろう。どれどれ。
めぐ『昨日も前日に引き続き、Yノ先輩とABテストを繰り返す。どちらが良いのかはやっぱり、実際にやってみないと分からない。ABテストはまだまだ続いていく」
キタ━━(゚∀゚)━━!!。今日もまためぐっぺが、SNSに投稿した。フォロワー数たった27人のSNSで、誰が読むんだよそれ。私が真っ先に読んでしまってるけど。なになに。
(夢野先輩とABテストを繰り返した……? ABテストってなんだろ。AB型の血液型の人ばかりを集めたテストかな。AB型は二面性があってマイペースなのは本当かみたいな。いや血液型診断なんて昭和の遺物でしょ。話のネタがない奴ほど「俺って何型に見える?」ってすぐ言うよね。
血液型じゃないとしたら、ABと言えば……、戦闘機のアフターバーナーとか? いやターボジェットエンジンの実験やらないでしょ。
AB……。アンハイザー・ブッシュ? アクティビジョン・ブリザード? もしや、まさかのABブラザーズ? 中山秀征と松野大介の?
AとBを別々に考えてみるか。Aといえば……、やっぱり都営地下鉄浅草線? いや、じゃあBは何線だよ。横浜市営地下鉄ブルーラインかよ。
Aが音階のラで、Bがシ? ずっとラシラシラシラシ……って吹いていく木管楽器のトリルのことだったりして。いや、ギターかな。ハンマリングとプリングを繰り返してんのかな。いや、AとBに絞る意味はないから、楽器からは離れよう。
ABのテストと言っているわけだから、Aをテストして、Bをテストして、次はCを……って、ぅおおおおおい! 社会人はいまだにAとかBとかCとかって隠語使ってんのかよっ。うちのお兄ちゃんも「一人のGの次に、二人のHがあって、I(愛)になる」とか力説してたけど、あれ何なんだ。「そしてJはジュニアで、Kは結婚だ」つって、うまいこと言っただろって顔しやがって。どこがムッツリだよ、堂々たるエロ兄貴だよ。
いやいや、落ち着け。さすがに会社でAのテストやBのテストはないでしょ……。しかも夢野先輩と一緒に繰り返すなんて。ありえん。繰り返すぐらいの仲ならCに行くでしょ、Cに。Cに行くって何。
分かった。妄想だな? めぐっぺが勝手に、妄想の中で夢野先輩とのAとBのテストを繰り返してるんだな? しょうがない奴。妄想なんだから別に思い切ってCに行ったっていいじゃん。Cに行くって何。
ガチキモめぐっぺが、無垢な夢野先輩を使って脳内エロテストやってんじゃないよ。そんなキミは、コーヒーゼリーに甘いホイップクリームと間違えて、山芋とろろをかけられるの刑に処されるがよいよ)
リサの妄想洞察が止まらない。
リサの長所は、気になったことは何でも即座に調べる行動力。でも、情報に辿り着いたらいきなり妄想が暴走して、そこから先を調べ損ねちゃうのがリサの残念なところ。今日も妄想ばかりで、時間がきちゃう。
そうこうしてるうちに、やっぱり通学時間がやってきた。すっかり冷めてしまった玉子雑炊セットを白い蓮華で集めて食べて、お会計に立つ。飲み放題のドリンクバーなのに、クランベリービネガージュース1杯しか飲めてない。もっとゆずレモンスパークリングとか飲みたかった。
彼女は帰宅後に調べ直すまで、結局辿り着いていなかった。ABテストとは
異なる要素を比較して、どちらが成果を出して採用をするかを見つけるテストだということに。AとBは別に隠語ではないのだ。
そして彼女はいまだに分かっていなかった。「めぐ」というハンドルネームを名乗っている「シラベドコロ カイ」くんの本名が「調所 廻」、「ずしょ めぐる」であるということを……。
■リサが帰宅後に学んだビジネス用語
「ABテスト」
Webサイトやバナー広告、スマホゲームなどのデジタルコンテンツで、異なる2つのバージョンでの成果を比較し、どちらを採用するかを検証するテストのこと。
<第9話へつづく>
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