第7話：先輩美人も好きな、パーチェスファネル？
（あああっ！ また私の最愛最良の7番席に……また今朝もあいつが……っ！ むかむかっ）
リサは前回よりけっこう早く来たけれど、今朝も例のネイビースーツの若い爽やかビジネスマンが、リサのお気に入りの7番テーブルで資料やノーパソ広げてお仕事の準備中。今日こそワンチャン座れると思ったのに。
早朝6時台のファミレスはいつもガッラガラ。おひとり様でも4人用のボックス席を使い放題のパラダイス。広いガラス窓で見晴らしのいいボックス席ばかりの中で、7番席は右と後ろの二方向に壁のある角席で、手元の作業に集中できる神スペース。しかもドリンクバーがすぐそこ。早起きして来て通学前までノーパソに耽るリサの大切な居場所だったのに、最近はこの若手リーマンが早く来て席取ってる。今朝は季節限定の白桃ふわとろパフェを笑顔で頬張っている。飲み物は今日もお冷。
（ドリンクバーを使わないなら他の席でもいいじゃんっ。何度も言わせるなっ。なに季節限定の特別パフェでほっこりしてんだよっ。ファミレスでメニュー名に「ふわとろ」ってひらがなで付いてたら明らかに女性客向けでしょうよ。コンカフェじゃあるまいし。何をいい大人の男がふわとろってんだよっ。かわいすぎかよ）
リサは心の中で文句を言いながら、あてつけで左隣りの8番席にドサッと座る。7番席は4人用テーブルだけど、お隣の8番席のテーブルは窮屈な2人用。わざわざここに座るのは、ただただ無言のプレッシャー作戦。でも彼は自分のお仕事に夢中でこちらをこれっぽっちも気にしてない。おとなり様の引き立て役Bです。誰がBだ。
でもまあ、彼に腹立つのは7番席取ってることだけ。別に人柄は悪くなさそうで、スーツの着こなしもネクタイの選び方も良さげだし、髪型もさっぱり短髪で眉も整ってて清潔感あるし。スイーツの食べ方も丁寧だし静かだし。口にクリームついても紙ナフキンで上品にさりげなく拭ってるの知ってるよ。8時頃から現れてモーニング定食をかっ食らってる窓際管理職っぽいオジサマ方なんて、くちゃくちゃ口で音立てるし、かちゃかちゃとカトラリーうるせーし、爪楊枝でシーハーシーハーやってて、マジでキモすぎ景勝。こっちも食欲失せちゃう。早々に免許返納でもしてほしい。それに比べりゃ、彼はまあマシよ。あとは7番席を譲ってくれたら完璧にイケすぎ謙信なのよ。トゥンクすぎ晋作なのよ。
テーブル上のQRコードを使って、モーニングの玉子雑炊セットをオーダー。本当は飲み物だけでいいんだけど、ドリンクバーの単品が469円なのに、モーニングの玉子雑炊セットだと299円でドリンクバー付き。なんで雑炊ついたら安くなるのか謎。でも朝の雑炊は胃に優しくて美味しい。自分でもよく作ってたよ。
雑炊来るまでドリンクバーに行って、抹茶ラテをチョイス。決して彼が前に食べてた宇治抹茶パフェに引っ張られたわけじゃない。過去の彼が未来の私の抹茶ラテに引っ張られたんだ。きっとそうだ。
店員さんが玉子雑炊セットを運んできてくれて、2人用テーブルはセットのトレイとノーパソと抹茶ラテのカップでギッチギチ。だから、トレイの上に抹茶ラテ格納しちゃうっていう省スペース裏技を使う。みんなやるか。
小鍋の玉子雑炊をお玉で小皿に掬いながら、リサは隣りの7番席の爽やか男性をチラリと横目で見る。
（ふっふっふ。やさし顔の先回りパフェ男くん。キミはその7番席をとっておきの秘密の隠れ家だと思い込んでいるようだけど、キミの正体はすでに「リサーチリサっち」の私によって全部判明しているのだよ。名前が「カイ」くんってことも、SNSでは「めぐ」を名乗るネカマくんだってこともね）
リサは玉子雑炊セットのトレイの向こうに置いたノーパソで、SNS画面を眺めながら心の中でぶっちゃけてはっちゃける。
リサは興味を持ったことはすぐさまリサーチしちゃう性格。特定班レベルのリサーチ力で、有名アスリートの行きつけのオシャレバーも見つけちゃうし、豪遊自慢の情報起業家のセレブ写真の捏造も簡単に見抜いちゃう。だからと言ってそれを晒すわけでも拡散するわけでもなく、ただ未知の情報に行き着くのが純粋に楽しいだけ。
お母さんのこともたくさん調べた。リサを産んですぐ亡くなったらしいけど、産前はかなりのキャリアウーマンだったらしく、取材されていた記事もいくつか出てくる。当時赤ん坊だった兄を乳母車に入れて出社する様子を取材された記事もあった。でももう20年近く経つから、それらの記事もだんだん閲覧できなくなって消えていってる。私のローカル保存だけを残してお母さんの存在はこの世からなくなっちゃうのだろうか。でもこんなシゴデキな女性が、どうしてあんな貧困工員のお父さんと結婚したのかがいまだ謎だよ。
お隣りの彼の本名は「調所 廻」だと判明済み。リサは「シラベドコロ カイ」と呼んでいるけど、苗字は「ずしょ」と読むらしい。調べたら、幕末の薩摩藩に調所広郷っていう有能な家老がいて、鹿児島市の甲突川沿いの天保山公園ってとこに銅像もあるっぽい。さらにその近くには坂本龍馬夫妻の銅像があるんだって。そういえば日本で初めて新婚旅行をしたのは坂本龍馬だって、中学の図書館の本で見たことがある気がする。そういえばお父さんもお母さんと行った新婚旅行は南九州って言ってたな。そのうち行ってみようかな。
リサの苗字は「白辺」と書いて「しらべ」。昔からの通り名は「リサーチリサっち」。「シラベ リサっち」なんてリサーチャー界隈最強のフルネームなのに、「シラベドコロ カイ」と来たらちょっとね。シデンさんという苗字の女性と結婚して「シデン カイ」という名前になるがいい。ミリタリーファンからは戦闘機の紫電改っぽい名前だと羨ましがられて、ガンダムファンからはリアルなカイ・シデンだと脇役的に笑いものになることだろう。逆立ちしたって、人間は神様にはなれないからな。
本名はカイくんなのに、SNSのハンドルネームは「めぐ」。朝から爽やかにパフェをお召し上がりになりながら、その実は超弩級ネカマなのだ。パフェ食べてるのは、パーフェクトネカマという謎の主張なのかもしれない。パフェはフランス語でのパーフェクトだからね。これクイズ雑学。
この完璧ネカマ超人のカイくんには、夢野先輩という美人な職場仲間がいることもSNSで知ってる。Yノ先輩とイニシャルで書いても、ちゃんとリサっちには分かってるのだよ。顔は写ってなかったけど、ステキなパンツスーツ姿。完全なる盗撮だろオイ。夢見た未来の日本がそんな盗撮天国だなんて、坂本龍馬も調所広郷も上野彦馬もあの世で呆れてるよきっと。
「リサーチリサっち」に隠し事なんて通用しないのよ、とリサは得意顔。兄が部屋のどこにエロい本やDVDを隠そうとも、リサは簡単に見つけた。貧乏で自分の部屋なんてなくて兄妹が同じ部屋だから、捜索も余裕だったけれども。今の家は自分だけの部屋がもらえているから、懐かしい想い出だ。
7番席の彼のPCにさりげなく目をやると、リサのノーパソと同じ画面。SNSの「めぐ」のアカウントページだ。虫眼鏡と書籍が重なった独特の謎アイコンで分かる。めぐの正体カイくんがPCでタイピングを始めた。新たに投稿してやがるな。どれどれ。
めぐ『Y野先輩がパーチェスファネルの考え方を教えてくれた。どれだけの相手がいるのか、しっかり把握しなくちゃダメだ。ダブルファネルも意識しなくっちゃ』
キタ━━(゚∀゚)━━!!。やっぱり新投稿。書いて秒で読んでくれるフォロワーのリサっち様の存在をありがたく思えよカイくんよ。何を書いているのかさっそく読んでみることにした。
（夢野先輩が教えたパーチェスファネル……って何だ？ パーチェスは受験英語で出たぞ。確か、購買とか購入とかの意味だったはず。「パパー、チェス買って」って強引に語呂合わせで覚えたっけ。強引すぎると笑われたけど、語呂合わせだろうと暗記パンだろうと大学受かりゃ成功よ。コンバインの語呂合わせなんて「今晩イぃンと、結合する」だからね。教えた男の同級生らにめっちゃ引かれたわ。でもそいつらは落ちて私は受かった。行動力は正義。さてさて、パーチェスということは、お客様に購入してもらうための何かよね。
問題は、ファネルだ。ファネルって何だ。確かコミケとかで、他の人にも頼んで手分けして買い集めるみたいな言葉じゃなかったっけ。機動戦士Zガンダムに出てくる本体から離れる兵器に見立てたスラングで。そうだよね、お隣りのカイ・シデンくん？
何かの略語ではないだろうか。ファとネル、ファ何々とネル何々。ファ……ネル……、ファと……ねる……、ファンと……ねる……、ファンと……寝る？ ぅおおおおおい！
商品をもっと買ってもらうために、ファンと、ね……ね……寝るって、そんなピロー営業してたんかよっ！ 夢野先輩もそんなことを女性から男性に軽々しく教えちゃダメだよっ。ネカマ性欲魔人の自称めぐっぺ実態カイくんは情欲ぶちまけちゃうからっ。そこはもっと商品のファンもちゃんと大切にしてあげてっ。色仕掛けなんて絶対に逆効果だって。そんな時代じゃないよもう。
しかもダブルファネル……。まさか、二人のお客様を同時に？ 三人で？ スリーサムなのか？ いやそんなところを効率的にしようとせずに、もっとじっくり好きになってもらいなよ。お客様との関係、もっと清く美しくがいいよ、夢野先輩。
しかも、このキモネカマめぐっぺは「どれだけの相手がいるのか、しっかり把握」しようとしてますよ。何人狙ってんだよっ、この人妻ジャーニー狙い男が。キミのようなパフェ朝活なネカマ悪人は、「白桃ふわとろパフェ」を何度注文しても「薄情ねぎとろパフェ」が来ちゃうの刑に処されるがよいよ）
リサの妄想洞察が止まらない。
気になったことは何でもすぐに調べ始める行動力が、リサの良いところ。でも、情報に行き着いたら何故か妄想が暴走してしまい、調査が中途半端になっちゃうのがリサの欠点。だから今朝も妄想だけで時間が過ぎる。
ほら、そうこうしてると通学時間がやって来た。リサは我に返る。熱々だったのに冷めちゃったモーニングの玉子雑炊セットを、これは冷やし雑炊なんだと思い込むことにしてかっ込んで、お会計へ向かった。飲み放題のドリンクバーなのに、抹茶ラテ1杯しか飲めてない。もっとクランベリービネガージュースとか飲みたかった。
彼女は帰宅後に調べ直すまで、結局辿り着いていなかった。パーシェスファネルとは顧客が商品を認知して購入に至るまでを図に示した逆三角形を表すビジネス用語であることに。購入後の拡散力を表す三角形と合わせて考えるのをダブルファネルというということも、後ほど知ることになる。
そして彼女はいまだに分かっていなかった。「めぐ」を名乗る「シラベドコロ カイ」くんの本名が「調所 廻」、「ずしょ めぐる」であるということを……。
■リサが帰宅後に学んだビジネス用語
「パーチェスファネル」
顧客が商品を認知してから決定・購入に至るまでの過程を図に示したもの。ファネルとは漏斗のことで、顧客が離脱して総数が減っていき、漏斗のように逆三角形の形になる。購入後のリピートや拡散が増えていく三角形をインフルエンスファネルと呼び、その二つを合わせて見ることをダブルファネルと呼ぶ。
＜第8話へ続く＞
※リサっちを気に入ってくださったら、高評価をよろしくお願いします！ （きっとリサが喜びます）
