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第5話:先輩美女と見てる、データドリブン?

挿絵(By みてみん)



(あああっ! また私の恋着の7番席が……今朝もあいつに……っ!)


 リサは前回より数分早く来てみたけど、今朝も例のネイビースーツ姿の若い爽やか系の男性が、リサのお気に入りの7番テーブルで資料やノーパソ広げてせっせとお仕事の準備中。つらたに園えんまっしぐら。



 早朝6時台のファミレスはいつもガラガラ。どの席だって選び放題。一面広いガラス窓でどのボックス席も明るいんだけど、二方向に壁のある角席の7番席は一見暗いように見えて、人目を気にせずすっごく集中できる神席。しかもドリンクバーが近い。


 早起きして来て通学前までノーパソと戯れるリサの大切な居場所だったのに、最近はこの若手リーマンが早く来て席取ってる。今朝はキャラメルナッツブリュレをご堪能してやがる。飲み物はお冷。



(ドリンクバー使わないなら、わざわざこの特別席を取るなっ。何を優雅にブリュレ召し上がってんのよ。お冷と合わねえだろ。お望みならそのカリカリの苦いところ、私が前の椅子に座ってアーンって食べさせられてあげよっか)



 リサは心の中で文句を言いながら、あてつけ的に左隣りの8番席にドサッと座る。7番席は広い4人掛けだけど、お隣の8番席は窮屈な2人掛け。隣りから無言の圧力を感じたまえ。でも彼は自分のお仕事に夢中で微塵もこっちを気にしてない。ぴえん超えてぱおん超えて私怨の気分だよこっちは。


 でもまあ、腹立つのは席取り問題だけなんだよね。人柄は悪くなさそう。ネイビースーツも着こなしてるし、ネクタイの色合いもいつもいいし、髪型もさっぱり短髪だし、姿勢も良くてスイーツの食べ方も上品で美味しそう。イケメンとは言えないがにこやかで、優しそう。ケンカとかしなさそう。


 それに比べて、うちの父と兄と来たら。お父さん、「なんでヘソクリを勝手に使ったんだ、クソ息子!」ってお兄ちゃんにブチキレてて。お兄ちゃん、「ヘソクリを母さんの遺影の裏でやんなや、バカ親父!」ってお父さんに逆ギレしてて。醜い殴り合いをしておりましたよ。私の作った食事の席でやるから、全部料理片付けたら両方シュンとしてて笑えた。それに比べりゃ、隣りの彼は黙々食べてて偉いよ。7番席譲れよ。



 QRコードでモーニングの玉子雑炊セットを注文。人が作るメシは美味い。ドリンクバーでジンジャーエールをチョイスしてきた。たまにやたら飲みたくなるんだよね。お寺で飲んでもジンジャーエール。神社とかけたからね今。たまに自家製なのか何なのか、居酒屋とかでクッソ辛いガチヤバジンジャーエールに当たることあるけど、ここのは甘くて喉シュワシュワでちょうどいい。


 小洒落たバーみたいに氷を入れたグラスを揺らしてカラカランって鳴らしてみた。プラ製だからペコパコってしか鳴らねえや。リサは隣りの7番席の男性に艶やかなるチラ見を向ける。



(ふっふっふ。キレイ系会社員くん。キミはその7番席を極上の秘密の隠れ家だと思い込んでいるようだけど、キミの正体はすでに「リサーチリサっち」の私によって全部バレバレなのだよ。名前が「カイ」くんってことも、SNSで「めぐ」を名乗るネカマくんだってこともね)



 リサは赤いヘアピンで前髪を留め直し、ノーパソのSNS画面を眺めながら、心の中で勝利を宣告する。別に戦ってはないけど。



 リサは興味を持ったことはすぐにリサーチしちゃう性格。特定班レベルのリサーチ力で、有名女優の通ってるヨガ教室も見つけちゃうし、マニアックな無料素材画像の撮影地点まで特定しちゃう。だからって拡散したりはしないし、誰に迷惑かけるわけでもない。未知の情報に行き着くのが単純に楽しいだけ。



 7番席占拠中の彼の本名は「調所 廻」だと判明済み。リサは「シラベドコロ カイ」と呼んでいる。どうやら苗字は「ずしょ」と読むらしくて、薩摩藩にそういう苗字の家老がいて、そんなこと調べてたら薩摩藩のことに詳しくなってしまった。カイくんも捨てがまり作戦で生き残った一人の末裔なのかもしれない。徳川四天王の赤備あかぞなえの井伊直政いい なおまさと死闘を演じたご先祖かもしれないのだ。



 リサの苗字は「白辺」と書いて「しらべ」。昔からの通り名は「リサーチリサっち」。「シラベ リサっち」なんてリサーチャー界隈最強の姓名なのに、「シラベドコロ カイ」はちょっと新たな好敵手のお出ましだ。カスピさんという女性と結婚して「カスピ カイ」という名前になるがいい。ローカルなカスピ海ヨーグルトのCMに起用されることだろう。「私はこれを食べて、カスピカイになりました」。そんなわけあるかいって炎上。ハイおつぴ。



 本名はカイくんなのに、SNSのハンドルネームは「めぐ」。髪型はさっぱり短髪、飲み物はさっぱりお冷なのに、実態は粘度ねっとり濃厚ネカマなのである。台所でごはん粒を踏んだ時のようにペトッて気持ち悪いのだ。



 この濃厚カイくんには、夢野ゆめの先輩という美人な職場仲間がいることもSNSで確認できてる。きっと性格も超ステキで、なりたい女神。顔は写ってなかったけど、ステキなパンツスーツ姿なんだよね。いや女性の身体を撮ってアップすんな。しかも超女神の。関ヶ原を突破して生き残ったご先祖さまは泣いてるぞ。




 彼がテーブルの上で開くPCの画面が、たまたまこっちを向いている。同じSNSの画面を、こちらも開いているのだよ。こっちのノーパソはボロいけど、ボロさを気づかせるほどの不覚は取らないぜ。虫眼鏡と書籍が重なった独特のアイコン。「めぐ」のアカウントページだ。彼がPCを正してタイピングを始めた。新投稿の予感。どれどれ。




めぐ『データドリブンの重要性を、Yノ先輩が熱心に教えてくれた。これからは、感覚だけに頼ってちゃダメなんだね。もっとしっかり見なきゃ。もっと応えていかなきゃ」




 キタ━━(゚∀゚)━━!!。間違いなく私が新投稿の読者第一号だろう。Yノ先輩が夢野先輩だってことも分かっているのだよ。んーと……




(データトリブンが大事だと、夢野先輩が熱弁した……って? データトリブンって何だ。まあ字面を見たら何となく分かるけど。仕事のデータを夢野先輩とカイくんとでお互いどう分けてどう取るのかってことだよね。

 おっとぉ、よく見たらトリブンじゃなくてドリブンじゃん。「データ取り分」じゃなかった、あっぶね。濁点もっと大きく書けよ盗撮ヤロー。まあフォントは無理か。

 ドリブンね。ドリブンはドライブの過去分詞形だっけ? ドライブ・ドローブ・ドリブンでしょ、受験英語で出た。ドライブはね、「運転する」とか「駆り立てる」とか「押し流す」とかいろいろ意味あるのよ。多義ってるのよ。

 その受動態なら「運転された」とか「駆り立てられた」とか? よし分かった。ネカマめぐっぺは「感覚だけじゃダメ」って書いてるからね。感覚で運転されずにデータで運転されるってことでしょ。ドライブデートするなら自分の行きたいところに行くんじゃなくて、ちゃんとデータの裏付けのある場所に行くってことね。

 そうすれば成功率が格段に高まるっていうことか。……何の成功だよ! ドライブデートの先の成功って何。「もっとしっかり見なきゃ」って。具体的に夢野先輩の身体のどこを見るんだよ、成功の果てにさ。「もっと応えなきゃ」って、夢野先輩ほどの美女が粘着キモネカマに何も求めないだろ。一人で勝手にバイブス上げてんじゃねえわ。

 夢野先輩が感覚じゃなくてデータでドライブデート先を決める重要性を教えてくれたのはなぜなのか? カイくん、キミの感覚がしんどみ過ぎてポンコツ提案ばかりだからに他ならないのだよ。コレじゃない感丸出しなのだよ。

 うんうん、分かるよ、ブリュレみたいに恋焦がれて、ドライブデートにかこつけてインターチェンジあたりに乱立してる建物に連れ込んで、あれやこれやしてみたかったんだよな。男だもんな、このお元気下半身男が。外車の折込チラシ見るたびにそんな話してたうちの父や兄かよ。ああそのデリカシーゼロの家庭で育ったのが私だよ。ほっとけ。

 超女神の夢野先輩がそんなことで落ちるわけあるかい。そうウマい話は一次問屋が卸さないし、二次問屋にも当然回ってこないのだよ。キミはブリュレの炙ったところ硬すぎてフォークで割れないの刑に処されて、駄菓子派になるがよいよ)




 リサの妄想洞察が止まらない。


 気になったことは何でも秒で調べちゃう行動力が、リサの良いところ。でも、情報にたどり着いたら何故か妄想が暴走して、調査がそこそこに終わっちゃうのがリサの欠点。だから今朝も妄想だけで終わっちゃう。


 ほら、そうこうしてると通学時間がやって来た。リサはドリンクバー目当てで注文したモーニングの玉子雑炊セットをかっ込んで、ナフキンでちょっと卓上拭いて、お会計に立った。飲み放題のドリンクバーなのに、ジンジャーエール1杯しか飲めてない。もっとティーバッグのダージリンとか飲みたかった。



 彼女は帰宅後に調べ直すまで、結局辿り着いていなかった。データドリブンが、様々なデータに基づいて判断や行動を行うということを表すビジネス用語であることに。とは言っても、まあまあいい所まで当たってたのだけど。


 そして彼女はいまだに分かっていなかった。「めぐ」を名乗る「シラベドコロ カイ」くんの本名が「調所 廻」、「ずしょ めぐる」であるということを……。




■リサが帰宅後に学んだビジネス用語



「データドリブン」


 経験や勘など感覚的なことに頼るのではなく、データを収集して分析していくことで、そのデータからの情報に従って意思決定を行うこと。




<第6話へつづく>




※リサっちを気に入ってくださったら、高評価をよろしくお願いします! (きっとリサが喜びます)




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